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Ep.191 Side.C 戦勝の宴

 魔物との戦が終結し、我らはカルコッタの集落に赴いた。


 マルシェを始め戦闘で傷を負った戦士達は、アスカや集落の魔術師から回復魔術を受けた。前線のアスカの支えの甲斐あり、死傷者は無しという文句のつけようのない結果となった。


 我らは改めて集落の皆に歓迎され、戦勝の宴を催して盛大に歓待と受けることとなり、我も僅かばかりの安息を満喫した。

 野外で焚火を起こして、料理や酒を手に集落の皆で喜びを分かち合うのだ。


「いや、此度は集落を救ってくださり感謝の念に堪えません。ありがとうございました」


 宴で賑やかな雰囲気が漂う中で、長老とソバルトと共に、我らは顔を合わせて料理や酒を飲み交わしていた。


「皆無事でなによりだ。偶然この辺りを通りかかった奇跡にこそ感謝というものだね」


 長老はにこやかに頷くと、一言挨拶をしたあと自分の寝床へと戻っていった。あとは皆で楽しんで欲しいという、長老なりの気遣いに思えた。



 賑やかな声に包まれて酒を嗜むのも久方振りだ。

 皆の表情に満開の花が咲いている。


 周囲に目を移してみれば、ナタクやアスカは集落の者と何やら語らっており、ラムザッドは流石獣人代表の族長なだけあって、戦士達から羨望の眼差しを向けられながら酒を飲み交わしている。


 マルシェはというと、一人でいるところに猫耳族の子らに絡まれており、笑顔を向けて相手をしていた。

 元気いっぱいにはしゃぐ子供達に手を振って見送ると、今度は焚火を見つめながら目を伏せており、気になった我は酒を持って彼女の隣に腰掛けた。


「どうした? 宴は楽しくないかな?」

「チギリ様……。いいえ、そんなことはありません」


 我はマルシェの木のジョッキに酒を注ぎ、コツンとジョッキ同士を小突いた。


「ナタクが君の戦い振りを褒めていたよ。ラムザッドもな」

「ありがとうございます。……でも、負傷してお二人の足を引っ張る結果になってしまいました」


 マルシェは先の戦闘を振り返り、自身の至らない部分を反省しており、その感情に苛まれていた。

 本人にとっては納得の行かない戦いだったのだろう。


 戦勝に湧く中で一人陰鬱な思いでいるマルシェの姿に、我は弟子のクサビを重ねた。彼にも似た部分が所々に垣間見えるのだ。


「ふふ。あの二人に並ぶ事はなかなか至難の業さ。……だがマルシェ、周りを見てみるといい」


 目を伏せていたマルシェがおずおずと辺りを見渡している。

「あ…………」


 集落の住人の皆が心から宴を楽しんでいる光景が目に入ったのだろう。マルシェの緑の瞳の中に光が宿る。


「皆いい顔をしているだろう? これは皆が勝ち取った結果なのだ。もちろんそこには君も含まれる」


「でも私はずっとお二人に守られながらで、乱戦で周りも見えなくなってしまいました」

「あの数を相手では無理からぬ事さ。さっき子供らに絡まれていただろう? あの子らも笑っていた。……その笑顔を、君は守れたのだよ」


「…………」


 月並みな言葉しか思いつかないが、マルシェの中に少しでも響いてくれていればいいと思う。


 我は酒を一口飲んで喉を潤して、思いに耽るようにゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「君は我と弟子の一人に似ている。彼も君と同じように責任感が強く、よく自分の力不足に悔やむ子だったよ」


「お弟子さん、ですか……?」

「ああ。彼には大いなる使命の重圧を双肩に背負い、それを果たす為に懸命に前へ進める直向きさがあった」


「それは立派な心持ちの方ですね。とても私とは似ても似付かないと思いますけど……」


「いいや、君と彼はよく似ているよ。誰かを守りたいと思う心優しいところや、自身の力不足に正面から見つめ直せるところは特にな」


「…………」


「己の実力不足を悔やむのは、もっと仲間の役に立ちたかっただろう? だが実際には誰一人欠けることなくこの場所を守り抜けたのだ。……たまには自分の功績も褒めてやっても良いのだぞ」

「自分を……褒める…………」


 マルシェは神妙な表情で俯く。

 実直だが心優しく責任感もあり、自分に厳しい子だ。おそらく今まで自分を褒めた事は無かったのだろう。



 我はそんなマルシェの桃色の髪にそっと触れて優しく撫

でた。人の頭を撫でるなど慣れた事ではないが、そうしてやりたいと思ったのだ。


「チギリ様!? なにを……」

「なに、自分で褒める事に慣れないのなら、我が褒めてやろうと思ってな」


 我は慈愛を込めてマルシェを撫で、彼女は驚きながらも拒むことはしなかった。


「マルシェ。よく戦い抜いたな。偉いぞ」


「…………チギリ様、撫で方がぎこちないですよ……?」


 などと軽口を叩くマルシェが我を見て微笑む。

 想定外の言葉が返ってきて、我は思わず笑ってしまった。


「――ふふふ……はははっ! そうか、では我ももっと褒めてやらなくてはな!」


 我は年甲斐もなくマルシェの頭を撫で回し、マルシェも少女のような笑顔で声を出して笑う。

 うむ。マルシェはきっと大丈夫だろう。後は本人の中で解決するべきものだ。


「さて、我は夜風にでも当たりに行くよ。ではな、宴を楽しむといい」

「……はいっ! そうしますね」


 我はマルシェに背を向けながら手を振り、その場を後にした。




 マルシェと別れたあと、宴から離れて夜風に当たっていた我に近付いてくる足音を感知した。

 振り向くと屈強な猫耳族の男、ウィニの父親のソバルトがやってきた。


「チギリ殿、今回は本当に助かった。感謝する」

「礼には及ばないさソバルト殿」


 ソバルトが深く礼をして我の隣に並ぶと、共に夜風を浴びる。


「本当に、良かった。ここを失っては息子や娘の帰る場所が無くなってしまうところだった」


「……ソバルト殿の子らか。旅に出ているのか」

 ウィニの他にも故郷を出た家族がいるようだ。


「んむ。我が息子ラダソバルトと娘のウィニエッダが齢17の折り、掟により外へ出た。……ラダは荒い性格だが腕っぷしが強くてな、今頃どこかの国に仕えているかもしれん。……ウィニは魔術の才能は随一でな。だが如何せん怠け癖が抜けなくて、ちゃんと生きておるのか、妻が毎日気を揉んでいるのだ」


 そう言ってソバルトは小さく嘆息する。

 我の脳裏にも、あの仏頂面の白猫のだらけた姿が目に浮かぶ。

 確かにウィニは、クサビと出会った時行き倒れていたと言っていたな。


 母親の心配を和らげるためにも、ウィニの無事を告げておくのがいいだろう。


「ソバルト殿、実はな……――」



「――なんと! チギリ殿があのウィニの師であるとはッ!」

「ああ、数奇な巡りあわせを経てね。今はサリア神聖王国で他の弟子達と行動を共にしているはずさ」

「そうか…………。ウィニが世話になったようだ。重ねて感謝する」


 娘の安否にほっと胸を撫でおろすソバルト。その表情には娘を気遣う確かな親心が宿っていた。



「――ソバルト。長老さまが呼んでいたわ……あら、これはこれはお話中でしたかっ……」


 不意に後ろから声がして我らは振り向いた。そこには美しい白髪の猫耳族の女性が、二人の子供を連れていた。


「ん、おお、エッダか。――チギリ殿、紹介する。妻のエッダニアだ。……そしてこの方はチギリ殿。ウィニの師匠になってくれた方だ」


 ソバルトが目の前の女性の肩を抱き寄せると、小柄な少女が母親の腕にしがみつく。

 父親は息子と思しき少年の肩に手を置いて、凛々しく微笑んで我に家族を披露した。皆真っ白な毛並みを持っていた。


「ウィニのお師匠様……! この度はありがとうございました! ……あの、娘がご迷惑をお掛けしていないでしょうか……?」


「エッダ殿、問題ないよ。ウィニは今、ウィニらしく他の弟子と共に旅をしているよ」

「ではウィニはちゃんと外でも上手くやれているのですね? ……安心しました……」


 エッダは心底安堵したように、ほうっと溜息を一つ零した。


「おかあさん? この人ウィニねえのししょう? ……ししょうって何?」

「ミリ、師匠っていうのは、先生って意味だよ」

「せんせいかぁ~! ケルにい、ありがと」


 ウィニの弟と妹か。姉と違って目がキリっとしていてしっかりしていそうに見える。


「チギリ先生って呼んでもいい? ……あ、わたしは名前はミリだよっ」

「こらミリ、失礼じゃないかっ! ……チギリ様、妹が失礼しました。僕はケル。ケルソバルト・エッダ・カルコッタと申します」


「いや、好きに呼んでくれ給えよ。よろしく、ミリ、ケル。……それにしてもしっかりなされているお子さんだね」

「ぐうたらな姉を見て育ちましたもので……」

「……ははは」




 それからソバルトは長老に呼ばれていた事を思い出し、エッダと共に長老の元へと向かっていった。

 ケルとミリは我からウィニの事を聞きたがり、暫しの間二人の相手をした。


 ケルは15歳で、2年後に掟に従い集落から旅立つそうだ。一人旅での注意点や心構えなどを助言してやった。

 素直に話を聞くその姿勢に、既に独り立ちに向けての覚悟が備わっているように思えた。


 ミリは10歳の少女だ。言動からは幼さが残るものの、知性の高さが垣間見えた。

 妙に懐かれてしまったようで、話の最中我の腕にしがみついて離れない、まだまだ甘えん坊な面は子供らしく微笑ましかった。


 ウィニの話を聞く二人は目を輝かせて聞き入っていた。

 二人に共通するのは、姉を尊敬しているところだった。

 どうやらウィニは、ちゃんと姉をしていたらしい。



 ……ふふ。ウィニは家族に恵まれていたのだな。

 弟子の中でも突き抜けて問題児だが憎めないあやつのあの仏頂面が、僅かばかり恋しく思う。


 子供達の相手をしていると、すっかり夜は深まっており、子供はもう寝る時間だと言って彼らを寝床に帰し、我も宛てがわれた寝床で休むことにしたのだった。




 偶然ではあったが、この集落の防衛は成功した。

 そして流石の獣人だ。戦闘力の高さも実感出来たのは収穫であった。いつか魔族に反旗を翻し時、力になってくれるなら心強いだろう。


 明日からまたサリア神聖王国へ向けて旅立たなければならない。向こうでクサビ達に再会出来た暁には、どれだけ成長したかを見せてもらうとしようか。

 それと、ウィニには家族の事を伝えてやらねばな。


 ……さて、今宵はもう眠るとしよう。

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