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Ep.190 Side.M 混迷極まる戦場で

 獣人の集落カルコッタを巡る戦いは、剣戟が轟き魔術が飛び交う乱戦状態となっていた。


 魔物の群れが列を成して集落に向かって押し寄せていく中に私達は突撃した。ゴブリンなどの雑魚を捌くのは造作もない事だったが、群れの中に強力な魔物が何体か紛れていた。


 そして目の前では多数のゴブリンと、愉悦に酔ったマンドレイクが立ちふさがり、私は痛む傷も厭わずに剣と盾を構えた。



 マンドレイクの赤い目が私を見据え、複数の蔓を同時に差し向けてくる。

 私は苦痛に顔を歪めながら防御体制を取り、来たる衝撃に備えた。


 すると、周囲で迫り来る魔物を斬り伏せていたナタク様が私とマンドレイクの間に割って入り、姿勢を低くして刀を鞘に納めると、すぐにまた抜き放った!


 ナタク様は抜刀して振り抜いたまま静止すると、一拍遅れたあとに斬撃が光を帯びながら縦横無尽に連続で斬り裂き続け、マンドレイクの蔓を全て切断して見せた。


 その目にも止まらぬ連続斬りに私は目を見開く。

 ……なんという美しい剣筋だろうか。

 まさに剣聖と呼ぶに相応しいその実力に、痛みを忘れて見惚れてしまっていた。


「マルシェ殿! 何を呆けておるでござる! 左ぞッ!」

「――ッ!」


 ナタク様の一喝でハッとして我に返りすぐに身を翻すと、左側から迫ったゴブリンのボロボロの手斧がすぐ目の前を掠める。


 すぐさまゴブリンの頭部を刺し貫き次の相手の対処に移った。


「――貰ったぜェ! ……ッッラァ!!」


 ラムザッド様が猛然とマンドレイクへと駆け、その間の魔物達を両手に顕現させた雷の爪を振り回して蹴散らしながらマンドレイクに肉薄する。

 そして飛び上がっては空中で魔力を練り込み、右足に青い稲妻が迸らせると体を縦に一回転して急降下しながら右足で蹴りを繰り出した!


 まるで落雷に遭ったような速度のラムザッド様の蹴りは、マンドレイクの頭部を穿ち、そのまま胴体を突き抜けて地面を抉ると、青い稲妻が地面を伝って周囲の魔物をも葬るのだった……。


 なんと勇壮かつ獰猛な蒼き光だろう。

 あの強力な魔物を一蹴の下討伐する程の火力。


 ナタク様とはまた違った強さがそこにあった。


 ……いけない。また見惚れてしまうところだった。

 今は自分に迫る魔物を捌かなくては……!



 ナタク様が私の身を案じて近くで敵を迎撃し、ラムザッド様が強力な魔物を優先的に叩く。そのような連携が確立していた。


 私は守られる側である事に未熟さと悔しさを覚えたが、それは偽りない事実。私にできるのはそれを甘んじて受け止めるのみなのだ。



 戦闘開始からどのくらいの時間が流れたのだろう。

 魔物の群れは着実に数を減らしていたが、それでも波のように休むことなく押し寄せていた。


 圧倒的物量差に、ラムザッド様に纏っていた雷はいつしか霧散し、今は己の肉体のみで魔物を相手取っている。

 私の傍で戦うナタク様の肩が激しく上下し、その表情からは苦悶の様子が窺える。

 そして私も度重なるパリィでじわじわと魔力を消費しており、今や枯渇の予感が軽い眩暈として体調に現れ始めていた。


 疲労が剣を、盾を重くさせる。もはや自慢の剣筋の精密さも陰を落として、私は剣を目の前に迫るホブゴブリンに力任せに叩きつける始末だ。


「――はっ……はっ……!」


 ……苦しい。どれだけ息を吸っても苦しさは和らぐ気配はない。


 きっとナタク様とラムザッド様も同じなのだろう。

 だが一度動きを止めてしまえば、再び動き出すことができるのかわからない。動かなければ一瞬で魔物の餌食となる。


「……クッ! さすがに保たねェか……?」


「……諦めっ……るのは……っ! まだ……早いでござる……!」


「…………っ!」


 私は疲労の余り言葉すら発することが出来ない。

 とめどなく襲い来る魔物に飲み込まれぬよう、もはや気力のみで剣を振るっていた――



 ――――ブオオオォォォーッ!

「――――ッ!?」


 突然、耳障りな雄たけびと重々しい足音がすぐ近くに迫った!

 不意に顔をその音の方に向けると、そこには大きな棍棒を持ったハイゴブリンが至近距離で腕を振り上げていた……!

 ――しまった! 疲労で接近に気付けなかった!

 ナタク様とラムザッド様はそれぞれ他の魔物を相手取っていてこちらのカバーに入れない……!


 あ……駄目……。防御が……間に合わ……――――



 ――――ドォーン……!



 何かが地面を叩きつける音が鳴り響く。


 あまりの衝撃に痛みすら感じない。


 ……ああ。きっと私は即死したのだ。

 道半ばで集落を救う為に戦い、命を落としたのだ。


 父上、姉様……いいえ、お姉ちゃん。

 マルシェは、ゼルシアラの名に恥じぬよう立派に戦いましたよ…………。




「……おっと。うわの空ではないか。マルシェ。……おい」



「――マルシェ!」

「ひんっ!?」


 体に電流が走り、私の意識が覚醒していく。

 気が付けば私は地べたにへたり込んでいた。

 見上げるとそこには紫色の長い髪を外にカールさせた、赤い瞳の魔術師の女性が私を見下ろしていた。


 そしてそのすぐ傍には大岩で頭部を完全に潰されて今まさに消滅しようとしているハイゴブリンの亡骸が転がっていた。


 その光景に、ぼんやりしていた頭の中が急速にクリアになる。

 歓声や怒号飛び交う戦場の真っただ中、見知った顔に方々は未だ戦い続けている……!


「……わ、私っ……。どうして……」

「なんだ、まさか君、自分が死んだと勘違いしていたのかな? ……ふふ。安心するといい。間一髪ではあったが、君はちゃんと生きているよ」


 目の前の女性、チギリ様がそう言ってほくそ笑む。

 しかしその間にも油断なく、迫ってくる敵をチギリ様の魔術が貫いていた。


 ……私は自分の命が失われていないことをようやく理解すると、突然顔が熱くなってきた。そしてその

 羞恥をごまかすように、力を振り絞って立ち上がった。


「駆けつけるのが遅れてすまない。道中の強力な魔物を葬りながら来たのでな」

「ッたくよォ! 遅ェぜチギリ! こっちはもうギリギリだぞッ!」

「あと僅か遅れておれば某も決死の特攻を慣行するところでござった。救援かたじけない!」


 チギリ様はフッと口元を緩ませると魔物達に向き直り、杖を天に掲げた。


「――さあ、粗方大型の魔物は葬り、戦いの趨勢はこちらに傾いた。このまま両面から擦り潰そうじゃないか!」


 チギリ様は不敵に笑うと掲げていた杖を振り、いつしか烏合の衆となり果てた魔物の群れに向けて魔術を連発して蹂躙していくのであった……。




 そして集落の戦士達の前線部隊と、挟撃部隊の私達とチギリ様は両面から攻めあぐね、やがて完全に挟まれて逃げ場を失った魔物の群れは、完全に殲滅された。


 広範囲の魔術によるものが大きいとは言えど、僅か55名の戦力で魔物約1000体を討伐せしめたのだ。


 この大戦果に、戦いに参加した者の勝鬨が響き渡っている。

 後半の記憶が希薄だけれど、ここにカルコッタ防衛線は終結したのだった……。

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