「奴らァ俺らには気付いてねェな」
「うむ。渾身の一撃を叩き込み、討って出るでござる」
「はい。集落を潰させはしません……!」
魔物の背後を気づかれないよう木の陰に身を隠しつつ追跡する。私達奇襲部隊はいつでも仕掛けられる距離を維持して機を窺っていた。
おびただしい数の魔物が人の命の営み集う、カルコッタという獣人の集落に押し寄せている。
理不尽なまでの物量で、何もかもを踏み潰さんとする。
魔物に奪われる命がすぐ近くにあるなどとても看過できるものでは無い。私の力の限りを尽くして集落を救ってみせる。
そして集落の方から魔物の絶叫と歓声がここまで届いた。本格的に戦闘が始まったようだ。
敵の数は多い。奇襲とは言え始まれば無事では済まないかもしれない。しかし私とてゼルシアラの、勇者に付き従った英雄の末裔。立派に戦い抜いて人々を救ってみせる……!
「……始まったな。行くぞ」
「マルシェ殿、某からあまり離れぬようにするでござるよ……!」
「分かりました!」
私は決意と覚悟を決めて木の陰から飛び出し、抜剣。
魔力を練りながら背を向けている魔物の群れに駆け出した!
溜めた魔力が輝きを放って私の長剣に宿る。
ナタク様とラムザッド様も同様に膨大な力が輝きとなって顕現していた。
その中でも一際存在感を迸らせたのは、ラムザッド様が全身に纏った青い雷だ。チリチリと音を立てながらさらに放電していく。
そして魔物の背後に迫る3つの閃光が容赦なく魔物の群れに食らいついた!
「――まとめて……くだばっちまえァァッ!」
ラムザッド様はいち早く魔物に向かって跳躍し、ハイゴブリンに狙いと定めると一気に急降下。
青い雷を収束させた高密度の拳をハイゴブリンの頭部目掛けて叩きつけた。と同時に拳が打ち抜き大地を穿ち、その場所を中心に蒼雷が衝撃波と共に周囲の魔物を感電させながら体の内部から焼き切っていった。
耳を劈く轟音と魔物の散り際の断末魔が、私達にとっての戦闘開始の鐘代わりだ。
突然の背後からの悲鳴に魔物からは明らかな動揺が見られた。
そしてその隙を突き、続けて魔物に肉薄したナタク様の太刀が抜刀されていき、ゆっくりと魔力を帯びて輝くその刀身が姿を見せる。
そして横一文字に一気に刃が抜かれた時には、ナタク様の刀身から放たれ飛来した刀の衝撃波が届く範囲の悉くが斬り刻まれ、声を上げる暇もなく瞬時に数十余りの魔物が黒い塵へと姿を変えて散っていった。
お二人の凄まじい攻撃に思わず感嘆の息を漏らしそうになったが、目の前の魔物に意識を切り替える。
私の未熟な力ではお二人に並ぶような攻撃を放つ事は出来ないが、精一杯の力を込めて魔物の群れに風穴を空けてやる……!
私はゼルシアラ家の紋章が描かれた盾を前方に構えて走る。
そして前方のホブゴブリンを盾で押し出すように殴りつける時、盾に込めた魔力を解放した!
解き放たれた魔力は盾にさらなる衝撃力を与え、接触したホブゴブリンの顔に盾がめり込んでは歪み、吹き飛ばした。
ゼルシアラ流盾剣術『シールドストライク』だ。
続けざまに至近距離で混乱しているゴブリン数体に素早く斬り掛かり、それら葬る。
私の強みは素早く正確な剣捌きと精密性にあると自負している。
反撃してきた他のホブゴブリンが、棍棒を振り上げてくる。
私は盾を向け、棍棒が盾に接触する刹那にごく僅かな時間だけ風属性の魔力を解放。
盾の表面に一瞬だけ振動する空気の膜を形成することで、受けたものを弾き返す、これぞゼルシアラ流盾剣術『パリィ』だ。
受けのタイミングを極めた者が扱えば絶大な反射能力を発揮する近接防御術。
攻撃を受け、パリィにて弾き返して生じた隙に剣で葬る。
派手さはないが着実に敵を屠るこの戦法がゼルシアラ流盾剣術の真骨頂なのだ。
私はこの戦法を極める為の研鑽を欠かしたことはなかった。
心に戦闘による高揚感を感じながらも、頭は極めて落ち着き払っている。
敵を斬りながら別方向から迫る敵を見ている。
そこに盾を滑らせてパリィ。素早く斬る。ついでに隣の敵も斬る。ついでにその隣も斬る。
盾で受け止めてパリィ…………その動作を淡々と繰り返し、確実に敵を葬っていった。
「その剣の冴え、お見事にござるなマルシェ殿!」
「光栄です! ナタク様っ」
初撃の奇襲に生じた混乱はすでに徐々に収まり始めており、近場の魔物はこちらに向かって殺到してきた。
そんな折り、私の左側面をカバーするようにナタク様が陣取る。
「ここからが正念場だッ! オメェら根性みせろやァ!」
そこにラムザッド様が右側面に躍り出て、激しく拳を打ち付ける。
奇襲効果も薄れ、魔物が体制を立て直しつつある。
ここから先はまさに死地。私達が消耗するのが先か、魔物が全滅するのが先かの、互いの命を削り合う耐久戦となる。
――その時、不意に前方から棘のついた蔓が私に向かって迫った!
それを咄嗟に盾で受けると衝撃が腕を伝い体中に走る。
視界の認識外からの攻撃に対応が遅れ、パリィを仕損じてしまった。
「くっ……!」
「チッ! マンドレイクもいやがったかよッ! マルシェ! 用心しろッ」
「は、はい!」
大きな花のような胴体を持つその魔物は、上半身は緑の肌の女性を模し、何本ものしなる蔓を背中に生やしている。
怒りの表情のマンドレイクは、真っ赤な目で凝視して、私を標的と定めていた……!
初めて対峙する魔物だが、ホブゴブリンなど比較にならない強さを持っているのは見るからにわかる。
私はマンドレイクの追撃が来る前に盾を構えて前進する。
あの魔物の蔓は脅威だ。殆ど予備動作もなくけしかけてくるのだ。
心を鎮め、冷静に相手を観察しながら接近を試みた。
ヒュッという音と共に一瞬にして蔓が眼前に迫る!
――――ガンッ!
「……くぅ……っ」
またパリィ失敗だ。もっと集中しなければ見切れない!
立て続けに蔓が襲い掛かる!
私はそれを身体を逸らして躱し、屈んで回避し、左右からの蔓の鞭撃には前方に飛び込んで辛くも凌いだ。
だが剣の間合いまで接近できた。私はマンドレイクを両断せんと魔力を練りながら横凪ぎに剣を構えて――
「――――いかん! マルシェ殿! 防御を……ッ」
「――えっ!?」
私は背中に悪寒を感じ、咄嗟に盾を構えた。
底知れぬ嫌な予感が私の集中を途絶えさせる。
盾で構える直前に垣間見えたのは、マンドレイクの花房型の胴体の底を私に向けているところだった。
底の中央には筒状に穴が空いていた。
それが悪寒を引き起こす原因だと私の直感は叫び、防衛本能のままに体を屈んで盾の後ろに隠れていた。
その直後――
盾に連続して何かがぶつかる衝撃が襲い来る!
と同時に腕や足など、盾で防ぎきれなかった場所に痛みが走った。見ると深々と赤黒い棘が突き刺さっていた。
「くぅ……っ!」
やがて棘の連射が止まり衝撃が静まる。衝撃を一身に受け止めていた盾を持つ腕が痺れている。
私は突き刺さった棘を即座に掴み、自分の血が飛び散るのも構わず引き抜いた。
激痛と熱が広がるのを感じるが、今は迫り来る魔物とマンドレイクへの警戒を優先し、後ろに飛び退き距離を取る。
そこへナタク様が私を庇うように前に立ちはだかり刀を構え、ラムザッド様が近くの魔物を蹴散らしながら私を守ろうとしてくれた。
「マルシェ殿!」
「クソッ! 大丈夫かッ!? お前はあまり前へ出るなッ!」
「ぐっ……! はい……っ」
もっと相手を観察するべきだった。お二人に並び立てない自分が口惜しい……!
己の実力不足に臍を噛む。だがこの乱戦状態において今私ができる最善策は、精々身を守る事だけだ……。
多数の魔物が迫る中、マンドレイクが私を見て愉悦に歪んだ笑みを浮かべていたのだった。