魔物の群れが黒い嵐のように猛然と迫る。
先頭をトゥースボアに乗ったゴブリンライダーの列が木を薙ぎ倒しながら襲いかかる。
「――今だ! 放て! 前衛構えろ!」
ソバルトの号令が木霊すると同時に一斉に魔術と弓が魔物の群れに吸い込まれて行った。
ついに戦端が開かれた。
「チギリ! 行きますわよ!」
「ああ、続こう」
アスカが杖を振って魔術を発動させる。
すると猫耳族の前衛と、魔物の前列の間に深い霧が立ち込めた。これは水属性の派生である霧属性で、我が以前魔族に対して行使した、エンシャウディングミストと同種の魔術だ。
霧だけでは魔物に被害は与えられない。
そこで我のこの魔術が加われば……。
「……グローミングフリーズ」
我はアスカが発動させた魔術に重ねるように発動する。
これは狙った地点を音もなく冷気が立ち込め、相手を急激に低体温状態にする魔術だ。
エンシャウディングミストで立ち込めた場所にグローミングフリーズを重ねる事で、霧の水分が瞬く間に凍りつき、その中に包まれた者諸共氷漬けにし、広範囲に甚大な被害をもたらすも。
この連鎖は以前我が知性ある魔族に行使したものだ。今回はそれを二人で発動させたというわけだ。
森の戦場では炎を使うのは悪手だが、この戦法ならばまだ有効だろう。
最初の一撃で相手の数を減らす事に成功した。だがこの戦法も二度目は通用しないだろう。
我とアスカのコンビネーションで多数の魔物を巻き込み、猪突猛進していたトゥースボアの列が壊滅すると、猫耳族の歓声が響いて士気が高まった。
戦端の掴みは上場。ここからが各々の奮戦の見せ所だ。
「アスカ様、チギリ殿! 俺は前に出る! ここは頼む!」
そう後衛の指揮を託したソバルトは我らの返答する隙もなく防壁を飛び降り、大斧を担ぎながら最前線の列へと駆けて行った。
「任されたよ。…………魔術師は前衛に接近してくる魔物の数を減らせ! 弓使いで貫通矢を放てる者は魔力の限り放ち、前衛を援護し給え!」
既に聞こえていない返答をぼそりと零したあと、我は大きく息を吸い込み、久方振りに大声を張り上げた。
「厄介な魔物はわたくし達が対処しますわ! 皆様方はとにかく数を減らしてくださいまし!」
後衛の猫耳族達は指示通りに攻撃を放っていき、一斉に魔物の列に突き刺さり、息絶えた魔物を黒き塵へと変えていく。
それにも構わず次々と押し寄せる魔物がいよいよ前衛に到達せんとしていた。
「家族を守れ! 行くぞー!」
「「「ウオオーッ!」」」
最前列でソバルトが声を張り上げる。
それに続いて前衛の戦士達が雄叫びと共に各々の武器を構えて前進を開始した。
「アスカ、前衛への回復を任せるよ」
「ええ! 任されましたわ! 貴女は存分に敵を屠りなさいな!」
獣人は身体能力に秀でており戦闘においても高い攻撃力を誇る。例え30人ばかりの戦力と言えど容易く倒れはしない頑強さも持ち合わせている。
そこに神聖魔術のスペシャリストであるアスカの回復支援が加われば、前衛はかなり持ちこたえるはずだ。
少なくともゴブリン如きでは物の数ではない。
「……ふんっ」
ソバルトの殺意を秘めた大斧が横薙ぎに払われると、複数体のゴブリンがブレードマンティスをも巻き込んで一瞬にして塵となる。
それに続けとばかりに戦士達の強力な一撃が炸裂した刹那、十数体のゴブリンが消え去った。
さらに追い討ちに後衛の魔術や矢が戦士の間を飛来する。
前衛の破壊力も去ることながら、後衛の狙いも良い腕だ。このまま削り続ければ守り抜く事も出来るだろう。
だがそれは相手がゴブリンのような下級の魔物であれば、である。
戦場に木霊する喧騒が戦いの激しさを物語る。
「――ぐわぁぁぁーっ!」
その喧騒の中に一人の戦士の悲鳴が轟き、我はそちらに視線を移す。
その視界にハイゴブリンが大剣を荒々しく振り回している姿が飛び込んできた。
その大剣の餌食とされた戦士は深手を負い、二人の戦士が素早く最前列から下げている。
「――アスカ!」
「わかっていますわ!」
我はアスカに深手を負った戦士の救助を伝えてすぐに前線へ飛び出してハイゴブリンに接近する。
我の接近を感知したハイゴブリンが反射的に大剣を振り上げる。
その凶刃が飛翔する我に迫ると、我は風魔術を駆使して体ごとロールさせて回避して大剣を掻い潜り、空中に浮いた状態で杖をハイゴブリンの頭部に打ち付けた!
「――エアインパクト!」
杖の先から魔術が発動し、ハイゴブリンの頭部を吹き飛ばし、一拍遅れて体ごと吹き飛ばした。
凄まじい速度で吹き飛んでいくハイゴブリンは、黒い塵となって消えるまでに多数の魔物を道連れにしていった。
我の放ったエアインパクトは、大気を圧縮して破裂させ、その衝撃で対象を吹き飛ばす、風の上級魔術だ。
破壊力のある魔術だが杖先からでなければ発動出来ない為至近距離での発動となる為リスクが高いのが難である。
ハイゴブリンを葬ると、前衛の戦士達が間髪入れずに前進し魔物を薙ぎ払う。先程深手を負った戦士もアスカの治療によって既に復帰しているようだ。
我は飛び上がって防壁に戻り、魔術で敵の数を減らしながら強力な魔物を探す。
――その時、魔物の群れの後方で衝撃音と蒼き稲妻が迸った。そして響く断末魔。
向こうも始まったようだ。突然の背後からの襲撃を受けた魔物が動揺して攻めの勢いが極端に低下している。
数に任せて指揮する者が居ない相手など、一度乱れてしまえば混乱を収束させるのは至難の業だ。
今回に限ってはこの状況は幸いだった。相手に指揮能力のある存在が居たら、我らの介入があったとて守りきれるかは不明であったろう。
「挟撃は成った! ここからは我らが目に物見せる時! 各々奮戦せよ!」
「「「ウオオッ!!」」」
集落を守る者達の目に宿る戦意の炎が、雄叫びと共に激しく燃え上がり、それは武器を振るう力となって現れる。
……ここまでは良し。このまま一気に押し込れば良いのだが。
「チギリ、ここはわたくしに任せて、貴女はラムザッド達の方へ行って!」
「しかしまだ厄介な奴は――――」
挟撃の効果は覿面とは言え、まだハイゴブリンや甲冑骸など強力な魔物は残っている、決して油断ならない状況だ。
すでにアスカは攻撃の合間に援護や回復と、戦線の維持の為に多忙を極めている。
アスカの提案に、ここで共に凌ぐ意思を伝えようとした我は、アスカの何時になく真剣な眼差しに確固たる決意を感じて言い淀んだ。
そして友の覚悟を無下にするような無粋な真似も出来なかった。
「…………承知した!」
我はその場から勢いよく飛び上がり、魔物の群れに埋め尽くされて黒い塊と化す森を飛び越えて、その後方で奮戦する仲間の元へと急ぐのだった。