――目を覚ます。
いつもと違う感触に上体を起こして辺りを見渡すと、いつの間にかだだっ広い草原で寝そべっていた。鼻を撫でるように過ぎていく悪戯な風が草の匂いを運んでいき、青々とした草花を揺らしながら風の道を作っていく。
……あれ? この景色いつかどこかで見たことがあるような気がする。
どこでだったか、思い出せない……。
記憶を呼び起こそうとするもひらめく兆しは見えず、僕はあまり気に留めずに長閑な草原にゴロンと寝そべる。そして目を閉じて草木の匂いや感触、風の音など、気の向くままに五感を堪能する。
――このままもうひと眠り……
そう決め込んだ僕は再び微睡に包まれて夢の世界へ…………――
「ねぇ、そろそろ起きなさいな。ねぇってば! ……貴方、相変わらずのんびりしてるわね……」
突然どこからともなく呆れたような声がして、僕は漕ぎ出していた船を無理矢理引き戻された。
聞き覚えのない声。
……いや、この美しい鈴の音のような声はどこかで……?
僕は再度体を起こしてキョロキョロと声の主を探すように見渡したが、草原がどこまでも広がっているだけで誰も居やしなかった。
首を傾げる僕。
気のせいだろうか。
てかここはどこなんだろう。確か僕は宿のベッドに寝たはずなんだけど……。
本当はまだ眠っていて、ここは夢の中なのかな。
「――そうよ。ここは夢。やっと気付いたのね」
「――誰っ?!」
今度も頭に響く声がはっきりと聞こえた。
周囲を見渡してもその姿はない。
……って、変な夢を見ているだけか。そんなに気にしなくてもいいのかもしれない。
「僕の夢に入り込んでる君、何か用なの?」
「ずっと一緒にいるのにつれないわね。まあ無理もないけれど」
「……うーん?」
言葉の意味が分からず困惑してしまう。それにしても変な夢だ。妙に感覚がはっきりしている。
眠りから覚める気配がないので、敵意などは感じないし、とりあえずこの声と会話を試みてみることにした。
「君は誰?」
「そんなことより時間がないの。貴方に伝えたいことが……る……!?」
「え……?」
謎の女性は構わず言葉を紡いでいたが、急に言葉が途切れ始めた。
「ああ……! こうして……らもう時間……いわ」
「え? 大丈夫?」
さっきまではっきり聞こえていた声がみるみるうちに途切れ途切れになっていく。
「私の……がまだ残って……い……うちに……っておき……いの……!」
「どうしたの? よく聞こえないよ!」
謎の女性の声からは焦燥感が滲んでいて、何かを伝えようとしているようなのだが上手く聞き取れない。何か大事な事を伝えようとしているような、そんな焦りだ。
僕は耳を澄ませて聞くことに集中するが肝心なところが聞き取れないでいた。
「早く私……いに……て。……を越え……先で……てい……から!」
「…………っ」
「……お願……っ――――」
頭に響いていた声が霧散するようにふっと消え、それから語り掛けてくる様子はなかった。
さっきの人は、僕に何かを訴えていた……ような気がする。
僕に何かを伝える為に夢の中にやってきたというのだろうか――
「――!?」
そう考えていた時、一面草原だったはずの景色は消え去り、漂白された無となっていた。足場を失った僕の体はなすすべなく落下していった。
「――――うわあああああああああ!!」
「――――うわああっ!?」
「うお!? なんだッ! どうしたクサビ!?」
僕は高所を落下する感覚を残したまま叫びながら飛び起きた。
目の前に広がるのは、昨日床に着いたはずの宿の部屋と、驚いた表情でこちらを見るラシードだ。
……どうやらこれは現実のようだ……。まだ心臓が激しく波打っている。
「お、おい大丈夫かクサビ? いきなり叫びながら起きるからビビったぞ……」
「あ……。ああ、うん大丈夫! 高い所から落ちる夢を見ちゃってさ……あはは……」
「あー、あれな。なんかこう……ヒュンってなるヤツだな!」
などとラシードは笑っていたが、さっきの夢は一体なんだったのだろう。
記憶にない場所に、現実では聞き覚えのない声の女性だった。
確か以前、ボリージャで僕が依頼で瀕死の重傷で診療所に運ばれた時にも出てきた声と同じだったと思い出した。
……ただの夢ではないような、そんな予感が僕を取り巻いていた。
「んで、今日は王立書庫に行くんだろ?」
悶々とする僕の意識はラシードの一言により引き戻される。
そうだ。今日こそは許可証をもらって王立書庫に入るのだ。
「うん。許可証を買わないといけないんだ。同行していればパーティでも利用できるみたいだよ」
「へえ。なら勇者や剣のこと以外にも有益な情報が得られるかもしれねぇな! 支度を済ませたらサヤとウィニ猫と合流しようぜ」
そして出かける支度を済ませ、ラシードと共に部屋を出ると、ドアの音が聞こえたのか、それに合わせてサヤと半分眠った状態で引っ張られている寝ぼけ眼のウィニが部屋から出てきて合流できた。
その後揃って腹の虫を抑えてから、いざ王立書庫へと向かった。
「これは……圧巻だわ……」
王立書庫にやってきて昨日の僕よろしく、皆は収められた知識の量に唖然としていた。そして受付けまで足を運んで職員さんを呼んだ。
許可証の発行を申請すると同時に代金をカウンターに乗せると、職員さんはテキパキと対応してくれて、程なくして僕達の許可証が発行されたのだった。
これさえあれば、中で調べ放題というわけだ。……でもこの膨大な量の本から探し出すのも大変そうだなあ……。
いや! この為にここまで来たんだ。泣き言なんて言ってられないぞ!
「よし、さっそく皆でそれらしい文献を探そう!」
「わかったわ!」
「おう。なんか見つけたら知らせるぜ」
「ん! 頑張っておいしいごはん本さがす!」
「…………」
僕達は各々手分けして勇者にまつわる文献や、伝説の武具などから探してみることにした。
あ、ちなみにウィニはサヤが首根っこ掴んで連行していったよ。抑揚のない気の抜けた悲鳴を上げながら奥へと消えていったさ。
僕の目の前には、梯子がなければ高いところまで手が届かないほどに大きな本棚がズラリと一面に広がっている。
圧迫感すらも放つ存在感を見上げながら僕は生唾を飲む。
「よ、よーし! 頑張って探すぞっ」
僕は気合を入れて膨大な知識という相手を前に、武器を持たぬ戦いに挑むのだった……。