数多の水の精霊に愛される大きな湖は国名を冠した『サリア湖』と呼ばれ、その湖自体が精霊の力によって束ねられた結界を成し、あらゆる邪悪を遮断する。
そのサリア湖の中央に、精霊を敬い、尊び信仰するサリア神聖王国の首都にして、聖なる水の都と謳われる聖都マリスハイムがあった。
聖なる水の都と呼ばれる所以は、サリア神聖王国でも唯一無二の、街中を清らかな水路が巡るその美しい景観にある。
城下町は区画ごとに整備され、至る所に水路が巡り、人々は小船を用いて移動するのが日常である。
聖都を守る水の精霊は数多く、街中では空を舞いながら街と人の営みを見守りその日を謳歌する精霊の姿も目にする事があるという。
そして高らかに聳え立つ、白を基調とした美しい外観の王城は、昇降機で上がった先にあり、そこから街の人々を遍く見守っている。
精霊の恩恵によりマリスハイム城から止めどなく流れる清らかで透き通った水は、城下の水路に流れる数多の滝となっており、その絶景はサリア神聖王国が誇る名所として世界中に愛されているのだという。
水の精霊と共にある都市、それが聖都マリスハイムだ。
長い道のりを歩み、ようやくその街並みが眼前に広がっている。本当にここまで来たんだ……。なんだか感慨深い気分だ。
神聖な雰囲気が漂う大きな湖の畔に街への出入りを管理する門が設置されていて、僕達は門番の王国兵士にギルドカードを見せて身分を明かす。
ポルコさんは元々この街の住人だし兵士さんとは顔見知りのようだけど、商人にとっての身分証のようなものを見せていた。
「――問題ありませんね。ようこそ聖都へ。お通りください」
兵士さんの許可を経て門を通ると湖に掛かった純白の橋が街へと続いており、その終着点には街の中への門が見える。
馬車をゆっくり進ませて橋を渡りながら周りの風景を眺めると、左右には一面に広がる湖にサリア神聖王国の豊かな大地が目を癒し、長旅と護衛依頼の緊張が解されていった。
……そうか、護衛の依頼はこれで終わりなんだ。
ポルコさんとは約2週間一緒に旅した仲で、ここでお別れなのが名残惜しく感じた。
……まあ、でもポルコさんのお店に行けばきっといつでも会えるよね。大変な旅だったけど、ポルコさんとの旅は楽しかった。
街への門を通ると、マリスハイムの城下町は人で賑わっていた。僕達のような冒険者や旅人も多く見掛ける。大国の首都だけあって人の往来の多さは伊達では無いようだ。
街に入ってすぐに、高いところに聳え立つマリスハイム城が目に入り、壮大で清麗な純白の城に思わず見惚れてしまいそうになる。
その王城に向かって水路が伸びており、小舟に乗り込んで移動する人が見受けられた。
その左右の石造りの道には様々な建物が立ち並び、僕達はその道を歩く。
水辺が側にあるからか外は涼しくて快適だ。
聖なる力を宿したサリア湖の結界に守られた最も安全な場所だろう。それに加えて過ごしやすい。人も多くなるのは当然だった。
通りを進んで商業区を抜けると大きな広場があった。
さらにその広場を抜けると、冒険者ギルドマリスハイム支部が構えていた。ボリージャやエルヴァイナよりも大きな建物だ。きっと管理する依頼の量も違うのだろう。
そこで馬車を停めて、ギルドの前でポルコさんと僕達は向かい合う。これで護衛の依頼は完了だ。
つまりポルコさんとの旅もここでおしまいという事だ。
「いやぁ、おかげさまで無事に帰ってくる事が出来ました! 仕入れた物も無事ですし、クサビさん達が依頼を受けてくれて良かったですよー!! ありがとうございましたッ!!」
ポルコさんは元気いっぱいにぴょんぴょんと飛び跳ねながら、喜びを全身で表現していた。彼のその普段通りの姿に僕の中に湧き上がりつつあった別れの寂寞さは薄れ、思わず笑顔になった。
「こちらこそ、食事を全部ポルコさん持ちでずっとお世話になっちゃって、かなり助かりました。ありがとうございました!」
「ん! ごはんありがと」
皆はポルコさんにそれぞれの謝意を伝えていて、ポルコさんは照れくさそうに笑っていた。
別れが近いというのになんだかほのぼのとしていて、こういう別れの形もいいなと思う。
まあ、この街に入ればいつでも会えるからというのもあるのかもね。滞在中にポルコさんのお店には絶対顔を出そう。
「さあ、では依頼の報告が待ってますよ! さあさあ!!」
そして僕達は意気揚揚とギルドの扉を開けるポルコさんと一緒にギルドの中に入った。
ギルドの内装はエルヴァイナと大差ないように見受けられるが規模は全然違った。
受付けのカウンターには三人程が応対しているし、飲食スペースも広くしっかりしている。それとは別に寛げる所もあるみたいだし、奥には剣を交差させたような模様が印字された看板が付いたドアがある。あの先はおそらく訓練所だろう。
「お疲れ様です……あら、ポルコさんじゃないですか。今帰られたんですか?」
「こんにちはエピネルさん! そうですよッ! こちらの冒険者さん達に護衛を依頼しましてね!」
「ご無事のお帰り何よりですね。それで、そちらの方々はここは初めてですね?」
受付けカウンターにやってきた僕達は、エピネルと呼ばれた受付け嬢さんの前に立った。
艶のある長い黒髪の女性で、クールな印象を受けたが柔らかな口調が言葉の節々に垣間見えた。
「はい、Bランク冒険者パーティ『希望の黎明』です! エルヴァイナでポルコさんから護衛依頼を受けまして、その報告に参りました」
そう言って僕達は自分のギルドカードと依頼受注の証を提出する。エピネルさんはそれを検めると、にこりと微笑んで少し待つように言うと、報酬の打ち合わせのためポルコさんと奥の事務所へ下がって行った。
程なくしてポルコさんとエピネルさんが戻ってきた。
そしてカウンターに僕達のギルドカードと依頼報酬が入っている小袋を乗せた。
「お待たせ致しました。こちらお返ししますね。そしてこちらが今回の依頼報酬となります。ご確認ください」
報酬を受け取り確認する……。
「……えっ! ポルコさんっ! こんなにいいんですか!?」
僕は驚きながらポルコさんを見る。
そんな僕にポルコさんは満面の笑みで大きく頷いて親指を立てる。
小袋には想定よりも多く、なんと金貨80枚も入っていたのだ。成功報酬は40枚だったはずだ。
「いいんですよ〜! 僕も荷物も無傷ですし!! それに皆さんとの旅は、刺激的でとっても楽しかったのですからッ!」
そう言って、えへへとはにかむポルコさんの厚意に胸がじーんとして、思わず僕の目頭が熱くなるのを感じた。
「……ありがとうございます、ポルコさん! 今度ポルコさんのお店に行きますね……!」
「おおー! お待ちしてますね! …………では、僕はこれで!! またお会いしましょうッ!!」
「はい! またー!」
「ポルコさんっ! ありがとう〜!」
「また会いに行く」
「じゃーなー! また会おうぜ!」
まるで友人を見送るようにポルコさんに別れを告げて、その小さな背中を見送った。
長かった護衛の依頼をやり遂げる事が出来た達成感と、親睦を深めたポルコさんとの別れに、僕の心には熱い感情が入り交じっていたのだった……。