テジャ村の弔いから既に2日が経ち、僕達は魔物に何度か遭遇したものの被害もなく、聖都マリスハイムまであと3日ほどの距離まで迫っていた。
エルヴァイナから受注してきた護衛依頼ももうすぐ終わりだ。
ポルコさんとはここまでもう依頼主以上に、すでに友人と言っても差し支えないくらいには仲良くなっていた。
ここ数日、沈み掛けていた気分をいつも明るくしてくれたのはポルコさんだったし、彼の存在は僕達パーティにとって本当に有難かった。
マリスハイムにお店を構えるポルコさんとの旅はもうあと僅かだが、僕達はマリスハイムにはしばらく滞在することになるだろうから、その間にポルコさんのお店に顔を出しに行きたいところだ。
……と、まだ着いてもいないのに気が早いね。
気を抜かずに進まないとな。
残りの道程は残すところ、この先の雑木林の中にある『ミレーダ宿場町』で最後の補給をして、3日進むと雑木林の終わりと同時に大きな湖が現れる。
その中央に築かれた都市こそが、聖なる水の都と呼ばれるサリア神聖王国首都、聖都マリスハイムだ。
前方を見やれば、平原に続く街道が雑木林に向かって伸びており、僕達は木々に囲まれた中の道に足を踏み入れた。
ここからは街道の左右に植林された木々を望みながらとなる。
この辺りには魔物はあまりいないのだろうか、野生動物が木の上を住処にしている姿が見られた。
まるで長閑な森林浴のようだ。なんだかボリージャの辺りを思い出すなぁ。あっちはもっと鬱蒼としているけどね。
今日はミレーダ宿場町へ到着することが目標だ。
この雑木林を数時間進むと辿り着くという。
「長い道のりもあと少しで一区切りね」
馬車の御者席で愛馬のアサヒの手綱を握るサヤは、隣に座る僕にぽつりと語り掛けてきた。
「そうだね。でも着いたら着いたで忙しくなりそうだね、ゆっくりしたいんだけどなぁ~」
僕はわざとらしくやれやれといったジェスチャーをしてお道化て見せた。
それを見たサヤは口元を押さえながら微笑んで、柔らかな眼差しを向けた。
「ふふっ。ぐうたらクサビは健在ねぇ?」
「そうさ? 僕にぐうたらさせたら誰にも負けないのさ」
「自慢するところじゃないわよっ。まったく……」
こんな他愛のない会話をするも、やはり互いに別の事を考えているのは薄々と感じ取ってしまうものだ。徐々に会話が途切れていってしまう。
「…………」
「…………」
特に話すことがなく沈黙の時間が続く。馬車の車輪が回る音と、アサヒのパカパカという蹄の音、そして野鳥の囀りだけが聞こえる。
サヤとの沈黙は元々苦手ではなかったが、今はどうにも落ち着かずにそわそわしてしまう。
なんとなく互いに何を考えているのか察しがついていて、そしてそれを切り出すべきなのか迷っているのだ。
だが先に切り出したのはサヤの方からだった。
「……あのね? ……弔ってくれてありがとうね。あの村の人達のこと……」
「…………うん」
ここ数日、決意を新たにしたとは言えど吹っ切ったわけではなかった。あの衝撃的な光景がまだ頭から離れないのだ。あの惨状が頭を過る度、考えさせられてしまう。
だがお互い、決して後ろ向きな気持ちのままでは居たくなかった。だからこそ切り出すタイミングを窺っていたのだ。踏ん切りをつけて目標に邁進する為に必要なことだと思うのだ。
「これでも私、少しは気持ちが軽くなったのよ。故郷では弔うこと、できなかったから……」
「……僕もさ。故郷の代わりというわけではないけど、ちゃんと送ることが出来たからね」
「……うん」
サヤの手が僕の手の上に重なる。
その優しい手から伝わる温かさが今はとても心地よくて救われる気分になる。
「全部が終わったら、故郷に帰ってお墓参りをしましょう……?」
「そうだね。皆に報告しなきゃだしね。世界救ってきたぞってさ」
サヤが穏やかに微笑んでゆっくりと頷いた。そして僕の肩にもたれ掛かってはしばらくそのままの姿勢で、二人でアサヒの手綱を握りながら馬車を走らせた。
互いに心残りを口にすることで、己に向き合い前を見ていけると信じているんだ。
握った手の温かさがその想いを伝えてくれたいいなと願いながら、しばらくそのまま手を繋いでいたのだった。
そしてしばらく進んだ僕達は、ミレーダ宿場町に無事辿り着いた。
首都に近い宿泊施設だけあって、人の往来も多いように感じる。
もうすぐ夕方になろうとしているところだった。
旅で疲れているが、遅くなる前に明日の支度を今しておかなければお店が閉まってしまう。もうひと頑張りだ。
というわけで最後の旅の支度を済ませた僕達は宿でようやく荷を降ろすことができた。
今は5人でテーブル囲んで腹ごしらえの時間だ。
「ごはん! ごはん! はよ来いごはん!」
ウィニは待望という様子で涎をたらしながらナイフとフォークを片手ずつ持ってテーブルを楽器代わりにトントンと打ち付けていた。
それを行儀が悪いと叱るのはサヤだ。
僕やラシードはそれを見て、いつも呆れるように笑うのだ。
それが僕達のいつもの光景だった。
最近はそこにポルコさんも加えてさらに賑やかになっている。
変わらぬ光景になんだか僕は安心した。まだ心のどこかに落とした陰が残っているかもしれないと、それが気掛かりだったのだ。
だけどそれは無用な心配だったみたいでほっとした。
その夜の食事は皆でワイワイと会話が弾んで楽しい食事を囲み、そのあとは各自解散して明日に備えることにした。
僕はすぐにベッドに足を投げ出して、深い微睡の中へと迷い込んでいくのだった…………。
「よし、皆支度はいいな? ……行こうぜ! マリスハイムへ!!」
「うん! 行こう!」
「いよいよね……! さあ皆馬車に乗り込んで! 行くわよー!」
「おー」
「さあ! あとはマリスハイムまで一気に行きましょうーッ!!」
翌日、空が明るくなり始めた頃に僕達はミレーダ宿場町を発った。
いよいよマリスハイムが目前に迫っている! ようやく僕の使命を進展させる事が出来るんだ!
これまで幾度にも目的地に近づく興奮を抑えてきたが、今回の興奮は一段と強かった。もうすぐだ。もうすぐ手掛かりを見つけることができるのだ!
僕のこの逸る気持ちはしばらく続き、やがてサヤに窘められるまで続くのだった――――
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜
第6章『聖なる水の都へ』 了
次回 第7章『勇者の伝承』