無垢の魔族との対峙から2日が経った。
僕達は戦いのさなか魔族が言っていた事を確かめる為に、街道沿いにある『テジャ村』へと辿り着いた。
ここは元々この集落を経由する予定だった中継地だが、すでにその役割を担える場所ではなくなっていた……。
「こんな……。酷い…………」
「――――ッ! ……くそッ」
村の入り口で立ち尽くす僕達の眼前には、至る所で事切れる村の住人と思しき遺体が、女子供も関係なく横たわっていた。
どの遺体も顔の穴という穴から血を流し、苦しそうな表情のまま赤い涙を流していた。
魔族の襲撃から何日経っているのか、すでに遺体の腐敗はかなり進み、鳥に啄まれているものもあった。あまりにも痛ましすぎて直視できない。
これほどに痛ましい惨状に、胃からせり上がるものを必死に抑える。
死臭が充満するこの場所に、かつての集落に溢れていた人の営みはもう二度と訪れない。
「――う……うぁぁ…………!」
「っ! サヤ!?」
突然サヤが泣き出し、呼吸が不規則になると過呼吸を引き起こして、よろよろと膝から崩れ落ちそうになるところに僕は肩を抱いた。
悲しみの涙を流しながら懸命に呼吸しようとするも上手くいかないサヤを、僕は必死に落ち着かせようと試みた。
その後、なんとか呼吸を持ち直したサヤはぐったりとしてしまい、村の外に停めた馬車に寝かせて、ポルコさんに様子を見てもらうことにした。
きっとサヤは自分の記憶と照らし合わせてしまったのだと思う。
僕達の故郷、アズマの村は魔王に滅ぼされた。
皆必死に抵抗したが、魔王の次元の違う力と恐怖の前には成すすべはなかった。
その犠牲になった人達の中に、サヤのお父さんも居ただろう……。
サヤはあの日、仕事を一人で任せられて大きな街へ出かけていて難を逃れたが、その後に村の壊滅を聞いて急いで戻ったと言っていた。
村に戻ったサヤは、その時滅んだ故郷を目の当たりにしたはずだ……。
弔う事もできず、野ざらしになった村の人達、そして自分の最愛の父の遺体を見たはずだ…………。
きっと、その時の記憶が呼び起こされてショックを受けてしまったんだ。
いつも気丈に振る舞うサヤがあそこまで弱ってしまうほどに、凄惨な光景を見たのだろう……。
今はサヤはゆっくり休んでもらおう。
……だが僕達はやるべきことをしなければならない。
「……ウィニ。サヤとポルコさんを見ていてくれないかな」
「でも……。……ん。わかった」
何か言いたげな表情のウィニだったが、頷いてくれた。
これからやることは心身ともに辛い作業だ。その人手になってくれようとしたのだ。
ウィニがとぼとぼと馬車に戻っていく。
「さて……んじゃやるか」
「……うん」
この村の人達を弔わなければ。
すでに腐敗が進み、このまま放置していては病の元となる。
心苦しいが、遺体を一か所に集めて燃やし、埋葬するしかない。
本当は一人一人簡単にでもお墓を作って埋めてあげられたら良かったけれど……。
ラシードと村の人達を一人一人運んでいく。
魂無き抜け殻と化した犠牲者は酷く重く、僕とラシードの心も暗く重い影を落とす。
僕達がどうあがいても守ることは出来なかった人達だけど、それでも溢れてくるこの無力感に押し潰されてしまいそうになる。
「……クサビ。俺達はよ、こんな辛そうな顔で死んでいかなきゃならない世界を変える為に旅してるんだよな」
「そう、だね……。こんなの、人の死に方じゃない……っ」
何時間の時間を掛けて村の人達を一か所に集め終えるともう日が暮れていた。その時ぼそりと呟いたラシードが火の付いた松明を手に遺体の山を呆然と見ていた。
僕は力のない自分が悔しくて、悲しくて、やっとの言葉を絞り出した。
ラシードは丁寧に遺体の下に敷いた藁に火を付けていくと、やがて炎が轟々と燃え上がった。
この炎が立ち上っていく空を見上げて祈る。
どうか死出の旅路が安らかであらんことを、と。
「――きっとこういう話はどこにだって転がってるんだろう」
「…………」
弔いの炎を見つめながらラシードが静かに言葉を紡ぐ。
「良く聞く話だ。冒険者をやってりゃどこでだってよ……。やれ何処が滅んだだの、やれ誰が死んだだの」
「……………………」
「だけどよ……。こうして実際弔うと思うんだ……っ」
ラシードの声に感情の揺らぎを感じて、僕はラシードに視線を移した。
「話したこともねぇ奴らだけどよぉ……! ……なんでこんなに苦しいんだろうなぁ……っ!」
ラシードは静かに泣いていた。
必死に歯を食いしばり、嗚咽が出ないように声を抑えて涙を流していた。
だけど涙を一切拭く素振りは見せず、炎と共に還っていく人達を見送っていた。
……かつてこの場所に人が生きた痕跡が灰となり炎は消えるまで、僕達は静かに泣いていた。
それから僕とラシードはテジャ村の人達の遺骨を埋葬して、馬車に戻ってきた。
どことなく元気のないウィニと、さすがに大人しくしているポルコさん、そして泣き腫らして目を赤くさせたサヤが僕達を待っていた。
「終わったよ。皆、弔ってきた」
「……お疲れさま。ありがとう……」
「……行こう。僕達でこんな悲劇のない、誰もが安心して過ごせる世界に変えるんだ。犠牲となった命の為にも!」
僕の瞳にはより強く固まった決意が宿っていた。
それは他の仲間にも伝播し、その決意は一つとなる。
決意を新たに皆が強く頷いた時、辺りを黎明が差し込んだ。
まるでその眩い太陽の光に背中を押されるかのように、僕達の足取りは力強く、マリスハイムまでの旅を再開させるのだった。