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Ep.180 交わらざる存在

「はあああ!」


 一気に距離を詰めて魔族を間合いに捉え、左手に力を込めて斬り上げ気味に横へ薙いだ斬撃は、ウィニを刺し貫かんとしていた槍が軌道を変えて僕に迫り、剣と打ち合う形で防がれた。


 僕は魔族の声を警戒してすぐさま飛び退き、入れ替わるようにラシードとサヤが左右から同時に攻める!


「ふっ! ……せやぁ!」

 サヤが果敢に飛び込む。

 素早く接近して足元を狙った一太刀が躱されると、続けて返す刃で首を狙った水平斬りを放った。


「そこだ! オラァ!」


 ラシードがハルバードを魔族の肩に叩きつけると、魔族の硬い体表を斬り裂くには至らないものの、目を一つ潰すことには成功した。


 素早い動きで攻撃をよく避けるが、それにも限界はある。

 全員で同時に掛かれば誰かの攻撃は当たる。そうやって削り倒すのがいいかもしれない。


 魔族の声が来ないのを確認した僕も追撃に再度接近する。


 姿勢を低くしながら一気に魔族の目の前まで近付き、そこで急激な方向転換を強化魔術で魔族の視界から外れて背後に回る!

 そして魔族に飛び込むように跳躍し、体を捻って回転する刃と化しながら背中を斬り付けた!


「――『ギャアアアア! 痛いじゃないか!』」


 不快な音と共に絶叫を脳に流し込んでくる魔族の羽根がボトリと地に落ちる。奴の羽根を両方纏めて切断することができた! これで飛べなくなったはずだ。


 奴の『声』による頭痛が心なしか弱まっているような気がする。

 もしやこれは魔族の体中に浮かんだ目の数が減ってきたからではないか……。


「――『キミィ! ボクのお喋りをなんで邪魔するのッ!? もう殺しちゃうからァ!』」


 筋骨隆々な体躯の魔族はドスドスと足音を立てながら僕に迫ってくる。

 頭痛に耐えながら僕は剣を構えて迎撃態勢を取った。


 そこに勢いを乗せた魔族が飛び上がり、両足を揃えてドロップキックを繰り出してきたのだ!

 僕はそれを咄嗟に剣で防御する構えを取ってしまった。


「――ッッ!!」


 剣から伝わる衝撃はそのまま僕の手首から腕にかけて駆け巡り、それでも受け止めきれずに剣ごと後ろに吹き飛ばされた……!


 視界は右往左往と目まぐるしく視界が回り、動きが止まったところで僕は自分は地面に仰向けに倒れているということを認識した。


「クサビ……! ラシード! ウィニ! 援護してッ」

「わかった! うおおおっ!」

「ん!」


 両腕には激痛が走り、手の震えが止まらない。耳鳴りが酷く周囲の音が遠く反響する。サヤの声が聞こえる気がするが何て言っているのか聞き取れなかった。


 どうやら頭を強く打ったようだ。体の自由が利かない。

 しかし意識だけははっきりとしていた。魔族がこちらに迫っているはずだ。このまま地に倒れている場合ではない。……早く起き上がらなければ!


「サヤ! 急いでクサビのところに行けッ! ウィニ猫! コイツを足止めするぞ!」

「ん!」


 耳鳴りが徐々に収まってくると、ラシードの怒号と金属がぶつかり合う音が絶え間なく鳴り響き、それに紛れてウィニが魔術を行使する声が聞こえた。


 そしてこっちに近づく足音。


「クサビ、じっとしてて……。……ッ! これは酷いわね……」


 駆け寄って来たサヤの手が僕に触れると暖かな光を発し、次第に痛みが和らいでいく。そして自由の利かなくなった体の意識の制御をこちらに引き戻す。


「ありがとう、サヤ。もう大丈夫だ」

「まだ駄目よ、完治してないわ」


 サヤはさらに治療を続行しようとしてくれているが、僕はそれを手を握ることで中断させた。そして今まさに必死に魔族を抑えているラシードとウィニを見る。


 二人掛かりであっても、魔族の『言葉』のせいで攻めあぐねており、返って反撃を許してしまっている。今すぐ加勢しなければどちらかが大怪我をしてしまう!


「今は奴を倒す方が先決だよ。行こう、サヤ!」

「わかったわ。でも無茶しないで」


 僕はサヤに頷き、二人は仲間の元へ駆け出した。



「うおおー! 必殺! 本気(マジ)突き!!」

「――ブレイズ・レイ」


 ラシード達が死力を尽くして戦っているところに、僕とサヤが合流する。


 ウィニとラシードも体制を立て直すべく、一定の距離を取り、僕達は武器を構えて肩を並べて魔族に対峙した。


 おぞましい姿をした無垢な魔族は小刻みに体を揺らしており、怒っているようにもはしゃいでいるようにも感じられるが、表情のない顔からは真意は計り知れない。


 魔族の全身の目が僕を見た。また語り掛けてくるつもりか。


「――『キミ達とお喋りするの楽しいネェ! さっきの人間達はすぐ死んじゃったから嬉しいヨォ!』」


 ……さっき、とは。一体何のことを言っている……?


 僕は魔力で防御しつつ、脳に纏わりつく不快感と痛みに耐えながら聞き返した。


「さっきの人間とはなんのことだ! この辺りに僕達以外の人間がいたのか!」


 僕の発言に仲間達の顔色が変わる。おそらく魔族が何を言ったのかを察したのだ。


「――『ウン、いたよォ? 人間が集まってたけどサァ、お喋りしたらみんなすぐ動かなくなっちゃったンダヨォ……』」

「…………」


 ……まさか。近くの集落の人達を……?

 ……血の気が引いていく感覚を覚える。だがそれとは裏腹に心には燃え滾る怒りが沸き上がって来るのを感じた。


 僕は魔族を睨みつけ、頭痛も忘れて敵意を向ける。

 この無邪気な化け物に、たくさんの人の命が理不尽に奪われた怒りで、剣を強く握りしめた手は打ち震えた……!

 無為に人の希望を奪ったことへの償いをここで果たさせてやる!


「……もう黙れ! お前の言葉は命を奪うんだ!」


 練りに練った魔力が全身に満ちて、僕は剣の切っ先を魔族に向けて構えた。


「――『エ!? そうなんだァ! ボクすごいや!』」

「――黙れと言ってるッ!!」


 僕は一気に魔力を解放して地を思い切り蹴った。

 瞬時に目の前に魔族を視界に捉え、剣に炎を纏わせて十字に連撃を放つ!


 槍が一撃目を受けるとその持ち主に向かって火花が散り、それは火力を上げて小爆発を起こして全身に浴びせかけた!

 さらに二連撃目の水平斬りが魔族の腹部を横一文字に掻っ捌き、僕はそのまま前進し、想定外のダメージに狼狽えている魔族の後方へと斬り抜けた。


 未発達な精神故か、魔族には常に慢心があった。僕達が自分の命を脅かす存在だと微塵も感じてはいなかったのだろう。

 奪われる者の気持ちを知らぬ傲慢な存在に、絶対に負けるわけにはいかないんだ!


「――皆!」

 声を掛けた時にはすでに他の仲間達は動き出していた。


 ウィニが魔術の構築を開始し、サヤとラシードは同時に魔族に肉薄。


 気が動転している様子の魔族の全身に浮き出た目がギョロギョロと泳いで焦点が定まっていない。完全にパニックに陥っている今が好機だ。


「――サヤ! 俺らで動きを止めるぞ!」

「――! わかったわ!」


 ハルバードを逆手に持ち替えて両腕で振り上げたラシードが声を張り上げ、渾身の居合を放とうとしたサヤが、ラシードの意図を察して構えを瞬時に切り替え、抜刀してひらりと刀身が踊る。


 そして、それぞれの刃が魔族の足に突き刺さり地面に縫い付けた!


「ウィニ!」

「ウィニ猫ぉ!」


 二人の視線が魔族に杖を向けて詠唱を完了した状態のウィニに移り思いを託す。

「まかせろ」


 それに応えるようにウィニの杖の宝玉が、眩く黄色の光を放った!


「――ロックメイデン!」


 魔族の足下から土か隆起して、魔族を包み込むように形を変えていく。

 サヤとラシードが素早く飛び退くと、完全に魔族が土の牢獄に覆われ、牢獄が中を押し潰そうと圧縮し始めた!


 ――その瞬間、鋭い音が牢獄の中で響く。中で無数の土の針が中で散々に魔族を突き刺したのだ……。


 相変わらず慈悲のない魔術だ。だが魔族に同情の余地は一切ない。魔族というのは分かり合えない存在なのだから。



 そして土の牢獄が自壊していき、中から虫の息の魔族が現れ、ダラリと力無く倒れ伏していた。

 全身に浮かんでいた気味の悪い無数の目は、ロックメイデンによる無数の針で悉く破壊されており、体中からは魔族の血が流れていた。


 僕はその魔族の目の前に立ち、剣を振り上げて構える。

 もはや見つめる為の目がない魔族は『言葉』を発する事は出来ない。今どんな言葉を宣っているのかなど知る由もなかった。


 だがそれが例え懺悔だろうと謝罪の言葉だろうとも手遅れだ。


「…………っ!」


 僕は魔族の頭に剣を振り下ろした。



 すると魔族は動かなくなり、やがて黒い塵となって消えていった。



 しばし流れる静かな空間で、誰も言葉を発しない。

 とても勝利を喜べるような気分ではなかったのだ。



「……クサビ」

「…………」


 サヤが隣に寄り添い、心配を含んだ声で僕の名前を呼ぶ。


「……さっきの魔族が、集落を滅ぼしたかもしれない。……確かめないと…………」


 そして、弔ってあげないと……。


 僕の様子に予感が的中したように、仲間達が苦虫を噛み潰したように口惜しげに頷いた。

 苦い勝利を噛み締めて、僕達は先を急いだ……。

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