突如僕を襲った『何か』が土埃の奥から現れた。
「……『外れちゃったぁ』……」
またしても声とは違う異様な音が僕の脳をかき乱す。
その音は耳で聞いているのではない、脳に直接送り込まれているような……とにかく強烈な不快感を与えてくるのだ。
その音を発するモノの正体をはっきりと視認した。
……人型だ。全身が深い緑の体表で覆われていて、体躯は成人男性と同じくらいだ。手には槍を持ち、背中から羽根を生やしている。
奇妙なのは発する音だけではない。存在そのものが奇妙極まりなかったのだ。まず全身の至る所からギョロリと浮き出る無数の目。その目はトカゲのような尻尾にも、蝙蝠のような羽根にもびっしりと現れ、その一つ一つが僕を見ていた。
そして極めつけに、ヤツの顔だ。
不格好な三日月のようにいびつな形で、耳や鼻の類いはなく目と口の配置はバラバラだ。
顔中に目が浮き出るが、その中に瞬きをしない血走った目が3つ、大きく裂けた口の下に不規則に並んでいた。
これを顔と認識するのも烏滸がましい。まるでただ乱雑に顔のパーツを適当に並べてみただけのような、人という存在を否定しているかのようにおぞましい見た目をしていた。
「な……なんなのコイツ……!」
「くさびん……そいつ危ない……っ」
全員が警戒を強めて様子を窺う。
現れたのはこの正体不明の魔物一体だけのようだ。
「――お前は何者だ!」
頭を襲う不快感を振り払いながら僕は魔物に問う。
会話が成り立つとしたら魔族の可能性が高く、そうだった場合は苦戦は必至、最悪全滅だってあり得る。
「『ボクにお名前はナイよぉ。魔王様に代わってキミを探しにきたんだよぉ』……」
ヤツの『言葉』が脳内に流れ込むと同時に、激しい拒否反応で視界が大きく揺れ、割れるような頭痛が僕を襲い膝を折る。
「――う!? ぐああああッ! ……ぁぁ…………! はぁ……はぁ……」
「クサビ! どうしたの!?」
突然苦しみだした僕の前にサヤが駆け込み、かばうように魔物に立ちはだかった。
「『ネェ、その剣ちょうだい? ……あ、キミの首も魔王様欲しがってたんだったよぉ』」
「うグ……がああああああっ!!」
「クサビ! ……一体何が起きて……!?」
この魔物が『話す』度に激しい苦痛が頭を蹂躙する。
だがサヤ達はなんともないようだった。この不快な音が聞こえるのは僕だけなのか……!
「あ、頭に……っ! コイツの声が! ……ぐああっ」
「くっ! 今すぐに止めなさい!!」
サヤが魔物に斬り込んだ!
勢いをつけた袈裟斬りを放つがそれは空しく空を斬る。
羽根を羽ばたかせて空へと逃げ込んだ魔物の全身の目がギョロリと一斉にサヤに向いた。
「――!? ぐっ! ――あああああっ!」
魔物の目がサヤに向き、口が話しているように動いた途端にサヤが苦しみ出し、僕を襲った頭痛と不快感は嘘のように消え去っていき、奴が話す声らしき音は一切聞こえなくなった。
どうやら奴は周囲には聞こえない音を、全身の目で見た対象に直接脳に送り込んでくるようだ! その言葉とは似ても似つかない音が響くと、何故か奴の言葉のように認識するのだ。
だがその音は人間にとって害だ。強烈な拒否反応が脳に激痛となって襲い掛かり、奴が長く喋れば喋るほど痛みは増し体を蝕むのだ。
「サヤ! 下がって! ――皆! コイツは頭に直接攻撃してくる! 見られたら注意して!」
サヤは頭を抑えながら敵から距離を取る。
奴には知性がある。間違いない。コイツは魔族だ!
そして解放の神剣を狙う魔王の遣いだ!
何がなんでもここで仕留めなければ魔王に居場所を知られてしまう。それは何としても阻止しなければならない!
魔族の全身の目がまた僕を一斉に凝視する。……来る!
「――『キミのその剣と首を魔王様にあげれば、ご褒美にボクの名前が貰えるのサ! だからジッとしててねェ!!』」
「ぐッ……!? コイ……ツ……! ぐああ!」
魔族が子供のような口調で無邪気に語りかける度、耐え難い激痛が頭を支配せんと暴れ出す。
痛みに魔族を直視することも、魔力を練ることも出来ず、ただ迫ってくる気配だけを捉えていた。
「――させるかよッ!」
そこにラシードのハルバードが、魔族の僕目掛けて振り下ろした槍を弾き、ラシードが僕の前に遮るように立った。
「ガぁぁ! ……いってぇ……なァッ!」
魔族の『言葉』を受けたラシードが一瞬仰け反るが、気合いで痛みに耐えながら反撃する。
ハルバードの矛先の斧部分で大振りの横一閃。それを魔族は槍で防ぎバックステップで距離を取った。
痛みから解放された僕はラシードの横に並び、剣を構える。
「奴の『言葉』は誰か一人に来るみたいだ! 互いに援護しながら倒そう!」
「あいつの『言葉』、たぶん弱体魔術。頭を魔力で守ってれば少しマシかも……」
「ナイスだウィニ猫! 皆、イメージしろよ!」
魔力が頭を包むようなイメージで魔力を練る……。
なんとか出来たが、どこまで防げるのかは分からない。一気に片を付けたいところだ……!
「――『でもボクほんとはね、キミともっとお喋りしたいんだァ』――」
魔族の目が向いて『言葉』が僕の脳に雪崩込む。
「――くッ……!」
魔力でガードしたお陰か、不快感と痛みはかなり緩和されたのを実感する。だが長く受け続ければこの防御も突破されてしまいそうだった。
……それにしてもやたらにお喋りな魔族だ!
「――『魔王様がね、オマエは目を合わせて話せるのエライねって褒めてくれたんだァ! ネェ、ボクエライでしょ? ……おっと!』」
魔族は無邪気に話しながら、無垢な殺気を撒き散らして槍を突き出してくる。
それを横からサヤやラシードが斬り付けるが、悉く躱されてしまう。
「……ししょぉ直伝の、ショックストリームっ!」
ウィニが風魔術を駆使して宙を舞い、魔族の直上で杖を魔族に突き出し、一本の稲妻を放った!
瞬時に放出された稲妻には対応し切れなかった魔族は右腕で直撃を防ぐ。その際右腕のいくつかの目が出血して破裂した。
その直後ウィニを一斉に見つめる魔族の無数の目。
きっと何か『言葉』を掛けられているであろうウィニが苦悶の表情でバランスを崩して空中から落下してしまった。
「あう……っ!」
打ち所が悪くなければいいが……。
そう案じながら僕はウィニに視線を向けて追撃せんとする魔族に、強化魔術を解放して急接近した!