目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Ep.176 Side.C 最初の火種

 難攻不落の城塞都市シュタイアの中層に旅人向けの施設が点在する。

 なくてはならない宿泊施設はもちろんのこと、鍛冶、武器と防具、道具屋と必要な施設は一通り揃っていた。


 そこは流石の首都だからな。次の目的地に向けて抜かりのない支度ができるだろう。



 ここ数日、我らはシュタイアに留まり情報収集に勤しんでいた。

 ファーザニアの戦況、リムデルタ帝国の国境状況など、魔族が徐々に領土を広げてきているようだ。悠長にしていられる状態とは言い難い。


 強力関係を結んだことでアスカら三族長の合意もあり、東方部族連合からファーザニアに物資の供与を行う旨を、再度ウィンセス大統領と会合し協議した。


 帝国へも何かしらの支援が出来れば良いのだが、ファーザニアからリムデルタへの海路が魔族によって寸断されており、その海路の安全確保もまた急務となるだろう。


 我らの次の行動は、サレナグランツ港へと戻り、さらに海を渡って東方部族連合領ラダラットまで戻る。

 そのあとは大陸を海沿いに南下した先にある港街から船に乗り、サリア神聖王国を目指す算段だ。

 無駄な戦闘を避けて進むには、魔族による海域支配が進む前にサリア神聖王国側の大陸へ辿り着いておかなければならない。


 ここでやれることはもはや殆どない。我らは明朝発つことになるだろう。

 次はサリア神聖王国の国王と会わねばならない。


 奇しくも行先はクサビ達弟子が目指している聖都マリスハイムだ。

 もしかしたら聖都で愛弟子の顔を見られるかもしれんな。


 ふふ。まさか我にもこのような感情が芽生えるとはね。長命といえども新発見はあるものだな。



 旅立ちの前日の夜、我らは酒場で英気を養っていた。

 酒場は仕事を終えた兵や冒険者達で賑わっており、酒が入るせいもあり笑い声の他に喧噪交じりの様相を呈している。

 いつも通りの営みだ。別段気にするほどの事でもない。


「共和国でやることは終わったンだよなァ? 魔族とバチバチにやり合うと思ってたンだがなァ!」


 大振りの肉を喰らいながら豪快に酒を口に流し込むラムザッドが血の気の多い事を宣うと、上品な仕草で料理を食しているアスカが怪訝な表情を浮かべた。


「そんな修羅場はない方がいいに決まってますわ! ほんとラムザッドったら落ち着きのないネコチャンですわね~」

「誰がネコチャンだッ! ……って、お前そんなんで足りンのか? もっと食わねェと力つかねーぞ」


 こちらとていつも通りも痴話喧嘩が勃発しはじめ、我とナタクはそれをじっと傍観する。それもまたもう馴染み尽くした光景だ。別段気にすることでもない。



 ――――バン!

 その時、酒場の扉が勢い良く開け放たれ、客は一斉に扉を見た。


 扉を開けた人物は、桃色の髪で片目を隠し、腰に剣を帯同した華奢で少女のような体つきの女性だ。


 誰かを探しているようで、その女性の鮮やかな緑色の瞳が店内を一瞥し、その視線は我らのところで止まる。

「おい、アレ、ゼルシアラ家の……」

「お嬢様がこんな場所に来るとは……」


 周りの客が小声で囁いている中、やや細い目を見開かせて、つかつかとこちらにやってきた。


「お食事中のところ失礼致します。あなた方が精霊フェンリルの暴走を鎮めたという旅の方々ですか?」

「……如何にも。そなたは?」


 ナタクが短く答えると、桃色の髪の少女は『あっ』と小さく声を漏らして、居住まいを正して凛とした姿勢で畏まる。


「私から名乗るべきでした。不躾をお許しください。……私はマルシェ・ゼルシアラと申します。ここシュタイアで武芸の師範をしております」


「ゼルシアラと言えば、精霊暦の勇者と行動を共にした英雄の一人におりますわね〜」


 ふむ。語り継がれる話に寄れば、かつての勇者と共に世界を救った英雄シェーデ・ゼルシアラという女剣士が、勇者パーティ解散のあと故郷であるこの北東の大陸に戻り、現在のファーザニア共和国の原型を建国したという。


 その血統を受け継ぐ娘が我らに何の用があるのだろうか。


「さぞ御高名な冒険者とお見受けし、是非冒険のお話を聞かせて頂きたく……。その、外の冒険に憧れておりまして」


 マルシェと名乗った女性は言葉尻を濁しながら、やや伏見がちに目を逸らす。

 なるほど。外の世界に強い憧れを抱く純粋な興味のままに出向いてきたわけか。


 我はその姿に、弟子である青髪の少年の姿を脳裏に思い出した。


「まァ、俺らは一応冒険者ではあるが、高名と言う程ァねェがな! ここで冒険者として高名なのはコイツだけだぜ。……ナァ? 『奔放の魔術師』さんよォ」


 と、ラムザッドはマルシェの視線を我に促してくる。

 ……参ったな。自分の経歴は随分前のこと故、あまりひけらかしたくはないのだがな。


「――奔放の魔術師様ですかッ!?」

 マルシェが興奮したように目を輝かせ、期待の眼差しで我を見る。


「……昔の話さ。今はしがないランクA冒険者だ」

「――奔放の魔術師、チギリ・ヤブサメ様の活躍は良く存じ上げてますッ! かつてSSランク並の実力がありながら、自由を尊ぶが故に諸国の代表達を前に昇格を拒否した逸話など、何者にも縛られないその姿勢に痛く感銘を受けましたッッ!」

「お、おぉ…………」


 先程まで物静かに凛としていた様子は何処へやら、興奮しながら嬉々として詰め寄るマルシェに不覚にも圧倒された。


 それをニヤニヤと楽しそうに眺める別の意味で高名な3族長は、面白がってマルシェを我らの輪の中に迎え入れる始末だ。


 そして我の隣に座り、昔話をせがむ子供のようなマルシェにかつての冒険の話を、彼此小一時間程話してやる羽目となるのだった。




 翌日。

 サリア神聖王国に向かう為、我らはシュタイアを発つ為出入口の門へとやってきていた。


 そしてそこには、昨日絡んできた艶のある桃色の髪を風になびかせたマルシェと、その隣に控えるメイド服を来た侍女らしき女性と、執事服の初老の男性の姿が見える。


 マルシェはまるで旅に出るかのような大荷物を背負っていた。


「おはようございます、皆様」

「あら、マルシェちゃん! おはようですわ〜」


 我らに一礼するマルシェ。どうやら旅立ちの時が奇遇にも同じだったようだ。侍女と執事に見送られていた場面に丁度我らが来たのだろう。

 その表情は昨日のような満面の笑みはなく、空を駆け抜ける気高き風のように凛としていた。


「君も何処か行くのかな?」

「はい。皆様がご出立される事は聞き及んでおりました。それで、ここでお待ちしていたのです」

「……うん?」


 すると突然マルシェが我の前で、誓いを捧げる騎士のよう跪き頭を垂れる。


「どうか! 私をお連れ下さい! 皆様の元で見聞を広め、研鑽を積みたいのです! ……どうか!」


「いや、しかしだな……。我らの旅はある目的を果たすための危険かつ過酷なものだよ」

「アスカ様より委細伺っております! 私もその崇高なお考えに賛同し、この国の……いいえ! 世界の危機を救いたいのですッ」


 ……アスカめ、いつの間に。……謀ったな。

 だが、ここまで真剣に懇願するマルシェの意志を無下にするのも些か心が痛むのも事実だ。


「……師範の仕事はいいのかい?」

「はい、問題ありません!」

「生半可な覚悟では命を落とすかもしれない。本当に危険な旅になるよ。それでも?」

「覚悟の上です! どうか帯同をお許しください……っ!」


 マルシェの意志は堅いようだ。

 ならばもはや我が拒むのは無粋というものか。

 ……すでにアスカが他の二人を説き伏せているようだしな、ここまで外堀を埋められては太刀打ちできんさ。



「わかった。マルシェ、よろしく頼む」

「――っ! ありがとうございますッ!」




「お嬢様、どうかお気をつけて……っ」

「お嬢様の帰る場所は、この爺めがお守り致しますぞ」


 旅立ちの時、マルシェを慕う侍女と執事は目に涙を溜めながら見送っていた。


「マリエッタ、爺や。家や母上の事お願いね。行ってきます」


 そう言って微笑んだマルシェは、侍女の涙を拭いてそっと抱き締める。そして執事にもハグをしてしばしの別れを済ませた。


「よし、では行こうか」

「はい! ――行ってきます……っ!」



 かくして我らはシュタイアを後にする。


 マルシェという同志を得た。

 マルシェの加入は我が大願成就の末もたらされるだろう反撃の火種の先駆けだ。今後マルシェのように我らに賛同する者が増え始め、その火種はやがて狼煙を起こし、その狼煙に呼応した火種は魔族を焼き尽くす大火となる。


 我らの旅に新たな仲間を加えて、さらなる同志を募る為に進み続けるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?