野営を終えて新たな一日がやってきた。
今日も馬車を走らせて目的地へ向かう旅が始まった。
次の目的地はここから約2日の距離にあるという、ローデーンという名の宿場町だ。
今日もいつも通り気を抜かずに進むだけだ。
狭い峡谷の道を抜けた先のサリア平原から整備された街道が繋がっている。
サリア平原からは王国直轄の領地という話だったが、カラッザ平原とあまり変わり映えのない景色が広がっていた。
強いて言うなら高低差はあまりなく、比較的緩やかなことくらいだろうか。
はるか遠くを見ればちんまりと集落らしき建造物が見える。あれがローデーン宿場町かな? 小さすぎてよくわからない。
「風が心地いいわね……。ここでアサヒに乗って駆けたらきっと気持ちいいでしょうね!」
昨日からウィニがポルコさんの馬車に居座っているため、代わりに僕がサヤと一緒に、前列を行く僕達の馬車に移っていた。
天気が良いから、という理由をつけて僕は御者席に座るサヤの隣に座っていた。
「うん、きっと楽しいだろうね」
と、返事をしながらサヤがアサヒに跨って平原を駆ける姿を想像する。
満開の花のような笑顔で楽しそうに地を駆ける姿だ。
僕の想像の中のサヤはいつだって笑顔なんだ。
……たまにふくれっ面で怒った顔も浮かぶんだけどね。
想像の中のサヤの笑顔につられて僕も思わず口角が緩んだ。
「……なぁに? ニヤニヤしちゃって。いやらしいことでも考えてたの?」
サヤがジト目で僕を見る。
「ち、違うよ! ……馬に乗って楽しそうにしてるサヤを想像したら、ちょっと微笑ましくなっただけだよっ」
「なっ……!」
誤解されては適わんと本音を白状すると、サヤは顔をみるみるうちに赤くさせて目が泳ぎ出した。
「ふ、ふーん……? それなら別に? ……いいケド…………」
誤解はされずに済んだみたいだ。だがサヤの顔はまだ赤いままだった。意外と照れ屋なところがいじらしいけど、そこに触れたら怒られそうだからそっとしておこう……。
「それにしてもっ。早くローデーンに着かないかしらね。ふかふかなベッドが恋しいわ」
「あと2日は野宿だもんね。テントももっと良いのを買えば少しはマシかもだけど」
これまでの旅で野営はもう慣れたものだけど、それでも宿のベッドは恋しいものだ。いっそ馬車にベッドでも……いや、ないない。
聖都マリスハイムに着いたら、野営のための道具を新調してみるのもいいかもしれない。快適さを追求するのも旅を続けていく上で大切な要素だと思う。
「マリスハイムに辿り着けたらもっといい野営の道具があるかも。買い替えるのもありだね」
「それはいい考えだわ! この際だしいろいろと見て回りましょうね」
マリスハイムに行く楽しみが一つ増えたね。これで旅も頑張れそうだ。
その後も僕達は馬車に揺られながらサリア街道を進んだ。
サヤと他愛のない話をしていると時間が過ぎるのが早く感じる。
サヤも時折り僕を揶揄ったり、僕の話に呆れたり、でも楽しそうに笑ってくれたりと、二人で話している時は故郷で暮らしていた頃のように、不思議と自然体で居られて居心地が良かった。
……サヤも同じように感じていてくれたら良いと思う。
そして2日後の正午を少し過ぎた頃、僕達はローデーン宿場町へと辿り着いた。
宿場町と言うだけあって宿が点在しており、その中にはツヴェルク族が営む宿があって、他と比べると建物のサイズが小さくて可愛らしかった。
内装を見てもその全てが子供用のようだ。
それから他の宿にアルラウネの店員さんが居たのが驚いた。この辺りじゃアルラウネは珍しいはずで、基本的にアルラウネは花の都ボリージャ周辺に大半が暮らしている。
旅をするアルラウネも中には居るんだね。
数ある宿から一つを選ぶ。馬車を止めることができ、馬を休める事が出来る宿だ。
今日はまだまだ時間があるので、物資の補充をしたら後はそれぞれが自由に過ごすことになった。
僕は特にやることもなく暇を持て余していた。
宿でぼうっとするのも勿体ないと、とりあえず外に出てみると、裏手の方から笑い声がして、それは聞き馴染みのある声だったのでなんとなく足を向けた。
「――きゃっ! うふふ! アサヒったら冷たいでしょ〜」
「ぬわー。ちべたい」
宿の裏手には馬を留めて置ける簡易的な馬房があり、そこに預けたアサヒのところにサヤとウィニがいた。
聞こえてきた笑い声はサヤのものだった。
ウィニが水魔術でシャワーのように水を出してアサヒの体にかけて、サヤは綺麗な布でその体を拭いていた。
その時水が冷たかったのか悪戯心か、アサヒは体を震わせて水を飛び散らせてサヤとウィニを驚かせるという、なんとも微笑ましいやりとりだった。
時折り話しかけながら優しく丁寧に体を拭いてあげているサヤの表情も穏やかで、アサヒも嬉しそうだ。
そんなサヤから目が離せなくなってしまって、つい見てしまう。
「さぁや、かわいいねぇ」
「そうだねぇ……――って、うわ! いつのまに横に!?」
遠目にサヤに見惚れていた僕の隣で、僕の心を代弁するウィニがしゃがんでニヤニヤしながら僕を見ていた。
釣られて僕もしゃがむ。
「くさびん。まだしてないのか」
「……なにを?」
「さぁやに。いつになったら言う?」
「う……」
ウィニの言わんとしている事はわかっている。
『いつになったらちゃんと想いを伝えるんだ』と。
ウィニの顔がニヤニヤと、いやニヨニヨとしてそう物語っている。
「さぁやがくさびんのこと、らぶなの、くさびんは知ってる」
「……」
「くさびんもさぁやのこと、らぶなの、さぁやも気付いてる」
「……」
「……なんでくっつかない?」
いつの間にかウィニの目がいつになく真剣なものになっていた。
思えば、僕とサヤを最も近くで見てきたのはウィニだ。
普段は揶揄いながらも、僕達の事を案じてくれていたのかもしれない。
「…………わからないんだ」
「……何がわからない?」
僕は素直な思いを吐露する。
サヤが僕を好いてくれている事は、鈍い僕だってさすがにもう気付いてるよ。
そして僕の気持ちはサヤも気付いてる。
僕とサヤは互いに好き合っている。
それはわかっている。
今まではっきりと本人に想いを伝えたことは無かった。でも曖昧ながらも互いに伝わっていたから、なんとなくそのままになってしまって……。
それに僕には大事な使命がある。
その使命を果たすまでは恋愛にうつつを抜かしている余裕はないのだと、自分の気持ちを抑え込んだのだ。
まあ、自分が未熟すぎて抑えきれていないのだけれど。
と、ウィニに素直に明かした。
それを聞いたウィニは首を傾げる。
「……わからない」
「……何がわからないの?」
「……なんで使命が関係ある?」
「…………」
ウィニの純粋な疑問が僕の胸に突き刺さる。
……それは、僕のけじめのつもりだった……んだと思う。
使命を背負いながら恋愛など、僕に託してくれた父さんや母さんの想いを裏切る事になるのではないかという思いが自分の心の奥にずっと根付いていた。
サヤの事を想いながらも、それ以上は望んではならないのだと、結局はその答えに行き着いてしまうのだ。
そんな僕の話をウィニは黙って聞いていた。
懸命に理解しようと努めるも、眉間に皺を寄せて首を傾げていた。
「やっぱりわからない」
「……そっか……。難しいなあ」
「使命を呪いにしてしまってる、くさびんの気持ちがわからない」
「――――っ」
僕はまるで心臓を鷲掴みにでもされたかのような衝撃を受けた。
使命を……呪いに?
どういう意味なのだ。ウィニはどういう意図でそんな言葉を選んだのか……。
「くさびんのおとーさんとおかーさんは、使命だけをがんばりなさいって言ったの?」
「え……? ううん、そうじゃないけど……。でも――」
「なら、くさびんのやりたいことは、くさびんが決めればいい」
「…………っ!」
そうか。そういう意味か……。
使命を果たさなければならないという意思が強すぎて、僕の他にしたいことを自分自身で蔑ろにしてしまってたんだ……。
ただの思い込みだったのかもしれない。
自分で自分の心を縛る……。確かにそれはまるで呪いのようだった。
両親が遺した想いを大切にするあまりに、それ以外のことは許容しないようにとしてきたのだ。
当初は復讐心を抱いていた事もあり、旅を楽しむ心すら否定していた当時に比べれば、これでもかなり緩和した方だと思っていたのだが……。
まだ僕は僕を縛り続けていたことに気付かされた。
意外な人物の言葉によって答えに行き着き、僕は苦笑する。
「……まさかウィニから教えられるなんてね」
「ん。わたしはくさびんのおねーさんだからな」
と、ウィニはしゃがみながらドヤポーズをして勝ち誇っている。
「僕は……、もっと自由でいいんだね」
「ん! わたしを見習うといい」
……いや、ウィニは少し控えるべきかと…………。
「――で、二人ともさっきからそんなところでなにしてるの?」
すぐ近くから声がして見上げると、訝し気にサヤが腕を組んで立っていた。僕達がここにいたことは気付かれていたみたいだ。
「くさびんの、れんあいそうだん……してた」
「はぁ~?」
「いや、ちょっと意味合いが違うような……っ」
それから僕はすごい剣幕のサヤに詰め寄られ、宿の部屋で尋問を受けることになり、サヤを必死になだめる羽目になるのであった。