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Ep.173 Side.C シュタイアの会合

 北の大地に広がる寒冷地帯。


 大陸中央部に聳えるは精霊フェンリルの加護に守られたガルム山。

 その頭頂部からのみ通ることが出来る地割れの道を下へと降りていく。

 細長い一本道を下るにつれて両側には高い壁がそそり立ち、断崖絶壁の峡谷を長い一本道が続いている。

 さらに奥に進めば、底すら見通すこと能わず深淵の如き深き闇を望む奈落が広がり、そこに一本の橋が掛けられている。


 その橋を渡った先にこそ、奈落の底に囲まれた難攻不落の天然要塞であり、ファーザニア共和国の首都にして中枢の城塞都市シュタイアはある。



 我らはフェンリルとの邂逅のあと、程なくしてこの天然要塞に到着していた。


 堅牢な防壁で都市全体を覆っており、人々はその中で暮らしている。

 奈落の底に囲まれている奇異な場所に造られたこの都市では、所狭しと石造りの住居が立ち並び、新しい建物が増える度に上へ上へと積み重なる。


 街の道の殆どに傾斜があり、宿に行くにも何十段という階段を行かねばならず、慣れぬ者にとっては移動だけでも疲労困憊してしまうだろう。


 かく言う我も、すでにこの街の階段の多さに辟易している一人だ。

 まったく……何故にこのような場所に都市を築いたのやら……。危篤な御仁も居たものだよ。



 我らの来訪はフェンリルにより既に伝わっていた。


 首都に入る際、重厚な門の前に立つ門兵から警戒されるかと思っていたのだが、我らは国賓として扱われ、現在は都市最上階に聳える大統領府へと招かれたのだった。



「はァ~。まったく豪華なもンだなァ」


 国賓控室に通された我らは、ファーザニア共和国の代表であるリリィベル・ウィンセス大統領との会合の支度が整うまでの暇を持て余していた。

 煌びやかな調度品が部屋を飾り、このような場所とは無縁の我にとってはどうも居心地が悪い。


 先ほどからラムザッドもウロウロと部屋の中をうろついては『ハァ』だの『ホォ』だのと物珍しそうに見回っていた。


「ちょっとラムザッド! 3族長の一人ともあろう者がみっともないですわよ! 少しはナタクを見習いなさいな」


 と、アスカは呆れたようにラムザッドに苦言と呈し、落ち着いた様子で椅子に座って優雅にお茶と嗜んでいた。流石に外交担当というだけあって、こういう場所も慣れているのだろう。


 ナタクはその向かいの席で腕を組み、瞑目してじっと時が来るのを待っていた。


「こういう所は俺の担当じゃねェんだよ。なンか落ち着かねェ……」

 ラムザッドがそう心持ちを吐き捨てた。



 我は控室の窓から外の景色を眺めていた。

 最上階に建てられた大統領府からは都市を一望できるだけでなく、我らが歩んできた唯一の陸路の一本道までここから見ることができた。

 これならば何かが接近して来ようものならばすぐに察知されるだろう。



 ――その時は控え室のドアの向こうからノックの音がしてドアが開くと、文官らしき風貌の男が一礼して入室した。

「お待たせ致しました。大統領が特別応接室でお待ちです。こちらへどうぞ」


 いよいよ他国に意思を伝える時が来たな。

 我らは案内に従い部屋を出た。



 特別応接室という部屋に通されると、中で待っていたのは数人の護衛の兵士と、文官が二名。

 そしてファーザニア共和国大統領、リリィベル・ウィンセスがたおやかな立ち振る舞いで温和な笑みを浮かべていた。


 美しい緑色の髪を後ろで丸く纏めた初老の人間の女性だ。

 温和ながら真っすぐ見据えるその青い瞳には意思の強さが感じられ、立ち振る舞いと言葉遣いから、教養が備わっている印象を受ける。


 民衆の信頼を勝ち取っただけのことはあるのだろう。


「お久しぶりでございますわ、ウィンセス大統領。突然押しかけるような訪問になってしまった無礼をお詫び申し上げますわ」


「久方ぶりですわ、エルフィーネ様。フェンリルより来訪されること委細伺っております。隔絶の状況にあった山道と、フェンリルの正気を取り戻してくださったことは感謝の意に堪えませんわ」


 リリィベルは手本のようなお辞儀で感謝を示している。そのあと我らはそれぞれ握手を交わしながら名を名乗り、話し合いの席に着く。



「――さて、東方部族連合のお三方が揃ってこのようなところまで遠路はるばるお越し下さったのには、余程の事情を抱えておられるご様子。お話をお聞かせ願えますかしら?」


「お時間を頂き恐悦至極に存じますわ。では早速要件を、こちらのチギリからお話致しますわ」


 名前を振られると皆が我に視線を向けた。

 我を見るリリィベルの眼差しは友好的なようで、どこか我を見定めようとしているようだった。


「では僭越ながら、我が。……まず、日頃の魔族への対応に感謝の意を表したい」

「これはこれは、ご丁寧にお気遣い痛み入りますわ」


「改めて名乗るとしよう。我はチギリ・ヤブサメ。しがない冒険者だ」

「……その昔世界中に逸話を残した伝説の冒険者パーティ『不羈(ふき)たる風』の耳長人の魔術師、通称『奔放の魔術師』様でいらっしゃいましたか」


「……かつてそう呼ばれていたこともあったな」


 実に懐かしい響きだ。あの頃の出来事が脳裏を駆け巡る。

 だが今は思い出に浸る時ではないのだ。切り替えねばな。


「ウィンセス殿、魔族との戦況は一進一退だとこちらにも耳に入っている。そして徐々に押され始めている事も」

「……私としましても臍を噛む思いですわ」


 一瞬我の発言で場の空気が緊迫した様子を見せたが、リリィベルの冷静な態度を前に文官達は自制したようだ。


「だが、それは無理からぬ事でもあると理解している。兵は冒険者とは違い実践経験に乏しいのだから」

「ご指摘の通りです。共和国兵士だけでは戦線を維持できず、ギルドを通じて冒険者にも依頼をしている状況です」


 リリィベルは悔し気に目線を下げる。魔族の勢いを抑えきれない己の力不足と、民の犠牲を払ってしまっていることを悔いているようだ。


「そう。そこで我は、戦闘経験豊富な冒険者による反攻勢力を発足させようと考えた」


 我の言葉にリリィベルの目が僅かに見開いた。そして深く考え込むように再び目線が下がる。


「魔族に対抗するためだけの冒険者の存在……。それを国が雇えば強力な戦力になり得る……。そしてその勢力の発足を実現できるとしたら必要なのは、名声のある冒険者による先導。国が必要なのは、それを雇い入れる財力……」


 リリィベルがブツブツと自身の思考を口に出している。

 彼女の思考する時の癖なのか、考えている事が全部聞こえているのだが、着眼点は芯を得ていた。


 そして思考を終えたリリィベルが我を見据える。まるで天啓を得たかのような、目指す場所を見出した者の目だ。


「チギリ様、その計画……我が国にも協力させてくださいませ」

「その言葉を望んでいたよ。ありがとう」



 その後は具体的な話を詰めていった。


 簡潔に言うならば流れとしては、まず我らが各国の代表にこの計画を話し、賛同を集める。

 首尾よく国の協力が得られたら、ギルドと連携して反攻勢力発足を打診し、世界中に広めるのだ。

 そして冒険者の参加者を募り、参加した冒険者の所属を決定し管理する。これもギルドと連携して行ければ良いのだが。

 所属を決めるといえど、パーティを解散させるなどという愚行はしない。わざわざ慣れ親しんだ者との連携の力を瓦解させる必要はないからな。


 そして冒険者にとって最も重要な部分が、報酬だ。

 報酬に旨味を感じられない依頼は誰にも受けてもらえない。

 だが国が負担するとしてもどこか一国に負担が偏ってしまっては存続にも影響がでるやもしれん。

 そこで、賛同国間で冒険者への依頼用の費用を合算し共有し、そこから報酬分を差し引けば、負担が偏ることはなくなるだろう。

 渋る国もあるかもしれないが、これは世界の命運を掛けた戦だ。負ければどの道国はない。

 主にこのような内容の話で合意した。



 さらに国に依頼したいことは、我が発足を宣言する際に呼応できるよう、ファーザニアに点在する冒険者ギルドと連携を取る。

 そしてこの計画に賛同した国の代表同士で会合し、冒険者を雇い入れるための取り決めを細かく話し合ったもらう。そのあたりは我は専門外だ。知識ある者の知恵に委ねよう。我らは雇われる側なのでな。



 約3時間の話し合いの末、ひとまず話は落ち着いた。

 参加していたのは主に我とリリィベル、そしてアスカくらいだったのだが……。我らの連れの男共は戦うことしか能がないようだ。やれやれ。



「本日は有意義な時間でしたわ」

「こちらこそ、志を共に出来て感無量の思いだよ」


「ギルドへの通達はお任せください」

「よろしく頼む。我の名を存分に利用してくれ給え。色よい反応が得られるかもしれん」

「元よりそのつもりですわ。ふふふ」




 アスカが精霊具の言霊返しをリリィベルに渡し、我らは固い握手を交わして大統領府を後にした。

 今後は連携を密にして行くことになり、言霊返しで今後の連絡能力の向上の一助となるだろう。


 残るは帝国と神聖王国の代表と会わねばならない。

 だが、ファーザニアは魔族との最前線を張る国家だ。

 しばらく状況を確認する為、数日シュタイアに滞在する事で意見が一致した。



 大願成就に大きな一歩を踏み出した我は、遠い地を征く弟子達の顔を思い浮かべながら、無事を祈ったのだった。

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