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Ep.172 山麓の道を征く

 あれから僕達は、無事に試しの霊峰の麓の宿場に到達した。


 宿場と言っても、常に誰かがお店として営んでいるものではなく、必要な人が必要な時に利用できるように用意された、単純に寝泊りが出来る場所があるだけだった。


 ここはすでに広大だったカラッザ平原を抜けた先で、統治する領主も変わる。ここからはサリア領。国名を冠するこの地方は王国の直属領ということになる。

 聖都マリスハイムまでの道のりが着々と近づいていることを実感する。




 そして翌日、僕達は旅を再開した。

 試しの霊峰は険しい傾斜とほとんどが岩山で覆われており、馬車での旅は厳しい。その為麓の迂回路を進む。


 麓の道は荒涼とした大地が続く。この辺りは空気中に漂う魔力が少なく、精霊も寄り付かない場所らしい。

 そしてそういう場所は瘴気が溜まりやすく、強力な魔物が生まれる場所にもなりやすい。


 王国騎士による治安維持ももちろん行われているのだろうが、それでも商人の仕入れに護衛が必須な理由がよく分かった。


 麓の道を行く間は特に用心して進まなければならない。

 盗賊も潜んでいるかもしれないし、最近は遭遇していないが、いつまた魔王の眷属が剣を狙って襲ってくるか分からないからね。



「皆さん! ここが聖都までの道でいっちばん危ない所ですッ! 気をつけて行きましょう!!」


 ポルコさんの言葉に一同が気を引き締める。


 道行く間にすれ違う岩の影から魔物が飛び出してくるのではないか……。

 そう警戒を厳に保ちながら神経を研ぎ澄ませて進んでいった。


 慎重に迂回路を進むこと1時間ほど経過した頃だった。


「む! 前の岩の後ろに魔物いる!」


 ウィニが魔物の僅かな気配を察知したようだ。やはりこういう時の獣人族の索敵能力の高さには頼もしいものがある。


「俺が囮に前へ出るぜ。援護頼んだぞ」

「了解。気を付けてね」


 魔物が岩の影に隠れて待ち伏せていると判断した僕達は敢えて敵の誘いに乗る。居るのが分かってしまえば対処も出来るし、逆にこっちから奇襲を仕掛けることだって出来るはずだ。



 ラシードが馬車を降りて先行し、魔物の気配がする岩まで到達する。

 僕達はその様子を少し遠目から伺い、いつでも魔術を撃てるようにしていた。


 ――――ッッ!!

 それは音もなく飛び出し、ラシードに向けて鋭利な鎌を振り下ろした!


「ハッ! 出やがったな!」


 勝気に笑ったラシードは鎌をバックステップで躱しつつ、ハルバードのリーチを活かして退がりつつ斧部分を叩きつける。その攻撃は魔物の鎌に傷を残し、襲撃者は下がって距離を取る。


「ブレードマンティス! 単体だ!」


 ラシードが敵の正体を暴く。

 以前にも対峙したことがある。大型の蟷螂の魔物で、両腕には鎌のように湾曲した鋭い刃が生えた魔物だ。


 侮れない相手だが、ブレードマンティスにとって多勢に無勢。

 僕達の魔術援護とラシードのとどめの一撃により、難なく撃破する事ができた。


「今回は単体だったが、あんなのがゴロゴロ出てきたらヤバそうだな」

「そうだね、早くここを抜けてしまおう」





 それから慎重に進み続けて2日もの時が経過した。

 幸い麓の道では何度か魔物と遭遇したが囲まれることはなく、進むにつれて荒涼とした地面に徐々に草木が生え始めた。

 山麓をぐるりと回る道も終わりに差し掛かっていた。


 そしてその先には、荘厳な雰囲気を放ちながら聳え立つ高い岩崖が眼前に立ちはだかっていた。

 その威圧的とも言えるほどに高く聳える壁を目の前に、僕は思わず言葉を失ってしまった。


 さらにその崖の真ん中を、まるで何かが両断したかのように二つに割れて、岩崖に挟まれた峡谷のような道となっていた。


「うわぁ……! こんな地形が自然にできるなんて、びっくりだよ……」


 岩の壁の間を抜ける峡谷を進みながら、僕は思わず上を見上げて感嘆の息を漏らした。高い壁に遮られて空が殆ど見えない。


「ふっふっふ! クサビさん! 実はここ、サリア神聖王国でも指折りの名所なんですよ!!」

「こんなに圧倒されるような場所だものね、納得だわ……!」


「かんこーめいしょなら出店ある?」

「――こんな場所にあるかいッ」



 ポルコさんがこの場所の誕生秘話を楽しそうに話しながら馬車を、この狭まった峡谷の道を進む。

 馬車を二つ分並べてギリギリ通れるくらいの道幅しかなく、威圧的な雰囲気が漂う空間に、さらに圧迫感のような感覚を覚えてさっきから気持ちが落ち着かない。


 狭い場所だ。こんな所で魔物と遭遇したら僕の戦闘スタイルを活かしきれないからなのかもしれない。


 その間もポルコさんの名所案内は続いていた。


「――ここは大昔、まだ精霊暦だった時代に大きな戦いがあってですねぇ! その時の英雄デルグウェインが! 闇の軍勢を相手に一歩も退かずッ――」


 ポルコさんが拳を握りながら解説に熱が入る。

 どんどんテンションが高まるポルコさんが言う、この場所の伝説を要約するとこうだ。



 ――大昔の精霊暦の時代。勇者が活躍した時代よりもさらに昔の古代の出来事。

 人類と闇の軍勢の戦争が勃発していた。


 そしてこの地を闇の軍勢から解放する為、古代の英雄デルグウェインが、圧倒的数的不利の中三日三晩戦い続けたという。


 当時ここ近辺は山脈に覆われた地形だったが、地形が変貌する程の激しい戦いに山は抉れ、吹き飛んだ。

 その時戦いの末、風前の灯の英雄デルグウェインが放った最期の一撃は山々を分断するに至り、その伝説にあった山を割った一撃で出来たのがこの渓谷なのだ。


 その伝説が語り継がれて人々はこの渓谷を『デルグウェインの激昂』と呼び、サリア神聖王国有数の名所となった。


 という。


 この地形は人によって作られたのか……。とても信じられないが、古代の人はどれだけ魔力を持っていたのだろうか……。


 でも、こういう伝説を聞くとポルコさんのように僕の胸も熱くなってくる。やっぱり僕もそういう話は好きなんだなあ。


 そうこうしていると渓谷の終わりが差し掛かってきた。

 岩壁に挟まれた光景から、一気に景色が開けて、開放感を感じると同時にいつの間にか夕方になっていた事に気付いた。


「ささ、ここから先はまた平原ですよ! 今日はこの辺りで野営をして、さらに2日かけてローデーンという宿場町を目指しましょう!!」


 渓谷を抜けてサリア平原に辿り着いたが、夜の訪れが間近に迫っていたので野営の準備に取り掛かった。


 マリスハイムまでの道のりもあと半分だ。気を抜かずに進んでいこう。

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