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Ep.171 平和を夢見て

 長旅への出発となる当日。

 黎明が辺りを明るく照らし始める頃、イム村を出て北へ北へと馬車は進む。


 イム村から北へ進めば、今まで旅して来たカラッザ平原がようやく終わり、試しの霊峰に差し掛かる。

 今回はその試しの霊峰の麓の迂回路を進み山脈地帯を避けて移動する。

 迂回する理由は、試しの霊峰を突っ切る方が近道だが、傾斜のきつい山道に馬車を連れて行くのは危険だからだ。



 ひとまず最初の目的地は試しの霊峰の入口にある宿場だ。

 長い道のりになる。まずは一つ一つ確実に目指して行こう。



「――クサビ! まだ来るわよ!」

「わかってる! そっちは頼んだよ!」


 北へ向かう途中、僕達は複数の魔物に遭遇していた。


 狼に似た獣の魔物『リッパーウルフ』を駆るゴブリン種『ゴブリンライダー』のコンビだ。


 リッパーウルフの前足には鋭利な刃が生えていて、素早い動きを活かしてすれ違いざまに斬り裂こうとする戦法を取る、侮れない相手だ。

 さらにそのリッパーウルフを操るゴブリンライダーの意思が混ざると、単純に突進してくるリッパーウルフではなくなる為さらに厄介だ。


 前後から同時に襲撃してきたライダーを1対ずつ倒したが、さらに接近する気配を捉えたサヤが僕に叫んだのだ。


 接近してくるリッパーウルフに乗ったゴブリン3対による襲撃。

 前方から2対、後方から1対が迫り来る!

 僕とラシードは後列のポルコさんの馬車側に居た為、背後から接近する1対を迎撃する。



 躊躇う様子もなく一直線に馬車を狙って突進するゴブリンライダー。

 僕はその進行上に立ちはだかり迎え討つ構えを取った。


 するとゴブリンライダーは標的を僕に切り替え、錆びついた鉄製の手斧を振りかざして突っ込んでくる。

 同時に僕の右側を通過するような軌道で駆けるリッパーウルフの、前足から延びる刃ですれ違いざまに切り裂こうと迫っている!


 ゴブリンの手斧が僕の顔面を、リッパーウルフの刃が右足に同時に迫る。


 この速度で動き回られるのは厄介だ。

 先に機動力を奪わなければ!


 僕は刃が到達する前に、ゴブリンに火属性の下級魔術の『火種』と名付けた火球を撃って牽制を入れ攻撃を鈍らせ、剣の刀身を地面に垂直に下げてリッパーウルフの刃を受ける。


「はぁっ!」


 剣に受けた衝撃と金属が重なり合う音と火花が散る。僕はそれと同時に刀身の向きを傾けながら両手で振り上げリッパーウルフの足ごと掬い上げるようにひっくり返した!


 ギャン! と情けない声を上げたリッパーウルフが転倒し、その上に乗っていたゴブリンライダーが振り落とされる。


 よし、上手くいった! こうなってしまえば討伐は容易い。


 僕はまず転倒して体制を立て直す前のリッパーウルフに、素早くジャンプして頭部に剣を突き立てて倒し、地面に転がりのたうち回るゴブリンにも、剣によって安息を与えた。


 僕は剣を構えて周囲の気配を探り増援を警戒する。


「――もう気配はなさそうだ! 俺の出る幕はなかったな!」


 馬車を背に警戒する僕の後ろから、ポルコさんや馬車の護衛に専念していたラシードが戦闘終了の掛け声を上げ、僕はそこでようやく剣を鞘に納めた。


「ふぅ。終わったわね! ……皆怪我はない?」

「ん。楽勝。ぶい」

 僕達の馬車の方で迎撃していたサヤは納刀して振り返り、ウィニはドヤポーズしながらピースしている。もちろん仏頂面だ。


 どうやら二人とも怪我はしていないようだね。


「お疲れ様ですッ! いやぁ~! お見事ですーー!!」

 ポルコさんは無邪気な子供のようにピョンピョン飛び跳ねながら全身で喜びを表現している。

 うん。ポルコさんや馬の積み荷も被害なしだね。


 安全を確認した後、魔物の素材をはぎ取ってから馬車を前へと進めたのだった。



 それからの道中、時に馬車の横を歩き、時に馬車の中で揺られながら目的地に着実に近づいていく。

 このまま行けば夕方頃には試しの霊峰の入り口に備えてある宿場に辿り着くとのことだ。


 外を眺めると、行先の方角のずっと先に高々と連なる山脈が見えていた。

 その山脈の、特に標高が高い山が試しの霊峰なのだそうだ。

 今日はあの山脈の麓までが目標だ。



「よう、くさびん。……とおまけにラシード」


 馬車の中で周囲を見渡しながらラシードと談笑していると、不意に外からウィニの声がして振り向いた。

 そこにはウィニが魔術を上手く使って空をふわふわと飛びながら馬車と並走していた。


「ようウィニ猫……って俺はおまけなのかよ!」

「――あれっ? ウィニどうしたの? あっちの馬車は?」


 ふよふよとそのままポルコさんの馬車に乗り込んでくるウィニ。


「暇だから馬車の間をおさんぽしてる」

「暇って……。一応護衛中なんだけど……」


 どうやら暇を持て余して絡みに来たようだ。常に奔放なウィニにとってはよくある事だった。


「おや! ウィニさんいらっしゃいです〜! そこに干し肉ありますから食べてもいいですよ!!」

「やったー」


 御者席の方からポルコさんの声がして、ウィニは返事をする頃には既に干し肉が入っている袋に飛びついていた。


 ……もしかしてこれが目当てか。この素早さは初めてじゃないな……。


「ポルコさん、そんな無闇に餌やったら食い尽くされるぞー」

「むぐむぐ……失敬だぞラシードむぐむぐ……。ぽるんこが干し肉10切れまではいいって言ってたもん……もぐもぐ…………」

「もっと遠慮しなさい――ってぽるんこ!?」


 いつの間にポルコさんとそんなに親睦を深めていたのか謎なんだけど。でもウィニだしな…………。うん。ウィニだし。


「ん? ってことは今、前の馬車にはサヤしか居ねえじゃねえか」

「あ、そうだね」


 一応隊列を決めていたのだが、これでは後方過剰戦力でバランスが悪い。


「むぐむぐ…………。くさびん、行け」

「え、僕? まあいいけど……。ウィニ、食べ尽くしたら後でサヤに言いつけるからね!」

「だ、大丈夫……。干し肉10切れで我慢する…………」



 僕は乾いた笑いを残して馬車を出て、前の馬車に駆け寄って飛び乗った。


「わっ……なんだ、クサビかあ」

 飛び乗った拍子にトンッと着地の音が鳴り、その音に反応したサヤが振り向いて馬車の中を見ると、少しほっとした顔をした。


「ごめん、びっくりさせちゃったね。……代わろうか?」

「ありがと。でも大丈夫よ。クサビはウィニの代わりにこっちに来たの?」

「うん、まあね。……隣、いいかな?」

「あ、うん……。いいけど」


 僕は御者席に座るサヤの隣に腰掛ける。

 ここに座っていると馬のアサヒを近くに感じられて、程よく風を感じることができるうえ、馬車の車輪が回る音やアサヒの足音が心地よかった。

 流れる景色の何もかもが新鮮に映る。


「ずっと手綱を握っていて疲れてない? いつでも交代するから言ってね」

「全然平気よ! アサヒがあまり揺れないようにしてくれてるみたいなの。本当にいい子」


 サヤはアサヒに繋いだ手綱を慈しみながら、愛おしそうに手に持っていた。

 サヤはサヤなりに愛馬との時間を楽しんでいたようだ。

 僕の心配は杞憂だったようで、些か手持ち無沙汰な気分になる。


「……世界が平和になったらこうしてのんびり馬車の旅も悪くないかもね」


 穏やかな表情でサヤがぽつりと呟いた。


「そうだね……。きっと楽しい旅になるね」

「ええ。その時は私とアサヒと、クサビで一緒に旅をしたいわ。世界中のまだ見たことのないものを見て回るのよ」


「あはは。それは楽しそうだね! ……その為にも、そんな世界を取り戻さないといけないね」

「ええ。必ず皆無事に生き抜いて、平和な世界を取り戻しましょ!」


 僕達は見つめ合いながら強く頷いて、どちらともなく手を重ねる。


 未だ平和への道のりは遠く、一筋の光明すらも見失いそうになる程の小さな希望だけど、この幸福な瞬間を恒久的なものにする為にも……頑張ろう。


 僕は隣で微笑む大切な人を想いながら、そう心に強く決意するのだった。

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