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Ep.170 Side.C 白銀の忠狼フェンリル

「ナタクの野郎……滾るもン見せやがるじゃねェか……ッ!」

「某とて、御伽噺より存在する精霊に挑める機会に些か血が滾るでござる」


 二人は不敵に笑い、その瞬間その場から姿が消えた。



 ――――ドゴオオオォッッ!


 そして次の瞬間上空で激しい衝突音が我が耳を劈く。


 音の発生源を注視する。

 そこには青白い稲妻を全身に纏わせた、獰猛な眼光の黒き虎。

 雷の筋が毛並みに沿って流れていくその男の拳が、白銀の毛並みを持つ狼の腹に穿たれ、衝撃で狼の胴体が激しく反り返っている光景が広がっていた。


「――――ガッ……ッ……ハッ……!」


 体が反り返らせながら白目を向き吐血し、そのまま地面に落下すると、すぐさま起き上がり荒い呼吸を繰り返しながらこちらを睨み付けている。


 そして我らの近くにラムザッドが瞬時に戻ってきた。

 未だに体の周りに時折青い雷がバチバチと発生していた。


「チッ…… 全力注ぎ込んだが倒れねェかよ……ッ! クソッ……すまねェ……ッ」


 悔し気にそう吐き捨てたラムザッドが脱力し、膝から崩れ落ちると毛並みに発生していた雷が霧散していった。

 残りの魔力を込めて放った一撃だったのだ、当然ラムザッドに訪れる顛末は魔力枯渇である。

 意識は辛うじて保っているようだが、戦闘継続は不可能なのは明白だった。



「ガァ……ッ! ……う、汝等は脅威だ……ッ! 何としても此処で引導を渡す……!」


 だが、ラムザッドの一撃はフェンリルに確かに効いているようだ。……後は我ら三人でねじ伏せねばな。



 フェンリルから放たれる殺気が我を突き刺したと同時に、魔力の奔流を感知する。

 強力な攻撃の予兆を肌で感じ取った我らは身構えた。


 ――――オオーーーン……!


 フェンリルの遠吠えが轟くと、周囲に再び凍える程の冷気が舞い戻る。

 その冷気はさらに強みを増していき、尋常ならざる勢いで凍り尽くさんとする絶対零度の牢獄に我らを包んだ……。




 完全に氷の牢獄で外界と隔離され、体温が急激に下がる。このままこの牢獄が我らの墓標となるのは時間の問題かと思われた。


「……これは……マズイですわ……! ご丁寧に防御障壁まで覆ってますわ!」


 このまま氷漬けを待つ我らではなく、内部から破壊するべく魔術を放ったが、フェンリルの防御障壁が我らの魔術を弾き、為す術のない様子で焦燥を見せるアスカが我を見る。


 事態の打開を期待する瞳で我を見るアスカに、我は首を振ると、アスカは初めて恐れと焦りが入り交じった表情を見せた。

 我とてこのまま黙って終わるつもりは毛頭ない。が今の魔力ではこの氷の牢獄の突破は困難を極める事を自覚していた。


 打つ手のないこの状況下、打開策を思案するその思考力も、身体を蝕み続ける冷気によって鈍り始めている。

 体の感覚が鈍っていくのを感じる。このままさほど時を置かずに我らは氷像となるだろう。


 ……これはしくじったな。道半ばで魔族ではなくまさか精霊に終わらせられる事になるとは…………。

 クサビ、サヤ、ウィニエッダ……。すまない。



 死を覚悟する我を知り目に、ナタクも諦めたのか、刀を収めて地面に正座し瞑目して動かない。

 もはやこれまでと、せめて潔い死を望んでいるのだ。気高き武人の心意気というものか……。


「……もはやここまで、か」

「…………まだこれからですのよ……!」


 為す術はないのだ。もはや我らに待つのは死のみ。

 アスカは臍を噛み無念に嘆いている。


 ……万事休すか――――



「――整ったでござる」


 ナタクがスッと立ち上がり氷の牢獄に向けて刀に手を添えて居合の構えをしていた。

 ナタクは諦めた訳では無かったのだ。この死を間近にした状況下で精神統一し深く集中していたのだ。

 この状態を脱する為、ただそれだけを達する為に。


「お二方、某がこの氷壁をなんとかするでござる。……今の某に、斬れぬものはござらん」


 その背から放たれる言葉には確かな闘志が消えずにただ静かに燃え続けていた。

 そしてその闘志は我とアスカの冷え込んだ心をも溶かし、再び炎が灯るのだった。


「後は託すでござるよ――」


 居合の構えのままナタクが呟いた。

 微動だにしないナタクの背中から、魔力とは違う静かな意思のようなものが見えた。


 そして剣の道をひたむきに研鑽を重ねた者の経験と技術、加えて全ての魔力を刀に込め、水平に一閃を放った!


 その直後、氷の牢獄の壁に一直線の横線が走り、刀から放たれた衝撃波がナタクの前方の一切合切何もかもを吹き飛ばし、それはフェンリルをも飲み込んだ。

 魔術で越えられない壁を、己の経験と力で無理やり破壊してみせたのだ。なんとも剛気な御仁だ……。


 この好機を逃しはしない……!

 刀を地面に突き刺し膝を付いて項垂れるナタクに視線を移して見届けたあと、宙へ飛び出した我とアスカはフェンリルを視界に捉えた。


 ナタクの不意に放った衝撃波でダメージを負い体制を立て直しきれていないフェンリルに狙いを付け、魔獣を発動する。


「そろそろ頭を冷やしてもらうとしよう……!」

 我は立て続けに魔術を行使した。


 フェンリルの足元を氷漬けにして拘束し、さらに左右くら氷の壁を迫らせフェンリルを挟み込む。


「――ギャンッ!」

 壁の間に挟まれたフェンリルが犬のような苦痛の声を出し、脱出しようと抗っている。


 我はさらに魔力を込めて壁の圧力を高めてフェンリルを圧迫していく。目を血走らせて我を睨みながら必死に抵抗する度に魔力が削られていき、魔力枯渇による目眩が我を襲う。


 だが、ここで我は止まる訳には行かない。

 枯渇を承知でさらに魔力を送り続ける!


 「クッ……! ……さあ白銀狼の精霊よ、……ここからは我慢比べだ……っ」

「ならばわたくしの魔力を差し上げますわ……っ! フェンリル様……? 卑怯とは言われませんよう……」


「グォォォ! 汝等魔族に負けられぬッ……! 我に対して氷で挑むなど……!」


 氷壁に抗うフェンリルに杖を向けて魔術を行使する我にアスカが肩を置いて魔力を送り込んでいる。

 フェンリルが音を上げるまで、敗北を知らしめるまでこの我慢比べは終わらない。


 我もアスカも魔力切れ寸前だが、さらにフェンリルに圧力を掛けて締め上げる……!


「グ…………オオオアアア!!」


 苦痛に顔を歪ませながらも血走った目で我に睨み続けるフェンリルは、それでも戦意を保っている。

 そろそろ降参してもらいたいものだが……っ!


 その時、我の肩に添えたアスカの手から熱と共に膨大な魔力が流れ込んでくる……。


 そんな魔力が何処に残って――――


「――アスカッ! まさか寿命を――」

「ふ……ふふ……っ! ほんの数年分ですわ……! さあ、やってやりなさいな!」


 アスカが行ったのは、寿命を捧げて魔力を得る禁術だ。

 己の限界を超えて魔力を引き出す最終手段だった。


「――――クッ! 君は大馬鹿者だッ」


 我は供給された魔力もろとも全力を込めて氷壁の圧力を強めた……!


「――――――ガ…………ッ!」


 全力を込め圧殺するつもりで魔力を込めると、小さな嗚咽の一吠えの後、フェンリルがぐったりと脱力する。


 それを確認した我は即座に魔術を解除し、フェンリルを解放すると、満身創痍で恨めしい眼差しで睨み付けてくる。


「……我が魔族に遅れを取るとはな……。さっさとトドメを刺せ」


「……その必要はない。我らは……、魔族などではないでな…………」


 互いに力を使い果たし、もはや戦闘を継続する余力は皆無であった。

 寿命を削り魔力を捻出したアスカは地面にへたりこんで気を失い、我は立っているのがやっとだった。


「なんだと……! …………元より戦う必要は無かったというのか……?」

「その通りだ、フェンリル……」


 その言葉にフェンリルの眼差しから敵意が霧散していくのが分かった。ようやく話が出来る……。




 我はフェンリルに我らの目的と事の詳細を語った。


 シュタイアへ向かう為訪れてみれば首都へと続く山道の環境が変貌し、首都への道が完全に閉ざされ、首都隔絶の事態が発生していた事。

 ……ああ、ここら一帯を吹っ飛ばしたことは謝罪した。


「……そうか。魔族との戦闘の折り、瘴気の影響を受けた我は感情の制御も儘ならず、狂気に苛まれていた間にそのような事になっていたのか」


 フェンリルは、最前線で魔族を食い止めていたところに魔族の幹部クラスの敵に不覚を取り、そこからの記憶が曖昧だったと告げる。


 此度の事の発端の元凶は、上位の精霊の精神を錯乱させる程の瘴気を浴びせる事の出来る魔族によるものだったのだ。


「醜態を晒した。……謝罪する」

「こちらこそ、止むを得ずとはいえ君に危害を加えてしまったのだ。互いに水に流すとしよう」


「フッ……。ああ、そうしよう」

 フェンリルは穏やかな眼差しで同意する。

 護りし者としてのフェンリル本来の姿を取り戻したようだ。



 無事に和解が成り、力尽きた我らはしばらく休息を取り、ようやく全員が動ける程度に回復することが出来た。


 憂いが晴れたのならばここにこれ以上長居は出来ない。我らは先を急がねば。


 ここから先は山頂に裂かれた地割れの細道を下り、両側に狭く聳える岩の渓谷を抜け、底の見えない深淵に覆われた地に佇む、天然要塞シュタイアを目指す。


「……征くのか。我からも汝等の来訪はリリィに伝えておくとしよう。道中気を付けて行け」

「助かるよ。ではな白銀の忠狼フェンリルよ。また会おう」


 我らは各々忠狼への挨拶を済ませ、下へと続く地割れの細道に入っていく。


 その時、我らの背後からまるで我らの旅を祝福するかのような勇ましくも懇篤の念が籠る遠吠えが我らの行先を突き抜けて行くのだった。

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