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Ep.169 Side.C 護りし者

「……すこぉ~し、やりすぎてしまいましたわね……?」


 見晴らしの良い景観を一望できる山頂は、神級魔術に相当する威力を誇る合体魔術、日輪招来によって本来の美しかった雪景色を見る影なく溶かし、その一部に焦土が剥き出しとなった痛々しい光景となっていた。


 日輪の熱波動を辛うじて耐え抜き、疲労を隠せないほど消耗したアスカが苦笑した。


「くっ……。……確かにこれは環境崩壊ものかもな……。皆、無事か?」


「生きてンぞ…………。クソッ、毛先がチリチリして焦げ臭ェ……」

「某も満身創痍ながら、無事でござるよ……」


 仲間は全員無事のようだが、我を含め全員がかなりの魔力を存命にために消費し、満身創痍の状態だった。

 合体魔術の発動者である我とアスカに至っては魔力枯渇寸前であり、視界は霞み倦怠感が酷く体に重くのしかかる。



 ……だがその代償を払って得た成果はあったようだ。


 大雪で完全に埋もれていた首都へと続く唯一の道が姿を現したのだ。

 山頂に出来た地割れが細道となり、それは下り坂で先へと続いており、その道を最下まで進んだならば、おそらく細道の両側は大地の壁がそそり立っている事だろう。



 道があるならば先を急ぐべきだが、流石の消耗に我の身体は休息を欲していた。

 他の仲間達の表情もまたその意思を物語っている。


 猛吹雪により極寒と化したこの山頂も、日輪の影響でやや肌寒く感じる程度の環境へと様変わりしている。

 今のうちに身体を休めてから先を急ぐ方がいいだろう。


 なに、程なく時が経過すればここの環境も本来の様相を取り戻すだろうさ。



 ――しかし、ここで少しの休息をそれぞれが取ろうとした時、我は上空に気配を感知した。


「――ッ!」


 我は反射的に回避行動を取りその場を飛び退いた。

 その直後そこに氷柱が空から飛翔し地面に激突して砕ける。

 我らは殺気を感じ、上空のその存在に視線を移した。



「――汝等か! 我の庇護下にある地を破壊するのは!」



 ……精霊か。

 姿が鮮明に認識できる。即ちかなり力を有した精霊という事だ。中位……いや、上位精霊か!

 水属性から派生した氷の精霊か。


 白銀の体毛が逆立ち、獰猛な眼光で我らを敵と見なして宙から見下ろすその獣は、体長2メートルの白銀の狼のような精霊だった。


「もしや、……フェンリル様でございますの?」

「……ファーザニア共和国の守護精霊と謳われる、あのフェンリル殿でござるか!」


「いかにも友より授かりし我が名はフェンリル! この地を脅かす者共を滅する者也!」


「待たれよ。我らは――」

「――問答無用ぞ! ……オオーーーン!」


 フェンリルの一吠えが木霊すると、宙に浮遊するフェンリルの周りから氷の杭が次々と浮かび上がり我らに狙いを定めた。

 そしてそれらは同時に我らに襲いかかった!


 怒りでこちらの話に聞く耳持たぬ状態だ。


 フェンリルと言えば、ファーザニア共和国の国旗にも描かれている狼の姿を象った精霊である。

 その昔共和国建国を成した人物と契約した際に名を授かり、盟約に従い、主が死してなお代々国の代表を支え、守り続けてきた忠狼フェンリルだ。


 ……そうか。シュタイアへ至る山道の異常気象。

 精霊によるものと踏んではいたが、それがフェンリルもものとはな……。だがそれなら全てが腑に落ちる。


 怒りに我を忘れたか……。目を覚まさせてやらねば、守るべき共和国民が死ぬことに繋がるだろう。


 こんな有様での戦闘は堪えるものだが致し方ない。

 だがこのような機会もそうそう訪れるものではないのも事実だ。ふふ。興が乗ってきたな……!


 我は襲い来る氷の杭を回避しつつフェンリルに叫ぶ。

「音にも聞いた忠狼フェンリルよ! 聞く耳持たぬと言うのなら、大人しくなってもらおう!」


「オイオイやる気かよォ! こっちは疲労困憊だってンだよッ! クソッ!」


 悪態を付きながら疲労の体に鞭打ったラムザッドが拳を構え、戦闘の意思を見せた。


「相手にとって不足なし! いざ参るッ!」


 ナタクは抜刀しながら駆け抜け、飛来する氷の杭の悉くを剣閃の如き太刀筋で迎撃した。腕を振るう速度が尋常ではなく、我の目にも捉えられぬ程だった。



「おのれ魔族の尖兵め! 度重なる狼藉に加えこの様な地にまで脅かすなど……ッ! 許すまじ!」

「ご、誤解ですわフェンリル様〜! わたくし達は――」

「怒りに我忘れてやがンだよッ アスカは下がってろッ!」


 吠えるフェンリルに応えるように次々と氷の杭が断続的に我ら全員に襲い掛かる。


 なんとか会話を試みようとするアスカをラムザッドが前に躍り出て庇っているところに我も近づき、連携して互いを守り合った。

 そこにナタクが前列に着き、構えも無しに瞬速の連続剣を放ち、飛来する氷の杭を全て斬り伏せて見せた。


 先程合体魔術を行使した我とアスカより、ラムザッドとナタクの方が魔力を温存出来ている。攻めの主軸は二人に任せ、我ら魔術師は援護に徹すればフェンリルを抑える事が叶うかもしれん。


 我は相手を見据えながら、自身の残り少ない魔力でこの難敵を制する手段をひたすらに思案を巡らせた。


 狙うは短期決戦のみ。それ以外に勝機はない。

 それは白銀の狼に対峙する他の仲間もまた同じ認識であった。


 満身創痍の我らの、白銀の忠狼フェンリルへの説得戦が始まる。

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