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Ep.168 Side.C 天然要塞シュタイアへ

 周囲の視界を雪によって遮られながらの山道を登る。

 この厳しくも険しい自然が我らの行く手を阻み、雪に慣れぬ我らの足取りは重く、首都への旅路は激しく難航していた。


「あぁ〜ん! この道ときたら歩きにくい事この上ありませんわっ!」


 吹雪の音が取り巻く中、アスカの癇癪が風の音に混じる。


「お前はまだ良ィだろうがよッ! 俺の後ろに着きやがって……! 風受けてる分俺の方がキチィんだぞ!」

「ラムザッド! もっと雪を踏み締めて道を作りなさいなっ! 歩きにくいですわ!」

「オイ傲慢女ッ!! お前はもっと俺に感謝しろッ!」


 ラムザッドとアスカの痴話喧嘩のお陰で逸れる心配がないのは良いが、この吹雪は異常だ。


 なにせ、首都への道で差し掛かる山道だ。傾斜のある山とは言えど人による往来は多かったはずなのだ。

 それが今や道らしき所には吹雪続ける雪が道を埋めている有様だ。


 考えられる原因が一つ思い当たる。


 ――精霊だ。

 力のある精霊が魔族に居場所を追いやられ、今のアスカの如く癇癪を起こしているのだ。


 魔族侵攻の影響は、もはや至る所で起こり始めているという事か。対話が可能な精霊であれば改善が僅かではあるが期待できるのだがな。



 雪を掻き分け慎重に一歩を踏み出す。

 思いの外進みが悪く、日が沈む前にこの山を攻略しなければ命に関わる危険性が過ぎっていた。

 このような場所で野営は容易ではなく、夜ともなればこの吹雪に我らは魂すらも氷漬けにされかねない。


「……ナァ! チギリ! お前ら魔術師だろォ!? こう……ビューンと飛んでいけねえか?!」

 雪に辟易といった様子のラムザッドが我に一抹の期待の眼差しで見て喚いている。


「無論我は飛翔を会得せし魔術師だが、この吹雪だ。上空はさらに暴風だろうよ。ビューンと彼方に飛ばされそのままあの世行きが関の山さ」

「うむ。絶望的でござるな」


「クソッ! 無策で急ぐしかねェって事かよッ」



 それから我らは猛吹雪の中を一列になって登りの傾斜を進み続けた。

 標高が高くなるにつれ、より厳しい環境下に曝されていた。

 それは魔力を身体全体に纏いながらでなければ立ちどころに低体温に陥り漏れなく死者の仲間入りとなる程に、首都へと続く山道は極寒の地と化していた。


 よもやこのような有様では、この山を境に首都側と、我らが来た港側は往来を拒絶する、この凍えた山道によって分断されているのではないだろうか。

 そのような懸念が我の脳裏を冷ややかに過ぎった。



 そして登頂地点へと到達した頃には相当の時間が経過していた。


 本来であれば登頂地点で休憩程度ならばする事ができる施設があるのだが、この怒れる猛吹雪の被害は標高の高いこの地では最も凄まじく、施設は見る影もなく雪の山となって倒壊していた。

 積もり積もった雪が施設の耐久の許容を超えて押し潰したのだ。


 そしてさらに、ここからの行先である道筋が完全に雪の下となり、我らは完全に道標が絶たれる状況にあった。


 首都シュタイアへ至る唯一の道は、この登頂からでしか進入する事能わず、大地が裂かれたかの如く割れたその自然の奇跡とも言える入口を征く。

 そして進んだ道は、峡谷であった周囲が拓けていく空間の中を唯ひたすらに突っ切る橋と代わる。


 その断崖を駆け抜けるような一本道の先に聳え立つ都市。それこそが我らが目指す地、天然要塞シュタイアである。



 その首都に至る為の道が雪に埋もれてしまっているのが目下早急に解決しなければならない問題だ。


「お……オイオイ……。どぉすンだよッ!! このクソ寒ィ中立ち往生か!? これじゃ俺らが往生しちまうぞッッ」

「往生なだけに……ぷぷぷ……っ お上手ですわね」

「やかましいッ!!」


「確かに一層寒くなったでござるな。……しかし、よもやこのような事態になっているとは……。これでは首都へ抜ける事も、こちらへ参る事も適わぬでござる」

「…………」


 気が動転したのか血迷ったラムザッドと苦悶の表情のナタクが途方に暮れている。

 ……こうなれば、実力行使で乗り切るしかあるまい。


「アスカ。我に一つ考えがある」

「あら、奇遇ですわね。わたくしも思いついたことがありますの」


 我とアスカが不敵な笑みを交わし合う。どうやろアスカの魂胆も我と同様のようだな。


「……ヤベェ顔で笑ってやがる……ッ! アイツらなんかやる気だぞッ」

「これは僥倖でござるな! 某はお二方に託すでござるよ」

「……ナタクまでアイツらに感化されて来ちまってねェか……?」


 何故か頭を抱えているラムザッド。

 まったく人をなんだと思っているのだ? 失敬な。


「……で、一体何を思いついたンだよ」


 諦めたように溜息一つで向き合ったラムザッドが問う。

 我とアスカはほぼ同時に口を開いた。


「「吹っ飛ばす(しますの!)」」


「……あァ、だよな……そうだと思ったわ。もう好きにしてくれや」



 ラムザッドの許可も下りたところで、我とアスカは並列し、入口の位置に当たりをつける。


「いいかい、アスカ。守りの分の魔力は残しておくんだぞ」

「もちろんですわ! ふふっ! 久々のチギリとの合体魔術、滾りますわ〜!」


 我とアスカは杖を天に掲げ、杖と杖を付き合わせて魔力を練り、魔術のイメージを開始する……。


「……我、比肩せし者との契りを成す」

「……傍近なる友との力を結びしは、わたくし」


 我とアスカの杖の先が輝きを放ち、それは杖を伝って我とアスカを包み込んだ。

 魔力の共有化の成功である。互いの魔力を合算し共有することで互いがその魔力を使用できるという、その昔我とアスカが編み出した、世に知られていない魔術体系だ。


「天上より輝き、命育みし光よ来たりませ……」

「破壊と創造の化身よ、その力の一端、今此処に顕現せよ……!」


 急激に魔力が吸い出されていくのを軽度の目眩で自覚する。魔力を共有しているアスカも同様だ。

 捧げられた魔力の量に伴い魔術の構築は進行し、それは我らの大半の魔力を喰らい完成する。

 時は来たれりと双方の杖が眩しく燦燦と輝いた。



「――あっ! ナタク! ラムザッド~? お二人とも全力で身をお守りになってね~っ!」

「ンだとぅ!?」

「――――ッッ!」


 黒虎と剣豪は同時に防御の姿勢を取り、全力で魔力を厚く体に纏わせた。

 それと同時に合体魔術が発動する――


「「――――日輪招来!」」


 我らは息を合わせ互いに杖を一ヶ所に狙いを付け、その場を指すように振り下ろした。


 その直後狙った地点が大爆発を起こし、その爆発の光が激しい熱を伴い球体と化して残った。

 その太陽の一部のような球体は凄まじい光とを発生し続け我らを巻き込み周囲を熱す。


「――グゥゥゥオォォォ…………ッ!」

「――なんの……っ! これしき…………!!」


「――くっ……ぅう……っ! ……まだまだ改良の……余地ありですわね……!」

「――グッ……! これを何度も試すなど……御免被る……ぞ!」


 激しい熱の波動が一定間隔で日輪から放たれ、それを浴びる度衝撃と熱が体を襲う。全力で魔力を防御に回していても尚、一定間隔毎に襲い掛かる痛みは避けられない。

 この状態を日輪の効果が切れて消滅するまで耐え抜かねばならないのだ。

 無論、魔力の防御なしにこの波動を浴びようものならば、いかに術者といえども現世に存在すら許されないだろう。




 ……そして訪れる暴威に歯を食いしばり耐えていた我は、いつしか衝撃と痛みの襲来が収まっていることに気付く。


 どうやら日輪の力が尽きて消滅したようだ。


 顔を上げると、目の前に広がる光景は先ほどの雪に覆われた山頂の風景とは似ても似つかず、土色の大地に所々焦げ跡を残し、倒壊したはずの休憩施設の跡には何一つ残されてはいない。


 ……我らが放った合体魔術によって、極寒も雪や瓦礫の一切合切、環境すらも変え、あらゆるものを消滅させていた。

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