野営のテントで一夜を過ごし、そして新しい一日がやってきた。
昨日の悪天候の気配は過ぎ去り、太陽の光が平原を照らす中、僕達は悠々と馬車を進めた。
もともとイム村まで目前というところで日が暮れて、安全の為に野営となったため、今日は順調に行けば数時間後にはイム村に到着できる。
集落の周辺は比較的治安が維持されているらしく、先程その巡回に出ている王国騎士の人達と街道ですれ違った。
彼らも人々の安全の為に大事な任務をこなしているのだろう。
僕は畏敬の念を込めて騎士達に会釈をして、イム村へと目を向けるのだった。
そして数時間の後、何事もなくイム村に辿り着いた。
イム村はどこにでもありそうな長閑な農村といった印象を受ける。
村の人達の居住区は密集していて、その奥には一面の小麦畑が広がっていて、黄金色に輝くその様に思わず心が動かされた。
人がいっぱい行き交う都会も驚きの連続だけど、やっぱり僕はこういうのんびりした所が好きだな。
命が芽吹くこの光景に、まるで僕の心が洗われるようだった。
時間はお昼前という事で、僕達はこの村にただ一つの宿を訪ねて、馬車と馬を宿の横に旅人が利用できる馬房があったのでこちらも借り受けた。
そして宿で一泊分部屋を借り、荷物を置いて皆とロビーで落ち合うのだ。
――ぐぎゅるるるるる〜〜
「おなか……すいた…………」
そろそろ来ると思っていたウィニのお昼ぴったりを伝える腹時計がロビーに盛大に響き渡り、猫耳をぺたんと下げたウィニがお腹を抑えてしょんぽりしている。
これも僕達にとってはいつもの光景だ。
「おおっとー! これはいけませんね!! すぐに食事といたしましょうか!!」
傍から見たら不憫な少女のように見えるウィニの様子に驚くポルコさんが、体いっぱいに動かして主張した。
「お客さん、飯屋なら宿を出て右を見るとすぐにあるよ。この村では飯屋はそこだけだからすぐに分かるさ!」
と、ウィニの腹の虫が聞こえたのであろう気さくな宿の店主さんが横から教えてくれた。
「ありがとうございます! 行ってみますね」
僕は店主さんにお礼をして皆と宿を出た。
宿の店主さんの言う通り、大衆食堂は宿を出てすぐ右手に居を構えていた。ここがイム村で唯一食事を提供している場所か。
と店の外観を見ていたら、いつの間にか店の中に入っていくウィニを追いかけた。
店内は至って普通の大衆食堂だ。
だが、この普通が安心できる。
僕達はそれぞれ注文した食事を談笑しながら楽しんだ。
ここまで来ると依頼主のポルコさんとも打ち解け、彼のハイテンションさにも馴染んできた。
ウィニは満足そうにふやけたようにだらしない顔で食後の余韻を楽しんでいる。こっちも腹の虫もどうやら納得したようでなによりだ。
そんなのんびりしたお昼を過ごした僕達は宿に戻って借りた一室に集まった。
ここからの行先の確認の為の希望の黎明パーティ会議だ。今回はゲストにポルコさんが同席する。
「それではっ! 僭越ながら僕ポルコ・オッティが進行を務めさせて頂きますーッ!」
「わー」
部屋に添え付けられたテーブルに地図を広げ、木箱の台に上がって元気よく挨拶するポルコさん。
ウィニがいつも通り感情乏しくぱちぱちと拍手してノリに合わせている。一応楽しいみたい。
「ポルコさん、イム村からはどう進むの?」
「はいっ! お答えいたしましょう!! まずこの街道を――――」
ポルコさんが身振り手振りを一生懸命に、そして楽しそうに道を説明してくれた。
イム村からはさらに北を目指す。
北に暫く進むとこのカラッザ平原を抜けて、新米王国騎士達の試練の場として使われる『試しの霊峰』と呼ばれる険しい山が聳え立っているとか。
そして試しの霊峰の前に小さな名も無き宿場があり、そこで一泊して先へ進む事となった。
試しの霊峰を突っ切ればマリスハイムまでの近道になるのだが、そこの山道は険しく馬車では通ることが出来ない為、そこから山の麓に沿ってぐるっと迂回路を進むことになる。
迂回路に沿ってしばらく進むと、サリア神聖王国でも指折りの名所が姿を現すという。
さらにその名所を抜けるとようやく大きな街である、サリア領の『ダールバーグ』に着くのだ。
ここまででおよそ一週間ほど掛かる。
今回は中継点までは長い道のりになる。準備はしっかりして道中は物資の節約をしていかないとね。
出発は明日にして、今日はできるだけ準備をして、後はゆっくり休んで英気を養おうという方針で落ち着いた。
聖都マリスハイムへは着実に近づいている。
そこに辿り着ければやっと、そう、やっと使命についての進展が得られるはずだ!
知られざる勇者の伝承と、解放の神剣の力の覚醒を果たす為に。
僕は自身の胸に宿る熱に浮かされて、思わず握り拳に力が入り、まだ見ぬ聖なる水の都へと思いを馳せるのだった。