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Ep.166 命に向き合うこと

 激しく降り続いた雨もやがて過ぎ去り、僕達は馬車を進ませ先に向かった。


 盗賊の襲撃による被害はなく、馬も馬車も傷を負うこと無く撃退できたのは、魔力切れで召喚から帰還するまで守りに徹してくれたシズクのおかげの部分が大きく、僕達は討伐に専念する事が出来たのだと思う。


 僕は目の前の事で精一杯になっていて周りがまったく見えていなかったが、サヤもウィニ、ラシードはそれぞれ盗賊に対処していたようだ。


 今思えば僕だけでなく、サヤも人の命を終わらせたのは初めてだったはずだ。なのに落ち着いていて、その凛とする姿を見るといかに自分の覚悟が定まっていなかったのかと痛感する。


 ウィニやラシードは何を思ったのかはわからない。

 それをわざわざ聞くのはあまりにも無神経だと思った。


 皆もそうだったのか、イム村を目指す間、盗賊の襲撃の時の話を進んで振り返ろうとはしなかった。



 大雨で足止めをくらった影響もあって、イム村への到着は予定通りには行かず、今夜も野営することになった。


 相変わらず明るいポルコさんの料理を皆で火を囲んで食べる。談笑したりしていつも通りの時間を過ごした。



 やがて夜も更けていき、それぞれ就寝に自分のテントや馬車に入って行く。

 僕は見張りを買って出て、やがて皆が寝静まって静かになった。


 僕は焚き火を絶やさないように火を見ながら、何度目かの物思いに耽る。

 振り返る事はもちろん、先程の事だ。


 …………人の命を奪った事だ。

 今でも人を斬った嫌な感覚が左手に残っている。


 思えば、魔物を初めて斬った時もそうだったかもしれない。嫌な感触がずっと手に残って気持ち悪かった。


 それも戦いを経て、いつしか斬る感覚にも慣れていた。


 ……これからも悪意ある人間と対峙する事があるのだろう。旅を続けるうちに人を斬る感覚にも慣れていってしまうのだろうか……。


 それではまるで……悪鬼の類と相違ないのではないだろうか……。



 パチパチと火の音だけが響く中、僕の自問自答は続く。

 こうして一人で自分を見つめ直す時間が僕には必要だったのだ。

 自分と会話し、理由を見出すための。

 そして自分を保ち続ける為の機会なのだ。



 ――僕はあの時、自分の身を守る為、降りかかる火の粉を払う為に人を斬った。そうしなければ僕は死んでいたのだから。


 それは正当防衛だと言えばそうなんだろう。

 襲ってきた奴が悪いと言えばそうなんだろう。


 だが頭目の男は言った。斬ったやつにも家族が居るのだと。

 それは嘘だったのかもしれないし、あるいは本当の事だったのかもしれない。今となっては知る由もない。


 魔物と違って、人を斬ればその人との繋がりのある人を不幸にさせる、という事実があるというところに気付かされ、僕はあの時激しく狼狽したんだ。


 僕が目の前の罪人を手に掛ける事で、罪のない人にまで不幸をもたらすという事実が、この心を罪悪感で満たすには充分だった。


 盗賊が報いを受けるのはそれ相応の事をしたのだからと納得はできる。だからそんな彼らを斬る事にはもう迷わない。

 僕にも守るべきものの為に心を鬼にして向き合わなければならない時がある。頭目を一刀のもと斬り伏せたサヤの背中が教えてくれた。


 だが、そんな悪人にも残される人達がいて、僕はそんな人に対してどう向き合えばいいのか……。それをちゃんと持ってないといけないんだと思う。


 それは命を奪う者の責任だと思うから。



 きっと残された人達に対して僕は直接どうこうは出来ない。盗賊に訪れた末路は、罪を犯した者に訪れる応報に過ぎないと言えばそれまでだと思う人もいるだろう。

 それも間違ってはいないのだ。


 だから僕は……。僕の出来ることは……。

 困ってる人に手を差し伸べること。多くの人を救うこと。

 それが僕の向き合い方なのかもしれない。


 それは他人からすれば綺麗事かもしれない。

 それは同情的な偽善に見えるかもしれない。


 でも僕はひたむきにその道に進むんだ。


 未だ力不足で烏滸がましい考えだけど、僕にできる事なんて対して多くない。だからできる事を精一杯続けようと思う。




 その考えに行き着いた僕の心にすとんと何かが腑に落ちた感覚がした。



 気持ちが軽くなった気がする。

 明日からもまた旅を続けていけるだろう。


 助けを求める人の力に、希望になる。……なりたい。

 まだまだ甘っちょろい考えが抜けない僕の、自分に課した目標だ。




 考えがまとまって何処か憑き物が落ちたように火を見ていると、ごそごそとテントの方から物音がして、そのテントからサヤが出てきてこっちに歩いてきた。


「クサビ、見張りお疲れさま。交代しましょ」

「おはよう、サヤ。ありがとう」


 僕はサヤに微笑み掛ける。するとサヤは、ふっと笑みが零れて隣に座った。


「何かいい事でもあったの?」

「えっ? ううん、特にないけど、なんで?」

「なんとなく、ね。そう思っただけ」


 そう言ってサヤは焚き火に牧をくべて、木の枝で火をいじり始めた。


「サヤ、助けてくれてありがとうね。そしてごめん」

「……ん?」


「ほら……盗賊と戦った時だよ……。不甲斐ない僕の代わりに……」


 ……僕の代わりに人を殺させてしまった。と伝えられず口篭り、自分の至らなさに俯いてしまった。




 ――――パチンッ

「――あ痛っ」


 そんな僕の額に軽い痛みが走って、手で抑えながらサヤを見た。

 サヤはムッとした表情をしながら僕の額あたりにデコピンの手を掲げていた。そして口元が緩み、その茶色の瞳は優しくすべてを許してくれていた。


「今ので許してあげるわ。……それに、クサビは思い悩むだろうって思ってた。貴方はそれでいいのよ」


 サヤのその言葉に僕の胸が高鳴り、僕は僕を見ていてくれる人が身近に居ることを改めて認識し、その存在を心強いと思った。

 そしてサヤのその表情がとても綺麗だった。


「……ありがとう。もう大丈夫だよ。また明日からも頑張って使命を果たす旅を続けられるよ」

「そう、よかった……。私達の道のりはまだまだ長いんだから、こんなところで立ち止まってられないわね!」


 僕はサヤと見つめ合いながら力強く頷き笑い合う。

 そして目を合わせたまま掛ける言葉が見つからず、急に照れくさくなって、どちらともなく目線を外した。


「ほ、ほら! 交代よ交代っ! ゆっくり休まないと承知しないわよ!」


 サヤがそっぽを向いて手で追い払うように振っている。

 ここは大人しく休もう。


「わ、わかったよっ じゃ、お休み、サヤ」

「うん。……おやすみなさい、クサビ」


 そうして僕は自分のテントに入り、横に寝そべって瞳を閉じる。

 自分の在り方に決着を着けた今ならよく眠れそうな気がした。また明日も頑張ろう…………。


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