盗賊に囲まれた僕達は、ポルコさんや積荷、そして馬達を守る為応戦する!
「各個撃破だ! 油断するなよ!」
ラシードの戦意溢れた号令に僕達は武器を構えて応える。
奇声を上げて襲い来る盗賊の数は全部で8人。
近付いてくるのが4人で、それぞれが別方向から迫る。
そして残りの4人は魔術や弓などの飛び道具で狙ってきている!
目の前に迫る相手に気を取られすぎていると撃ち抜かれるということか。これが奴らのやり方か!
「死ねやァァ!」
「くっ!」
二本の短剣を持った盗賊の一人が僕に刃を振り下ろしてきた!
それを剣で受け止めて弾くと、間髪入れずに土魔術の土針が僕の左肩あたりに飛来する。
しかしその土針は、目の前に現れた水飛沫によって弾かれた。
シズクが飛道具から僕達を守ってくれたのだろう。
「精霊が防御してんぞッ! ガンガン撃ち続けろ!」
魔術を放っていたリーダー格の盗賊が指示を飛ばし、遠距離からの攻撃が激しさを増す。
相手の司令塔が後方から指揮しているのは厄介だ。
どうやらコイツらなりの統制が取れているようで、僕は警戒の度合いを強めた。
……明らかに手慣れている。
今までどれだけの人から命と、大切な物。
そして人としての尊厳を奪ってきたのか……!
こんな奴らになんか負けてたまるか! これ以上何もかもを奪わせはしないッ!
「――はぁっ!」
僕は目の前の短剣の盗賊に一気に間合いを詰め、右下から斬り上げる。
「チッ! コイツ意外とやりやがる!」
短剣の盗賊は僕の斬撃に反応し、サイドステップして離れた。そしてすぐさま突進して反撃してくる!
中級剣術を修めている者が盗賊などに身をやつして……! 不甲斐ない!
振り下ろされた2本の短剣を剣を横に傾けて受け止めて、盗賊と鍔迫り合う。
ギリギリと音を響かせながら力と力の押し合いが始まった。
「クックック……。オメェ、人を殺ったことないだろォ? 剣に迷いが見えるぜ……。へへへへ……」
「くっ……!」
男が醜く悪意ある笑みを向けて囁き、武器に力を込めてくる。
図星を突かれた僕は、それを振り払うように押し返す。
「幸いなことに、お前達のような堕ちた者になって……ないよっ!」
腕に強化魔術を込めて弾き返すと、短剣の盗賊は軽やかに宙返りして着地し挑発的に顔を歪めて構えた。
……コイツ一人に時間をかけられないっていうのに!
「きえええァァ!!」
殺意を強めて急接近する目の前の男が再び斬撃を繰り出してくる!
左手の短剣が僕の右脇腹を突き刺さんと迫りつつ、右手の短剣が僕の首を狙って水平に斬り放ってくる!
それを僕は右脇腹を剣で防御しつつ姿勢を下げて首狙いの斬撃を回避する。
そして間髪入れずに剣の向きを変えて、手首を使いながら剣を斬り上げて振り抜き、男の鮮血が飛沫と悲鳴を上がる。
振り抜いた剣は、男の右手を切断し同時に左手をも斬り裂いたのだ。
「ぎゃあああああ!!」
絶叫する男は隙だらけに喚いている。
今なら……倒せる。
僕はすぐさま剣を構え直しながらとどめを刺すべく間合いを詰める……!
この瞬間、全ての時間の流れるがゆっくりと流れているような感覚に陥っていた。
……次の一撃は、きっと僕に迷いをもたらすだろう。
だが、これ以上悪意ある者からは何も奪われないと決めたのだ。
ここで逃せばまた誰かの悲しみを生むだろう。
僕がその悪循環を断ち切る……!
僕は、今ここで人間の命を…………断ち切るッ!
「――――ッ!!」
僕は歯を食いしばり、決意の眼差しで男の首に狙いを定め、せめて苦しまぬよう全力で剣を水平に斬り放った!
そして男の絶叫は突如止み、頭が胴体から斬り離されて地面に落ち、体は力無くその場に崩れ落ちた……。
「……ハァ、……ハァ」
剣を握る左手に気持ちの悪い感触が残っている。
……僕はついに人を殺めたのだ。
たとえ相手が悪人で、これが因果応報の結果だとしても……。
それでも人間である事に変わり無かった。
だが今のこの状況は、人を殺めた事への後悔に向き合う暇すら与えられなかった。
何故なら猛スピードで突進してきた頭目とみられる男の攻撃を受け止めなければならなかったからだ。
蛮刀という、幅広めで反り返った刃で重い一撃を放つ頭目の男と鍔迫り合いながら睨み合う。
頭目は獰猛な目付きで憎らしげに悪態を吐いた。
「テメェ……。よくも仲間を殺りやがったなァ! 腑抜けたような面のクセしやがって!」
頭目はなおも凄い力で押し込んでくる。
そして怒りの表情から徐々に恐怖混じりに嘲り笑い始めた。
「他のやつらももうやられた。ヒヒ……俺はもう終わりだ……。どうだ? 初めて人を殺した感覚はよぉ……? そいつの返り血を浴びる気分はよぉ! ヒャヒャヒャヒャ!」
目の前の相手に必死で気付かなかったが、この時にはすでに盗賊の集団は撃退され、残すは目の前の頭目のみとなっていたのだ。
いつのまにかシズクの気配は消えており、辺りは土砂降りの雨に曝されていた。
「――黙れッ! お前達のような奴には当然の報いだッ!」
「強がるなよ……テメェは人の命を奪った。テメェに奪われた命を惜しむ奴もいただろうになァ!」
「――ッ!」
男はさらに強く押し込んできて、それを魔力を込めて押し返そうとするが、徐々に押され始めていた。
単純な力比べでは相手の方が上だった。
そのうえ、精神的な揺さぶりを掛けられて練った魔力に乱れが生じていた。
僕の中で、迷いが再燃し始めていた……。
僕の迷いを悟ったのか、男はニヤリと醜く笑ってねっとりと話し続ける。
「……テメェが殺したさっきの男、小さな娘がいたんだぜェ……? ヒヒ! 可哀想になァ……。その娘はもう父親に逢えないんだよなァ…………。――テメェが殺したんだもんなァ!!」
「――なッ!? だっ、黙れぇ!!」
僕は力任せに剣をぶん回して男を押し返す。
しかし即座に打ち込んでくる男と刃を重ね合い、再び押し合いになった。
「テメェはその娘にどう詫びるつもりだ? 殺したのはテメェだ。その娘はきっと、テメェを殺したいほど憎むんだ……」
「僕は…………ッ! 守る為にっ……」
「守る為なら人を殺していいのか? お前が命の価値を決めたのか? 殺されたアイツは、その価値が低かったのか? 何様のつもりでテメェが価値を決めたんだ? ……娘に、お前の父親の命に価値がないから殺した、とでも言うのか?」
「違……う……! やめろ……ッ!」
迷いの中で冷静な判断が出来ない。
仲間の命と盗賊の命を秤にかけ、仲間の命の方が重いと判断したのは確かだ。
……それは間違っていたのか…………?
だとするなら、この罪はどう償えばいい?
もう何も分からなくなっていた。
何が正しいのかも、どうすれば良かったのかも、何も……。
「テメェは死んで償えばいいんだよォ……。俺が手伝ってやる……ヒヒヒ……」
「……僕は…………。僕は……ッ」
呆然として剣を下げた僕に、歪んだ笑みを浮かべながら蛮刀を振り上げる男。そしてその蛮刀が僕の脳天に振り下ろされ――
「――――ヒヒ! ……ヒ…………?」
目の前にいた男の側面からサヤの姿が居合の構えで瞬時に現れ、男の首に鋭い刃の軌跡が走る。
その時のサヤは酷く無表情で、一瞬見えた瞳には身も凍るような冷たさを宿していた。
その後頭目の男の首が出血し、ゆっくりと胴体からズレて落ちていった。
呆然と男の首を見つめる僕に近づく足音がして、その足音の主に胸ぐらを掴まれ、左頬に衝撃を受けて倒れ込んだ。
……叩かれた左頬に遅れて痛みがやってくる。のしかかられて再び胸ぐらを掴まれた僕は顔を上げて頬を叩いた相手、サヤを見た。
「……サヤ」
「バカクサビ。あんな見え透いた嘘を真に受けてんじゃないわよ」
サヤの言葉は淡々と落ち着き払っていたが、底知れない怒りが潜んでいた。僕の胸ぐらを掴んだサヤの手に力がこもるのを感じる。
「アンタどこまでお人好しなのよ。明らかな嘘に騙されて勝手に戦う気なくして……ッ」
「……でも、僕が人の命を奪ったことに変わりなくて……。命の価値を勝手に決めて……」
「アイツらは自らの行いで、自らの命の価値を下げたのよ。私達がその命を慮る義理はないわ」
サヤの怒りがはっきりと伝わってくる。
さっきは言葉で惑わされて冷静な判断が出来ずにいたが、ようやくここで自分が間違った思考に陥っていたことに気付き出していた。
「……私も殺したわ。そうしなければ失うものがあるから。私は……。それを守るためなら、迷わない」
「…………」
……そうだ。僕もそうあろうとしたじゃないか。
だからもう奪われぬよう強くなろうとした。
全ては大切なものを守る為。これ以上理不尽に奪われないようにと。
「……サヤの言う通りだ。どうかしていた……。僕は覚悟が足りなかったんだ……」
「わかってるわ。優しすぎるクサビには酷だったと思う。それはもういいの。でもね、私が今一番怒ってるのは……っ」
僕にのしかかったサヤの悲しみに暮れた泣き顔で、眼差しが僕に訴え掛けてくる。お互い雨に濡れて、目元から落ちる雫が雨なのか涙なのかも分からない。
「――アンタが諦めて死のうとした事よッ! 両親に託された想いはどうしたのよッ! こんなところで簡単に諦められる程のものでしかなかったの?!」
「――――ッ!」
「腑抜けるんじゃないわよ! どんな困難も乗り越えて、魔王を倒すと決めたアンタだから皆着いてきたのッ!」
「……ごめん……! ……ごめんよサヤ……。サヤの言う通りだ……! そうだ。僕はこんなところで挫折している場合じゃないんだ」
サヤの言葉に、僕の中に渦巻いていた迷いが晴れていく。僕はなんて愚かだったのだろうか。
……そうだ。魔王を倒す旅を決意したあの時から、こういう事態も起こることは想定していたじゃないか!
人の命を奪ったことは、どんな人間であれ気持ちが悪い。だが、僕の譲れないものを、大切な存在を脅かすというのなら、僕はもう迷わない……!
自分に言い聞かせた付け焼き刃のような決意ではない。
これは覚悟だ。そしてこの手で奪った命と向き合い続ける為の戒めだ。
「……サヤ。僕のために手を汚すことになってごめんね。でもおかげで目が覚めたよ。……ありがとう」
サヤを見上げながら、僕は確かな決意を宿した眼差しで見据える。すると、ようやく手を離したサヤが安心したように微笑んだ。
「……ほんとに、私が居ないと駄目なんだから……っ! バカクサビ……」
そう言って、僕に手を差し伸べてくれて、僕はその手を取って立ち上がった。
僕は皆に支えられてこうして生きているんだ。
サヤが隣にいてくれるなら、きっと僕はこれからも進み続けられる。
そう心に強く思っていた。