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Ep.49 Side.W 踏み出した一歩

 冒険者ギルドの扉を開いたくさびんとさぁやの後ろを着いていく。ギルド特有の雰囲気にわたしの胸の奥がピリリとした。


 この雰囲気が苦手。いつ来ても冒険者のパーティが騒ぎながら飲み食いしているから。騒がしいのこわい。






 一年前まで別の街で一人で依頼をこなしていた。当時は冒険者になりたてのEランク。


 故郷から出て初めて目にする大勢の人。どこを見ても人、人、人であふれていて、たじろいだのを覚えてる。


 わたしは人混みが苦手。みんなわたしの耳やしっぽを見て指をさしてくるから。獣人なんて珍しくないのに。


 そう思っていたのはわたしだけだったみたいで、普通の人間にはわたしのような獣人はあまり見かけないのだということを、街に来て数日後に知った。


 その街のギルドで活動し始めてから2週間後にはDランクに上がった。お腹が空くからわたしもがんばってた。


 ここからの依頼は街の外での討伐依頼も舞い込んでくる。倒せば依頼の報酬に加えて素材は自分のものにできるからそれを売ってさらに稼ぐことができるようになる。


 Dランクの依頼は一人でもこなせるものもあるけど、パーティ推奨の依頼もあった。だから、どこかのパーティに入れてほしいと思っていた。


 でもギルドにいる人たちは騒ぎながらわたしを見る。今思えば物珍しそうに見てただけなのかもしれないけど、当時のわたしには、自分が笑われていると思い込んでいて、わたしから話しかけることはついにできなかった。


 それからわたしはDランクの依頼を避けるようになり、Eランクの依頼をこなして日々を食い繋いだ。


 そうしているうちにギルドの連中からは、DのくせにEばかりやってる、ランクを上げる気もないやつ。で定着していった。


 その嫌な視線でわたしはもっとギルドが苦手になった――





 ――くさびんの服にしがみつきながらギルドの中に入る。

 周囲の雰囲気に、わたしの胸がドキドキしてきてくさびんの服をさらにぎゅっと握る。


「ウィニ、どうしたの?」

「……ギルド、苦手……」


 くさびんが心配してくれてる。ありがと。

 今は仲間がいるから少しは我慢できそう。


「ウィニ、ここで頑張ったら一緒の依頼を受けられるようになるから、頑張ろう?」

 さぁやがなんか複雑な顔して近くに来た。

 あ、ついくさびんにくっついちゃったからだ。

 ……むふふ。さぁやは焼きもちさんだな。


 さぁやにくっつくのもいいけど、さっき怒られたばかりだから今はちょっとこわい。しばらく経ってからにしよ。


「ごはんのため、わたしはやる」

 さっき外で言ったことをもう一度言う。働かないとわたしのごはんがなくなっちゃう。それはよくない! わたし存亡の危機!




 依頼掲示板にやって来て、みんなで依頼を吟味する。


 今日はみんな別々に依頼をこなして、稼ぎの半分を活動費に当てようと決めた。

 くさびんとさぁやは受ける依頼を決めたみたい。

 わたしはDランクの依頼を見てみる。

 依頼の内容は……むむむ。




 ――リトルトレントの枝を10本納品

 錬金術に使う素材の納品をお願いします。

 報酬 銀貨5枚 依頼者 ラジーク・カルステン


 ――旅人向け案内板の修繕

 遭難防止の旅人向け案内板が破損していました。修繕の技能がある方歓迎します。

 報酬 銀貨8枚 依頼者 ギルド安全課


 ――エンデレーンへの物資輸送

 エンデレーンへ不足品を輸送して頂きたい。往復4日分の食糧分は報酬に上乗せする。よろしく頼む。

 報酬 金貨2枚 依頼者 エンデレーン守備隊



 わたしの依頼を、くさびんとさぁやが一緒に見てくれる。一人でできそうなものもあるし、技能を持ってる人向けのものだったり、長期間に及ぶ依頼だったり種類が多い。

 報酬はEランクに比べたら破格で、それを見たふたりは、早く私達もランク上げようね! と意気込んでいる。



 この中だと、リトルトレントの枝集めがいい。今日中に終われるから。

 今のわたしのお財布は空っぽ。懐をほっくほくにしたい。


 がんばれわたし! ごはんのために!

 心の中でわたしは自分に応援する。んむ。ここはサクッと終わらせてふたりに自慢しよう。


 ふたりにリトルトレントの依頼を受けると言うと、ふたりは笑顔で応援してくれた。なんだかやる気がむくむく湧いてきた。


 カウンターで依頼を受けて、わたしたちはそれぞれの依頼をこなすために行動を始めた。




 リトルトレント。

 このボリージャの近くに出没する切り株が変異した下級の魔物らしい。

 今回はその枝が必要。わたしはリトルトレントが出る場所に向かう。お腹がすく前に終わるといい。依頼を達成させて貰う報酬でおいしいごはんをたべるのだ!



 地図を見ながら、リトルトレントが出没する位置にやってきた。む。……3体くらいいる。

 先制攻撃で一気にやる。


 わたしは木の陰に隠れながら魔物に近づいて、魔術が届くところで師匠から借りた杖に魔力を送り、イメージを始めた。風の刃がビューって飛んでくイメージ……。


「鋭き風よ、疾く風よ……。邁進せよ!」

 杖の先に風が纏う。これを振って……完成!


「――ゲイルエッジ。……ふんぬっ」


わたしの気合いを乗せながら振った杖から風の刃、わたし命名のゲイルエッジがリトルトレントに向かって飛んでく。

 続けて杖を振って連続で発射!


 ――ギエッ――

 不意討ちを受けたリトルトレントたちは為す術なくわたしの魔術を前に切り刻まれた。んむ。さいきょう。


 ……む。つい癖でポーズをとってた。ちょっと照れる。


 わたしは倒れたリトルトレントのところまで小走りで近づいて、枝を回収する。個体によって枝の数が違う……。


 ――ガサゴソ。

 このリトルトレントの枝は1本しかない。


 ――ガサゴソ。

 ……これも1本。


 ――ガサゴソ。

 ……んにゃ! コレは3本もある! やった。



 ――その時突然木の影になっていて死角になっていた場所からリトルトレントが飛び込んできた!

「わあ」


 リトルトレントの根の部分が鞭のようにしなってわたしに襲いかかる。咄嗟に杖を前に出して防御の体制を取る。

 杖の部分に上手く当たって受け止めて、ベチンと大きな音が鳴り振動が伝わった。


 わたしは心臓をドキドキさせながら反撃に出て、咄嗟に火球を撃ち出して、リトルトレントに直撃させた!

 このくらいの魔術なら言葉に出さなくても撃てる。えっへん。


 リトルトレントはパチパチと音を立てて燃えている。

 木に火はよく効く。……ささ、枝をもらお……


 しかし、リトルトレントは燃えあがったせいで枝諸共木炭になってしまった。


 わあぁ。火を使ったらダメだった! もったいない……。

 わたしはしょんぼりしながら、火は絶対に使わないとわたしはわたしに念を押して、次の標的を探し回った。





 それから残りの5本を集めてようやく目標数が集まった頃には、空がオレンジ色に染まる頃だった。

 ……おなかすいた…………。




 わたしは空腹でとぼとぼとボリージャに帰ってきた。他の人が見たら、依頼に失敗して落ち込んでいるように見えたかもしれない。もうしっぽも耳もあげてる元気ない。

 ……おなか…………すいた…………。



 時折わたしのお腹がごはんを求める音を鳴らしながら、冒険者ギルドに辿り着いた。もうちょっと。報酬をもらえばごはんが待っている……!


 しかし、ごはんより先に待っていたのは二つの聞きなれた声。青い髪のくさびんと、赤い髪のさぁやがわたしに手を振ってる。


「おーい! ウィニー!」

「くさびん……、さぁや…………!」


 待っててくれたことが嬉しくて、ついはしゃぎたくなった。けどわたしはふたりより一つお姉さんだから、落ち着いているところを見せるのだ。


「おかえり、ウィニ!」

 さぁやが穏やかな表情で言ってくれる。


「ん。今戻った」

 わたしはお姉さんらしく落ち着いて答える。

 今日は大量。みんな喜ぶといい。と癖でポーズを取った。

 もっと褒めるといい。さあ。


「その様子だと依頼は上手くいったみたいだね! やれば出来るんだね!」

 ん。わたしはやればできる。


 でもそろそろお姉さんでいるのも大変。お腹がすいた。早くごはんにしたい!


「とりあえず報告してきたら? 私達はもう済ませて来てるから」

「ん」


 ギルドの扉を開け、中に入る。日没が近いためか人も多く、周りは朝よりも騒がしくて、すこし萎縮してしまう。



「――はい! お疲れ様でした。こちらが報酬です。ご確認くださいね! またよろしくお願いします!」

 受け付けのヴァーミにリトルトレントの枝を渡し、報酬を貰った。

 やった。ごはん食べれる……!


 すぐ後ろで待っていたくさびんとさぁやに向き直る。

 報酬から半分を活動費と決めたけど、銀貨5枚だから、銀貨2枚だけお願いね、とさぁやが言った。

 わたしはお財布に銀貨3枚を入れる。むふふ。


「お腹空いたよね、せっかくだしここで食べてこうよ!」

 そう言うのはくさびん。

「いいわね! そうしましょ! ウィニもいい?」

 二人の希望を叶えるのがいいお姉さんだから。

「ん」



 ギルドの飲食スペースで空いているテーブル席に腰を下ろす。食べたいものを食べようと言うくさびんに、野菜も食べないとと言うさぁや。


 ウィニはどれにする? と楽しそうに聞いてくれるふたり。わたしに向けるふたりの顔があまりにも優しくて楽しそうで……


 ……こういう雰囲気。悪くない。


 苦手だったものが、一緒にいる人が居るだけでこんなに違うものに変わっていくなんて。


「お待たせしました〜」


 配膳のお姉さんが料理を運んでくれた。いい匂い……!

 ふたりとも嬉しそう。なんだかわたしも嬉しい。

 一仕事終えて仲間とわいわいごはんを食べる。


 たのしくて、とっても幸せな時間にわたしは満面の笑みを隠すことはできそうになかった。


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