……ふぅ。今日はここまでにしよう。
やだじゃないよ……。ほら、もう夕日が顔を覗かせているよ。暗くなる前に早くお帰り。
え? クサビ少年たちの戦いの迫力で眠れそうにないかもって?
ふふ! そうだね。ここは私も好きなシーンの一つだから気持ちは多いにわかるよ。
少年と少女たちは、また運命的な出会いを果たしたね。
この出会いがこの先の運命を大きく変えることになるんだと思う。この出会いがなければ今私たちはこうして平和な世の中を過ごせていなかったかもしれないね。
この物語にあるような不思議な力が大昔にあったなんて、今じゃ誰も信じちゃいないけどね。
君も半信半疑だろう? ……まあ、史実かどうか抜きにしても続きが気になる。そんな顔をしているね。語り部冥利に尽きるってものだよ。
さて、続きはまた明日読んであげよう。
そしたらこの木陰においで。私はいつでもここで待っているから。
僕達がチギリ師匠に弟子入りして2日が経ち、頼もしい先生が協力してくれる事になり、冒険者として順調な滑り出しかと思っていた。
――のだが……。
今最も解決しなければならない問題が一つある。
言わずもがな。お金である。
お金がない。宿を借りている身であるが故、何もしなくても一人銅貨3枚で合計銅貨9枚。約銀貨1枚相当が毎日消費されて行くのだ。
そして、我がパーティにはよく食べよく眠る自由な猫が一匹いるので、食費も掛かるときた。
僕とサヤは、昨日は依頼をこなして生活費の足しにした後、余った時間で師匠の元で訓練したが、ウィニはというと師匠の元へ行くでもなく、依頼を受ける訳でもなく一日中ぐうたらしているのだ。因みに本人の所持金は、あれば食べ物に変わるので既にすっからかんだ。
これは由々しき事態である。
僕とサヤの冒険者ランクは最低のEランク。
受けられる依頼も少なく、報酬も低い。
……まあ、街の人が困っている事を直接解決できるところは、役に立ってる実感があって好きだけどね。
……今はそれは置いておこう。
問題なのは――――
「ねえウィニ。今日は働こう?」
「うー」
僕は今日の予定を打ち合わせる為にウィニとサヤの部屋に来ると、ベッドにしがみ付きながら凄く嫌そうな顔をしているウィニに、ベッドの前に立ってやれやれといった具合のサヤが目に入る。
サヤが働かないウィニを説得しているところだ。
自堕落な生活に憧れてるのは知ってるけど、僕らはまだそんな立場じゃない。やるべき事をやってこその未来があるのだ。
僕と会うまでは一人きりでなんとかやってきたウィニだったが、僕と一緒の旅の間にすっかり甘え癖が付いてしまったようだ。
でも今日は甘やかさないよ。今日は皆で依頼を受けて稼がないといけないんだから!
「ウィニ……。稼がないとご飯食べられなくなるわよ」
サヤが徐々に苛立ち始めている……怒らすと怖いぞ……。
「その時はくさびんにたかる……」
「お断りします」
絶望的な表情で後ずさるウィニ。こんな調子で一人で冒険者をよく一年続いたなあ……。その後行き倒れたんだけど。
「……。ウィニはお姉さんなのに働かなくていいの?」
「うみゅ……。…………そ、そう。可愛い後輩に仕事を譲るのも先輩というもの!」
「Dランクの依頼をやってよ先輩!」
ついには屁理屈まで……まったく。
ウィニは肩書きだけはDランク冒険者なので、僕とサヤよりも収入を得る事ができるのにな。
そんなウィニの様子に業を煮やしたサヤがついに堪忍袋の緒が切れた。大きく息を吸ったのを見た僕はこっそり耳を塞いだ。
「――いい加減に! しなさーーい!!」
「ひんっ」
ウィニがビクッとしながら飛び上がりベッドの上で正座した。猫耳が後ろ向きに下がっていた。
サヤによるウィニのお説教の時間が始まった。
ウィニは終始正座で下を向いてサヤの説教に『ひゃい……』と返事をしていた。
それから一時間後、ウィニがしょんぼりしながら半泣きしていた。サヤによって決まってしまった事があるからだ。それは――
「働かない人はご飯抜き」
これが一番効いたらしい。まるでこの世の終わりのような顔をしていた。割とよく見る気がするが……。
少し経ち、宿の外で待つ僕とサヤ。やがて支度を終えたウィニが出てきた。
宿の扉が勢いよく開き、出てきたウィニから ババーン! という効果音がなったのはきっと気のせいだ。
その佇まいからはやる気が満ち満ちており、さっきまでベッドにしがみついていた姿とは、まるで別人のようだ。
僕とサヤはその切り替えの早さに思わず『おぉ……』と息が漏れる。
「今日のごはんのため、わたしはやる」
キリッとした表情のウィニ。こんなにも凛々しいのに原動力は食欲なのが締まらないところだ……。
ウィニの気が変わらないうちに、僕達は冒険者ギルドへと向かった。