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Ep.47 師匠の真意

 …………。

 ここは、何処だろうか。


 僕は何もない空間を漂っていた。真っ白な空間にただ一人。

 頭がぼんやりする。僕は何をしていたんだっけ。


 ……そうだ。僕はあの人と戦って、敗れたんだ。


 僕は死んだのか……? サヤとウィニは無事なのか……?


 僕はまだ何も成し遂げていなかった。ここは未練を残した者が辿る末路の果てなのだろうか。

 今となっては、もうどうすることもできない。

 僕は敗れた。もう二度と同じ生を歩めはしないのだ。


 そんな感傷的な僕の目の前に、両親の姿がぼんやりと浮かび上がってきた。


「父さん、母さん、ごめんよ。僕は何もできなかったよ……」


 僕は目の前の両親に項垂れながら言葉を絞り出した。

 無力な自分が情けなくて、俯いたまま両親の顔を見ることができない。


「僕、皆に託されたのに。それなのに何一つ皆のためになるようなことできずに死んじゃったよ……」


 自分があまりにも不甲斐なくて、情けなくて涙がとめどなく流れる。顔を上げることができない。両親は今どんな顔をしているんだろう。がっかりしているだろうか。


「クサビ」

 母さんの穏やかな声に僕はおそるおそる顔を上げる。


 顔を上げて見た両親の顔はどこまでも穏やかで温かな眼差しがこもっていた。


「何を腑抜けたことを言っているんだバカ息子め!」

 父さんがそう言いながら涙を拭ってくれた。


「クサビ。皆さんの前で寝坊助さんだなんて母さん恥ずかしいわ。起きなさい?」

 母さん……?


「クサビよ、お前が進むべき道はあっちだ。ほれ、見てみろ」

 父さんに促され、僕は反対の方を向いた。しかし同じような空間が広がっているだけで、道なんて……


 何もないじゃないか。と父さんの方に向き直った瞬間――


「おりゃっ」

「えいっ」


「えええ!?」

 父さんと母さんに笑顔で突き飛ばされた。

 突然足場がなくなって落下する。



「ええええええええええぇぇぇ!!!」

 落下しながら見た両親は満面の笑みで手を振っていた――





「――――はっ!」

「クサビっ!」

「……ん。よおくさびん」




 二人の声がする。さっきのは夢……? ……ここは訓練所の……――


「――二人とも無事なのか!?」

「もちろん無事だとも」

「っ!!」


 僕は声の主に反応して飛び起きて剣を構え……あれ、剣がない!

 いつもあるはずの物がない事で僕の手は虚しさを握るのみだった。

 辺りを確認するとサヤの近くに、サヤの刀と合わせて僕の剣が置いてあるのが見えた。



 僕はせめて声の主であるチギリを睨む。

 だが当の本人は少し困った顔で僕を見ている。

 というより、サヤとウィニにも戦意を宿しているようには見えない。


 ……一体どういうことだろう。


 混乱する僕に、サヤが近づいて落ち着いた声で説明してくれた。

「クサビ、さっきまでのは全部、師匠の芝居だったのよ。安心して。師匠は敵じゃないわ」


 ……え?


 僕は呆気に取られたまま、心配そうな顔のサヤの顔を見る。ウィニに視線を移すといつもの仏頂面だ。

 体も痛みもない。回復を受けたという事……なのか?


「わたしも、死ぬかと思った」


 そして僕はチギリに視線を移す。

 僕に向けてすまなかったね。と呟いていた。表情はまったくすまなそうにしてなかったけど……。

 でも、なんとなく状況が分かってきたぞ……。


「落ち着いてきたようだね。では少し移動しようか」






 場所を変えて、訓練所の魔術教本の本棚があるスペースにやって来て、僕達は椅子に座ってチギリさんの話を聞くことになった。


 僕は未だに納得が行かないもどかしさを抱きながらチギリさんの言葉を待つ。やがてチギリさんが僕達に向かい合って語り始めた。



「少々乱暴な訓練になったのは謝罪しよう。だがこれには我なりに思惑あっての事なんだ」


 話を聞くに、チギリさんは僕達が命の危機に直面した時、その決意がどうなるのかを見たかったのだと。

 人間というのは極限状態になると本性が露わになる生き物だ。

 ならば、極限状態を演出すれば君達の本心がわかるだろうと思った。と語った。


「自分よりも圧倒的に格上の相手を前にした時、もし何も出来ずに無様を晒していたら、我は君達の意思を挫くつもりだった。……君達が征く道は試練の連続となりうるからだ。相応の覚悟無き者には務まらない」


 確かに、その通りだ。

 これからの僕達の旅には危険が付き纏うだろう。自分より強い相手と命の取り合いをして行くのだろう。


 チギリさんの意図は理解できた。


 そう認識した途端、僕は心底安堵してしまって脱力しながら気の抜けたため息をしてしまった。


「はぁぁぁぁ〜〜……良かった…………」

「ん。生きてるよろこび」

「……気持ちはわかるけどだらしないわよ」


 ウィニも同意しながら僕の頭をわしゃわしゃしている。チギリさんと対峙した時のウィニは内心安堵しているようだ。見たことない表情をするくらい怖がってたし。

 それとなんだか妙に冷ややかなサヤが僕に言葉を投げつける。



 そんな僕らを、僅かに笑うチギリさん。

 いや、本当に死ぬかと思いましたからね!



「いやいや、脅かしてすまなかった。許しておくれ」


 軽く頭を下げるチギリさんに、居住まいを正して真面目な表情で声を投げかけた。


「それで、チギリさんから見て僕らはどうだったんでしょうか……?」

 そう投げかけると、サヤとウィニも真剣な表情で返答を待っている。



「君達との戦闘中に指摘した部分は本音だ。それぞれ思い当たる節があるだろう?  本気で葬りに来る相手を演じながら戦いの中で君達に助言を与え、体に刻み込んでもらう意図だったのさ」


 今思えば、確かにあの時のチギリさんは反撃する時、一言添えてから反撃していた。


「――まあ、最後の君達の連携、あれは想定外だったのでつい吹っ飛ばしてしまったがね」


「もう! 本当に終わったと思いましたよ!?」


「すまなかったよ。……君達の覚悟は見せてもらった。格上相手に怖気付かず、しっかりと連携してきた。……上出来だと言えよう」



 チギリさんから認められたような気がして、僕の胸の奥に熱いものが込み上げる。サヤも俯いて師匠の言葉を受け止めているようだ。


 ウィニはというと、ドヤポーズをしていた。ブレないねほんと。いや、表情は少し照れが入っていたから嬉しさ多めという感じかも。


「心構えは及第点。大事なのはここからだよ。我は君達が気に入ったよ。もし、君達が望むならこれからも訓練の一助となろう。サヤとは元々そういう約束をしていたしな」


 これは渡りに船だ。実際戦った今ならわかる。チギリさんの訓練を受ければ確実に力をつけることができるはずだ!

 僕達は是非にと頭を下げた。



「うむ。……では我が弟子達よ、名を聞かせてくれたまえ」


 そういえばまだ名乗っていなかった。

 僕達は互いに見合わせて決意を確かめて頷いた。

 そして揃ってチギリ師匠に向き直る。


「ホオズキ部族、アズマの村出身。クサビ・ヒモロギ!」


「同じく、サヤ・イナリです!」



 ウィニが仏頂面で誇らしげにドヤポーズを決めた。

 あ、ウィニの自己紹介って――


「おとーさんの名はソバルトボロス。おかーさんはエッダニア。カルコッタ部族に属す者。父母と故郷の名を冠すわたしの名はウィニエッダ・ソバルト・カルコッタ。……ウィニでいい。よろしく、ししょお」




「君の紹介は長いな……。だが了解した。依頼などがなければ大抵我はここに居る。来れる時には来るといい」




 こうして、チギリさんを師匠に、本格的に戦うための力を学んでいく事になった。ここで力を付けてみせると、僕は拳を握って意気込むのだった。


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