ギルドの訓練所の一角でチギリに師事し、神聖魔術の訓練を受けている。
師匠の教え方は案外丁寧で、実演しながらイメージの仕方を教えてくれる。私は魔力が続く限り鍛錬を続けた。
「ふむ。サヤ。君は魔力の総量があまり多くは無いな。今まで剣術の折り早期に疲労する場合は無かったかな?」
私の欠点をはっきりと指摘してもらえるのは有難い反面精神に来るものがあるわね。でもその通りなのだ。
私は魔力の総量が少ない。その為剣術で無意識に強化魔術を使えるようになってからは、無意識であるがあまり、すぐにバテてしまっていた。
「はい……。私の魔力は少ない方なんだと思います。すぐにバテちゃって」
師匠は、ふむ。と顎に手を置き僅かに思案したあと言葉を紡いだ。
「そうだろうな。神聖魔術で特に回復の魔術は魔力を多く消費する。サヤが回復魔術を鍛えたいのならば、まずは魔力総量を上げるべきだな」
「どうすればいいですか……?」
「なに、簡単な事だ。魔力を限界まで使い続けるのさ。気を失うまで枯渇し続ければいい。だが、それ以上は駄目だ。命に関わるからな。」
しばらくは師匠がいる時には魔力を使い果たして、魔力が回復したらまた使い果たして……を繰り返す訓練を行う事になった。
「魔力を使い果たす度に気を失うが心配するな。私がいるからな。」
「……わかりました。よろしくお願いします!」
それから私はひたすら魔力を練り上げ放出する。
魔力が空になる度に私は気を失い、その度に師匠の膝の上で目覚める。
目覚めるとすぐに魔力を練り上げる。放出する。倒れるを繰り返した。
そうして何度目かの師匠の膝の上だったか。
私の頭に手を置いて私を見る師匠の顔は無表情のようで、口角が僅かに上向いていた。
「サヤ。一旦止めるよ。流石に神経が疲れただろう」
「……はい。わかりました」
私は上体を起こして師匠の隣に座る。師匠は私にカップを持たせると、カップの上に手を翳してお湯を出してカップに注ぎ、花の香りがする液体を数滴垂らした。
なんでもない動作に見えるが、水と火を同時に発動させていた。私ではとてもできる芸当ではない。こんなに自然に違う魔術を同時に行使するなんて。
……やっぱり師匠は相当な実力の魔術師だわ。
「……? どうした、飲むといい。ジャスミン風味のただの白湯だがな」
「ありがとうございます。いただきます……」
一口飲む。確かに、ジャスミンの風味がする白湯だ。ジャスミンティとはまた違うけど喉は潤った。
魔力枯渇でぼーっとする私に、師匠が口を開いた。
「サヤ、もう一度聞く事になってしまうが、どうしてそこまでして力を得たいのかな?」
「……私には守りたい人が居るんです」
「ふむ。……続けておくれ」
私は師匠に、自分の身の上を話した。
幼馴染が居ること。村が魔王に滅ぼされたこと。逃げ延びた幼馴染を探してこの街を目指したこと。
自分の腕の中で失った命に、己の無力さを痛感したこと
過酷な旅を決意した幼馴染を守りたいということ。
事情は全て話した。
師匠はやや俯いて顎に手を置いて『ふむ……』と一言漏らして思案している。
「……君とその幼馴染は、過酷な運命を征く者のようだね。魔王を滅する事が目的とは……いやはや……ククッ」
師匠はなにやら楽しそうにほくそ笑む。
「……あの、師匠?」
一人静かに笑う師匠をどうしたのかと思って顔を覗き込んだ。
「……ああ、すまない」
手を仰ぎながら居住まいを正す師匠はさらに言葉を続けた。
「言うまでもない事だが、魔王とは魔族を統べる王だ。そこらの魔族とは比較にならない力を持つだろう。それを討とうとする者が現れるとは、余程奇特な御仁か世間知らずかのどちらかだろう。どれだけ大それた事なのか理解しているのかな?」
「……クサビは、私の幼馴染は本気です。私も、それに最後まで着いていく覚悟です」
師匠の言うことはもっともだろう。力も持たない若者が世界を救うぞなんて言ったところで鼻で笑われて終わりだ。
師匠は私を試しているんだ。私の覚悟を。
「そうか。だがサヤ。口ではなんとでも言えるんだ。……君らの覚悟の程を確かめなければならないね」
「っ! 師匠、それはどういう……」
「明日、連れてきたまえ。君の仲間をね。我が君達の覚悟を見極めよう」
それはつまり、師匠と戦って実力を見せろということ。
ここで躓いていたら魔王に勝つなんて夢のまた夢よね。
せっかく力を伸ばす機会を得た。何がなんでもしがみつかなきゃこの先やって行けない。
私は力強く頷いて決意を見せる。
「……わかりました」
「では明日、ここで。今日はここまでだ。ゆっくり休むようにな」
「はい師匠。ありがとうございました」
私は立ち上がり師匠に一礼して訓練所を後にした。
戻ったら二人にこの話をしなければならない。
勝手に決めちゃって悪いと思うけど、これは私達が力をつけるチャンスだと思う。
外はまだ明るく太陽が照らしている。
クサビは戻っているかしら。
私は明日に向けて闘志を内に秘めながら宿への帰路を歩くのだった。