私とクサビは先程冒険者登録をしたギルドに再び訪れた。クサビはどんな依頼があるのか気になっているみたいで、私に一声掛けたあと依頼掲示板に興味深げに向かっていった。
いつの間にかしっかりとした足取りで歩くようになっていた幼馴染に、以前の気の抜けた様子はさほど感じなくなって、頼もしくもあって、少しだけ寂しく思ったりもして。
一人の人間として精神的な成長を遂げたクサビに私は胸が高まった。私の中で大切に秘めた想いと、それとは別に感慨深いという気持ちもあった。
私はクサビの背を見送ったあと、私の目的に意識を向けた。
私も気になっていた訓練施設を見に行こう。
ギルドの中を見て周り、訓練施設への案内看板を見つけた。その案内に沿って進んでいくと地下への階段があった。どうやら地下が訓練所になっているようね。
螺旋状に階段を降りていくと大きな扉があった。
私はそれを押し開き中に入る。
扉を開けると広い空間で思い思いに訓練に励む冒険者達の姿が目に飛び込んでくる。
私は辺りを見回りながら歩く。
なるほど。ここではいろんな武器や魔術を試したりできるのね。あそこにある本棚はなにかしら?
ある一角に設置してある本棚に近づいてみた。本棚の隣には『持ち出し厳禁!』と書かれた張り紙がある。
これは魔術教本だわ。ちょうどいい。神聖魔術の教本はないかしら……。
私は人差し指でなぞりながらそれらしいタイトルの本を探す。すると『癒しの手』という本を見付けた。
その本を手に取って開いてみる。
うーん……。文字で説明してくれているようだけど、やっぱりイメージが難しい。
すると本を眺めながらうーんうーんと唸る私に、後ろから声が掛かる。
「こんにちは。魔術を学びたいのかな?」
「あっ、こんにちは! ……はい。神聖魔術を学びたくって……」
不意に声を掛けられびっくりして振り返り答える。
目線の先には、いかにもな魔術師のローブと帽子に杖と、誰がどう見ても魔術を嗜む者の出で立ちの女性だった。
紫色の長い髪が外に揃って跳ねていて、耳が長い。人間族ではないようだ。西の方にいるエルフか、東方部族連合の北に住む耳長人(みみながびと)かしら。
キリッとした強い意思を感じる切れ長の目に赤い瞳で端正な顔立ちだ。見た目的には20歳くらいに見えるけど、耳長人なら実年齢は計り知れない。
「ふむ。神聖魔術をね。素質ある者でなければそもそもその道の門戸を叩く事能わずな、狭き道を進みたいと」
女性としては低くてハスキーで落ち着いた声の、独特な言い回しの女性は、その佇まいからして相当な実力を備えているようだ。きっと経験豊富な魔術師さんに違いないわ。
「故郷で回復を教わっていたんですが、その……いろいろあって学べなくなってしまって」
「と、すると君は素質を持ち合わせているようだね。試しに回復を発動してみてくれるかな?」
はい。と返事をし、私は目を閉じ集中する。
癒しのイメージと共に魔力を巡らせる。
淡い光が私の手から放たれて、目の前の女性に届いた。
私が放った淡い光は魔術師の女性の身体を包むと消えた。
「ふむ……。弱いな」
「……はい…………」
自分の至らなさを真っ向から指摘されてしまい少し胸がじくじくとした感覚を覚える。
「ああ。すまない。責めたつもりはないんだ。我はどうも思ったことがつい口から出てしまうきらいがあるのでな」
そう言うと、女性はふむ……。と顎に手を当てて考えて、すぐに私に視線を戻した。
「……君は、どうして回復魔術を学びたいのだね?」
「これ以上何も奪わせない為、です」
「――」
決意を秘めた眼差しを目の前の女性に向けながら答えた。少しこの人の目が見開いたように見えた。
「……そうか。そうだな。暇な時でもいいなら我が手解きをするというのも吝かではないが、どう――――」
「――ぜひよろしくお願いします!! 私はサヤ・イナリです!」
願ってもない申し出に食い気味に返答してしまった。少し失礼だったわよね……。学びたい気持ちが先走っちゃった。
「あ、ああ……。頼まれよう」
そう言って僅かに口角を上げた女性は、自身の事を『チギリ・ヤブサメ』と名乗った。
チギリ・ヤブサメ
東方部族連合の北にある部族、耳長人の集落『クレシダ』の出身。
耳長人は長命の種族で、遙か西の大陸にいるエルフと同種の存在だ。
チギリは約300年は既に生きているそうで、かつてはSランク冒険者として名を馳せたが、かつての仲間の寿命による死別により、その後はAランク冒険者として一人各地を転々としているのだという。
元々は違う名前で、そっちが本名だったが、私にも馴染みのあるホオズキ部族と並ぶ、東方部族連合有数の武家であるヤブサメ部族の男と婚約した際に、名を変えて今の名を名乗っているという。だが夫も既にこの世になく、元の名前もとうに忘れた。とチギリは語った。
私やクサビの文化、いわゆる東方文化に、約束という意味を持つ『契り』が名前の由来だと聞いた時は、私は少し胸がときめいてしまった。
婚約する時の約束が名前の由来だなんて、お互い愛を約束したという事に違いないもの……! 憧れるわ。
ここ数年のチギリはボリージャに滞在してたまに依頼をこなしたり、暇を持て余しているという。
私もチギリに自らの身の上を語り、旅の目的を告げると、私がここに来た動機に納得した様子だった。
「なんと数奇なことだろうか。我は多くの離別を経て慣れてしまったが、サヤにとってはあまりに残酷な経験だったろう」
チギリは表情一つ変えなかったが、その言葉には僅かながら情が含まれていた。
「我は暇な時はここにいる。サヤも学びを望むのならここに来るがいい」
「はい! わかりました。よろしくお願いします。……師匠!」
「……師匠、か。それはなかなかどうして、耳心地の良い響きだな。」
少し口角が上がった。気に入ったみたい。
私もここで師匠に沢山教わりたい。……頑張ろう!
かくして私はチギリさんを師匠として、弟子入りする事になったのだった。