合流した僕らは三人で食事をした。その時のサヤは機嫌が良さそうだ。なんだ。お腹が空いていただけかあ。
いつの間にかサヤとウィニはすっかり打ち解けたようだ。さすがサヤだ。物怖じせず誰とでも話せるところが凄いんだ。
食事が済み、サヤが少し夜の散歩でもしようと提案してきた。夜の街並みも気になっていたので僕らは外に出た。
夜のボリージャの街並みはとても綺麗だった。
夜になると優しい光を放つ花が色とりどりに街中を照らしている。大樹の広場まで来ると打って変わって、光り花は一つもなく、大樹の葉から漏れ出す光が辺りを淡く優しく照らす。
広場の長椅子に座る。僕の隣にサヤが、その隣にウィニが。ウィニはどうやら夕食を食べて眠くなったのか、サヤに寄りかかってウトウトしている。辺りが薄暗いから余計に眠りを誘うのかもしれない。
夜風が頬を撫でていって気持ちがいいな。
これまでが慌ただしくて、ようやく腰を落ち着けることができた。これが束の間のひと時だとわかっていたけど、その一瞬を惜しむように僕もサヤもただ夜風に吹かれていた。
僕は大樹の葉の淡い光を眺めながら、言葉を紡ぐ。
「父さんや母さんが、別れ際に言ったんだ」
サヤがこちらを向いて次の言葉を待っている。
「この解放の神剣こそが希望だって。……この剣には魔王を討ち倒せる力が眠っていると」
さらに話を続ける。
「僕は、その力を目覚めさせる方法を探すよ。そして魔王を必ず討ち倒してみせる」
「……村の皆の仇を取る為に?」
「始めはそうだった。……でもさ、ここまで旅してきて思うんだ」
僕は穏やかな表情でサヤに向き直る。
「憎しみで何かを成しても、きっと誰も救われない」
「――――」
「村を滅ぼされたあの時は、僕は魔王への恨みや憎しみで頭がいっぱいだった。それがなければ僕は足が竦んで立ち止まっていたかもしれない」
「でも僕は、ここに来るまでいろんな人に助けられてきたんだ。ヘッケルの村のカインズさんやカタロさんやマルタさんには特に」
「うん。私も本当に良くしてもらったよ。心の温かい人達だったわ」
僕は穏やかな面持ちで頷く。
「あの時は自分に余裕がなくて、人の温かさに触れれば触れるほど決意が鈍ると思ってた。人の温かさと僕が持っている魔王への憎しみは、正反対のものだったから。……だから穏やかな気持ちになったり、楽しい気分になることは、仇を取るまでは僕には許されないと思ってた」
「……」
サヤにも思うところがあるのか、神妙な表情で俯いている。きっとサヤにも、怒りや憎しみを原動力にしてきた事があるんだろう。それは致し方ない事だ。
僕は決意を込めて、でも―― と言葉を続ける。
「……たしかに、獣のように怒りや憎しみで動く事が一番分かりやすくて楽なんだと思う。……でもきっとこの先僕はずっと迷うし考え続けると思うんだ。人間らしい心の在り方を」
「だから目指すよ。人に優しく、綺麗なものに心動かされて、楽しい事には心から笑えて、そして困っている人には手を差し伸べられる。悪を許さず、怒りや恨みに囚われない。そんな心の人間に。……はは、矛盾してるかな?」
サヤは首を振って優しく微笑んだ。
「ううん。……そうね! 憎しみばかり抱いて生きるよりもずっと素敵だと思うわ」
「いいじゃない。……まるで勇者様みたいで!」
何か吹っ切れたような清々しい笑顔を向けてくれるサヤ。
なんだか心の奥につかえていた物がスッと取れたような感覚がして気持ちが楽になった。
――今でも父さんと母さんの夢を見る。その表情はいつも穏やかで、無念そうな顔じゃなかった。両親の穏やかな表情は憎しみを糧としていた僕の心に疑問を抱かせた。
それから少しづつ変わっていった。両親は僕に仇を討ってほしい訳ではないのではと。
そんなものよりも大事な使命を僕を信じて託したのではないか、と。
この心が目指す先は生半可な事ではないし、これからも何度も悩み続けるだろう。それでも父さんと母さんが信じてくれた僕を、僕も信じたいんだ。
気持ちを吐露して楽になった僕は、星空を仰ぎ見て言った。
「勇者様、かぁ。……僕って勇者様の血を引いてるんだって。魔王が憎々しげに言ってたよ」
「……クサビ。私思うんだけど、貴方が勇者様の子孫で、その手には勇者様が持っていた剣がある。この偶然のような巡り合わせにはきっと意味があるって」
村では皆が僕を守るように行動していた。ヒビキさんは村の盟約により僕を守ると言っていた。その盟約とは何だったのかもう知ることはできないけれど……。
でも、きっと今この手にこの剣がある事は偶然ではないのだ。村の皆が、父さんと母さんが命を賭して繋いだ結果なんだ。
サヤの手が僕の手に重なる。真剣な表情で僕を見つめるサヤは言葉を続けた。
「私はこれから、貴方を守るわ。貴方を守ろうとした皆の分も」
「……一緒に来てくれるの?」
サヤはわざとらしく溜息をついて肩で小突いてきた。
「はぁぁ……。……むしろここで私を置いていったら何処までも追い掛けてグーでパンチしてやるわよ!」
「あはは、それは怖いな……」
僕もわざとらしく竦んでみせる。
そして重なるサヤの手を握り返すと、サヤはさらに強く握り返してきた。彼女の決意を感じた気がした。
「――ありがとう、サヤ。僕も守るよ」
僕はサヤに顔を向けて笑顔で言った。
サヤも僕の顔を見て頷いた。そして、顔を僕にゆっくりと近づけてきた。
その途端に僕の心臓が跳ね、顔が熱くなってくる。鼓動が早くなるのを感じていた。
徐々に近づくサヤの顔。普段見せたことの無い、どこか儚げで色気のあるその表情は、僕の中の覚悟を掻き立て――
――が、僕の視界にはサヤの隣で寝ていたはずのウィニがニヤニヤワクワクしながら顔を覗かせていた。僕の高揚した気持ちが急激に冷えていく。
サヤも僕の異変に気づいて後ろを振り返った。
ウィニから見たサヤがどんな表情をしていたのかわからないが、それを見たウィニの顔が固まって表情が変わっていく。
いつぞや宿で僕の分の食事も食べている事がバレた時みたいな顔してた。
サヤに捕らえられたウィニが髪をわしゃわしゃされて、気の抜けた悲鳴をあげていた。なにやら、手伝うとかどうとか言ってる。
そんな二人の様子を、僕はほんの少しだけほっとしながら眺めていたのだった――