ボリージャで幼馴染のサヤと再会できるとは思わなかった。サヤはヘッケルの村で僕に起きた事や目的を聞き、僕を探してくれていたと知った時は胸が熱くなった。
突然現れたウィニを、サヤも気になっているだろうと僕はウィニを紹介する。
「サヤ、こちら猫耳族のウィニだよ。いろいろあって一緒に旅をすることになったんだ」
「へ、へぇ……。一緒に。……へぇ〜」
あれ、なんかサヤの反応がらしくないような気がした。もしかして人見知りかな? 珍しいなあ。
名前を呼ばれたウィニは待ってましたと言わんばかりに、胸を張って両手を腰に当てる、いつものポーズでドヤ顔をしていつもより饒舌に名乗った。
「おとーさんの名はソバルトボロス。おかーさんはエッダニア。カルコッタ部族に属す者。父母と故郷の名を冠すわたしの名はウィニエッダ・ソバルト・カルコッタ。ウィニでいい。」
「え、ええ、よろしくね。……私はサヤ・イナリ。クサビとは同郷で同い年なの。幼馴染になるかな」
サヤがちょっと圧倒されてる。わかるよ。ウィニの自己紹介は独特だからね。でも本人にとっては大事な事みたいだから慣れるしかない。
「ん! よろしく、さぁや」
「さぁや!?」
今のやりとりに何故か既視感を覚えた。はてどうしてだろう。
軽い自己紹介を済ませると、サヤがこっちをジト目で見ている。目が合うと僕の耳の近くまで顔を近づけてきた。
「……二人でここまで何があったか、後で詳しく話してくれるのよね?」
「も、もちろん……」
底知れない圧を感じた僕は大人しく従うことにした。
こういう時のサヤには逆らわない方がいい。怖いから。
それに僕も話し合うのは賛成だ。近況もそうだけど、僕の目的をちゃんと話しておかないといけない。
サヤの無事は確認できた。これで僕の心配事は無くなった。ここから本格的に魔王を倒す為の旅を憂いなく始められるんだ。
それに、僕がこれから何をするつもりなのかをサヤには知っておいて欲しかった。
そうしているうちに、ウィニが僕をつつきながら言う。
「くさびん。宿を探すの忘れてる」
「……ああ、そうだった!」
サヤとの再会ですっかり失念していた。そういえばボリージャに着いたばかりでヘトヘトだったんだ。
「宿なら私と同じ宿にすればいいわ。その方が都合も良いでしょ? ね! く・さ・び・ん?」
サヤが強めにつついてくる。なんだか僕に当たりがキツイのは気のせいだろうか……。それになんでウィニはニヤニヤしているんだ。
とりあえず、同じ宿にするのに反対する理由はない。ひとまずサヤに宿まで案内してもらう事にした。
三人でサヤが案内してくれた宿に入る。ここは人間の店主さんが営んでいる宿のようだ。
僕はさりげなく残金を確認する。
お金がかなり寂しくなってきたぞ……。二部屋取るのは……無理そう。ウィニ、ごめん。また相部屋になりそうだ。
心の中でウィニに謝りながら店主さんのところへ。
「すみません、二人で一部屋お借りしたいんですが、部屋は空いていますか?」
「!?」
「いらっしゃい。ああ、空いてる――――」
「――――すみませんこの子は私と泊まるのではいこれ代金です!!」
ウィニを突然後ろから抱き締めた状態で物凄い食い気味に捲し立てたサヤが会話に乱入する。
きょとんとする僕。無表情のつもりだろうが少しにまにましているウィニ。何かを察した店主のおばさん。
鬼の形相でこっちを睨むサヤ。なんで。こわい……。
結果的に僕は一人で一部屋借りて、ウィニはサヤと相部屋となった。
でもよく考えたらそっちの方が断然いいよね。サヤはさすがだなあ。
荷物を下ろしてベッドに寝転ぶ。
ようやく一息つけた。目を閉じたらこのまま夢の世界へ旅立ってしまいそう……――
……と、いけないいけない。皆と夕飯を食べる事になってたんだ。行かないと。
僕は眠気を振り払うように勢いよく起き上がり、部屋を出た。
勢いのまま部屋を相部屋にしてもらったけど、流石にいきなり過ぎたかしら……。
だって、クサビとウィニが相部屋だなんて…そんなの…駄目よ。とにかく駄目よ!
そう心の中で憤慨しながら、部屋に入るなりベッドに飛び込んで嬉しそうにごろごろしている白い髪の猫耳族の女の子、ウィニを見る。
クサビはああいう子が好きなのかな。
たしかにウィニは私よりも身長が低くて可愛い。
胸は……意外とあるわね……。でも私の方があるし!
……正直掴みどころのない不思議な子だと思った。
クサビには、それが魅力的に見えたのかもしれない。
……胸がザワザワする。なんだか私、嫌なやつみたい……。
そもそも私と同じ部屋にしたのだって、クサビからウィニを遠ざけるためだった。私はなんて陰湿な事をしているのかしら……。
自己嫌悪に染まりかけていた時、視線に気付いたウィニが無表情で私をじっと見ていた。私がじっと見ていたから変に思われたかしら……。
ウィニは無表情のまま、ベッドに座り直して私に向き合った。私も居住まいを正して向き直る。
「さぁや」
「……なに?」
――つい素っ気なくしてしまう自分が嫌いだ。ウィニは何も悪くないのに。
「さぁやはかわいい。自信もて」
「……え?」
――……なによそれ。当てつけ? 私の気持ちも知らないで……。
「……ウィニの方が可愛いわよ? きっとクサビもそう思ってるんじゃない?」
――やめて! 私はなんでこんな事言ってるの!?
「そう。わたしはちょうぜつかわいい」
「……でしょうね」
――ほら、やっぱり私はあなたより可愛いって言いたいだけ。
私とクサビが近くにいるのが面白くないんでしょう。
「でも、わたしはおねーさん。なんでもお見通し」
「……え?」
ウィニは立ち上がりまた胸を張って両手を腰に当てた。
「さぁやの気持ち。くさびんはわかってない。それをわからせる。わたしが手伝う」
ウィニがそう言うとドヤ顔でふんぞり返った。
……私は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
私の中で何かが溶けていくのを感じると同時にスッと気分が軽くなる。私の嫌な私が溶けていく――
……私。今まで何を考えていたんだろう。
勝手に思い込んで勝手に邪険にして……。
ウィニは私に嫉妬してたんじゃない。
私がウィニに嫉妬していたんだ。
自分の本心を気づいた私に、ウィニが静かに語りかける。
「くさびんのこと、らぶでしょ?」
「………………うん」
私のクサビに対する素直な気持ちを吐露する。
ウィニは穏やかな笑みを見せてくれた。そして私の前まで来て、頭を撫でる。
「よしよし。おねーさんにまかせなさい。よしよし」
気恥ずかしくて、少しだけ申し訳なくて私は俯く。
ウィニの手は何故か安心する。もう少しこのまま撫でられていたいと思うくらいには。
たしかに、今のウィニの方がお姉さんみたい。
撫でるのを止めたウィニが私の横に座ると、今度は無邪気な顔で笑顔を向けて言った。
「ほんとは、ずっとしてみたかった」
私は穏やかな気持ちで聞き返す。
「何を?」
するとウィニはまたあのポーズでドヤ顔をした。このポーズとこの表情がだんだん可愛らしく見えてきたわ。
「恋バナ。これからもネタの提供、よろしく」
「〜〜〜〜っ!」
これを機に、私とウィニは色々な事を話した。
ウィニ自身のことや、クサビとウィニの出会いや、ここまでの旅の事。あ、実際に歳は私よりお姉さんだった事もね。
私も自分のこれまでを語る。そしてあの鈍い幼馴染と過ごした日々も。ウィニは反応こそ薄いけど、ちゃんと聞いてくれる。きっとこういう子なんだ。誤解されやすいけど面倒見がよくて優しい子だと思う。
私は誤解して嫉妬していた事をウィニに謝罪した。
ウィニは、ちょうぜつかわいいわたしの罪か。なんて言って笑わせてくれた。
これから上手くやっていけそう。改めてよろしくね。
そしてありがとう……。私、頑張るからね!
「さあ、そろそろご飯食べにいきましょ!」
「ごはん!」
私達は一緒に宿の食堂に向かった。さっきまでのお姉さんっぽかったウィニだが、たった一言でただの食いしん坊になったのは言うまでもない。