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Ep.36 再会

 花の都ボリージャ


 遥か太古の時代、ここは地の精霊を祖とする大樹の精霊の棲家であった。この地の伝承では、この地に流れ着いた一人の人族の男性と大樹の精霊が出会った。

 二人はやがて愛し合うようになったが、人族と精霊では決して結ばれない事を嘆いていた。

 想い合う事は出来てもそれを形に残す事はできない。人族と精神体である精霊では子孫を残す事ができないのだ。


 時は過ぎ去り、やがて人族の男性は寿命を迎え、永遠を生きる大樹の精霊にとってあまりにも短すぎる二人の愛は離別という形で終わりを迎える。


 己の生を全うした人族の男性を失い嘆き悲しんだ大樹の精霊は、彼の亡骸を抱きながら自らを大樹へと変えたという。


 その大樹に奇跡が起きる。


 眩い光に包まれた大樹から、新たな精霊が誕生したのだ。その精霊は大樹の精霊から生まれた花の精霊となる。


 その存在は、まるで叶う事のなかった人族と大樹の精霊の間に生まれた奇跡のようだった。


 そして生まれながら人族に好意を持っていた花の精霊は、人族を模したような存在を生み出した。


 それこそが植物と人の身体を兼ね備えた、アルラウネである。

 アルラウネはこの伝承を信仰してきたからこそ、他種族との共存意識が高いのだと言われている。


 現に奇跡を呼んだ大樹は今でも意思を宿し、ウーズ部族の信仰の象徴となっているという。

 また、花の精霊も現存しており、神出鬼没に現れては旅人や住人を驚かせたり、時には笑顔を振りまいたりと無邪気に街中を飛び回っていて、それもまたこの街が人気の一つなのだ――――






「――それでは……ようこそ! 花の都ボリージャへ! 貴方がたに花の加護がありますよう!」


 元気いっぱいな、ほのかにバラの香りがするアルラウネの門番さんが、この街の伝承を身振り手振り、時にうっとりしながら、時に泣きながらと、感情豊かに語りようやく門の通過を許可された。内容の濃いガイドだったけど興味深い話で楽しかった。



 大きな門を抜けてたどり着いた、花の都ボリージャ。 

 門を抜けた先に広がる大きな街並みは、生まれて初めての光景だった。


 まず驚いたのが空だ。この街を包み込める程巨大な蕾がこの街の空を覆っている。昼間はこの蕾は開いて太陽光を街に招き入れるのだが、暑い日には蕾の開き具合を調節し、街の中を常に適温を維持しているのだ。おかげでこの街では年中快適に過ごせる。

 また敵襲など緊急時のシェルターとしても機能する。


 こんな大がかりな仕掛けがあるとは圧巻に尽きる。


 街中も幻想的だ。明るい緑を基調に、そこかしこに色とりどりの花々が咲き、なんだか心が穏やかになるような心地よさを感じた。


 アルラウネの住まいは、大きく太い木の幹をくり抜いて、その中に居住スペースを作っているのだ。横幅は広くはないが、螺旋階段で上へ上へと部屋が続いている。部屋から漏れる温かい光が伝わってくるようだ。


 僕のような人間族もこの街で多く暮らしている。その人たちの住居のほとんどはレンガの作りで、落ち着いた赤茶色の家が多い。



「うわぁぁ……大きな木だ。あれが大樹……」

「おー」


 門を抜けてまっすぐに広場があり、その真ん中にとてつもなく大きな木がそびえ立っていた。樹齢がどのくらいなのか想像もつかない。ウィニもしっぽが左右にふりふりしてるから興味津々みたいだ。なんでも、大樹の周りをたくさんの下位精霊が飛び回っているそうだ。


 大樹の葉は淡い光を放っており、神々しさ相まって幻想的で、信仰の対象になるのも納得だ。

 街はこの大樹を中心に作られたような構造なんだね。



 広場の方に歩きながらこの先の事を考える。

 さて、まずは腰を落ち着けたい。宿を探そう。この街にはしばらく滞在することになりそうだ。

 冒険者ギルドに行って冒険者登録をする、トゥースボアの牙を売る、解放の神剣の事を調べる、お金を稼ぐ……やる事がいっぱいだ。


 それもまずは体を休めてからだ。まずは宿を――




「――――クサビ……っ!」




 ――この声は。


 ついこの前まで当たり前のように聞いていた声。

 ずっと聞きたかった声。無事でいてくれといつも思っていた。

 この声を聞き間違える筈がない。



「サヤ……」


 おかしいな……。上手く声が出せない。


 見慣れた艶のある赤い髪。胸が締め付けられるように苦しくなる。こんなにも嬉しいのにどうして苦しいんだ。


 サヤが駆け寄って来る。…なんて顔してるんだよ。


 今にも泣き出しそうな顔。今まで見たことのない顔。



「クサビっ! ……無事で……っ……無事で良かった……っ!」

「――――っ……サヤも……!」


 駆け寄って抱きついたサヤをしっかりと受け止める。抱き締め返したサヤは震えていた。僕も声が出せそうにない。気を抜くと涙が溢れてきてしまいそうだったから。


 いや、だめだ……。僕の視界が歪んで目から何かが流れて止まらない。目の前のサヤがよく見えないや……。



 僕らは肩を震わせながら抱き締めあい、再会を喜んだ。



「……村の様子を見たわ…………。何もかも焼け落ちて……! 私、クサビもどこかで倒れてるんじゃないかって……! 不安でっ……!!」


「うん……。うん……! 大丈夫だよ、僕はちゃんとここにいる。」

「――会いたかった……!」




 しばらくサヤが落ち着くまで抱き締めながら頭を撫でていた。


 ようやく落ち着いたのか、我に返るように照れ笑いをしながら僕から離れる。


「あ……あはは……。ごめんね。なんか変なとこ見せちゃった」

「こ、こっちこそ……はは」


 お互いに赤面して俯きながら相手に意識を向ける。

 この沈黙は気まずい……っ




「おふたりさん」

「「――――!!!」」


 ウィニが僕とサヤの間にひょこっと顔を出した。そういえば完全にウィニの事忘れてた。


「…………」

「「………………」」


 ウィニが僕とサヤを指さしてニヤリと笑う。


「……らぶ?」

「「何言ってんの!?」」




 かくして、ようやく同郷の幼馴染との再会が叶う事となった――


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