愛馬との離別を経て一日余り、襲い来る魔物を退けながら進んできた。やがて辺りの景色の色合いが明るくなってきたのを感じ、ウーズ領に足を踏み入れた事を実感する。
「ハァ……ハァ……っ……もう、すぐねっ…………!」
私の体力も限界が近い。鞘に収めた刀を杖代わりにしてやっと立っている状態だ。独りになってからここまで、クサビに再会する一心で進み続けてきた。
ここから先は花の都ボリージャの管轄区域内にあたり、強力な魔物などは駆逐されているはず。
あとはボリージャの検問所を通って光の残滓を付けて貰わなければ。
……ここまで来れば。あの子もここまで来れたなら、死なせずに済んだかもしれない。
後悔の念がとめどなく雪崩込み、私の感情を掻き乱した。……いいえ。後悔するのは後よ。今は先を急がなくては!
予定よりも随分時間がかかってしまった。本来なら昨日には到着していた筈だった。今となっては命があるだけ上出来なのかもしれない。
中級剣術だからと慢心していたのかもしれない。自分なら問題なく突破できると。それも言い換えれば『まだ』中級程度なのだ。
だが、それよりも足りなかったのは剣術以外の部分だ。私はそれを失念していたのだろう。
私は未熟だ。
例えば、私の回復魔術がもっと熟達していたら?
愛馬は……ハヤテは今も私を背に乗せて駆けてくれただろう。
そもそも私がもっと体力を付けていたらハヤテを怪我させることはなかったのではないか。
不足した部分が次々と思いつく。もしああだったら、こうだったら、と。
……詮無きことだ。
結果、自分には何もかも足りなさすぎた。それだけだ。だから失ったのだ。
このままではいけない。これではクサビと再会出来ても守れない……。
だから私は強くなりたい。もう失わないように。決して後悔しないように。これ以上何も奪われないように。
自己嫌悪と喪失感が入り交じる感情を巡らせたまま一歩、また一歩と歩み続けた。
――そして見えてきた。花の都ボリージャ……!
ここに辿り着きさえすればきっと会える。
いつもぼんやりしていて放っておけないあの少年に。
顔を見るとつい強めに接してしまうあの幼馴染に。
私の心を全て攫っていくあの笑顔の彼に。
クサビの面影を想えば、不思議と私の足は軽くなった。
とにかく早く逢いたい――――
気がつけば私はボリージャの検問所前まで到達していた。ボロボロの状態の私を見て少し警戒して構えたアルラウネの門番だったが、満身創痍の状態で、張り詰めた神経が突然途切れて脱力した私に慌てて肩を貸してくれた。
「この道をたった独りで来たの!? ……無茶をするわね」
「すみません……。サヤ・イナリと申します……。検問をお願いします……」
「え、ええ……。…………はい。問題なしよ。……ようこそ花の都ボリージャへ。貴女に花の加護がありますよう」
検問は直ぐに終わり、私は門を通過しようやくボリージャに到着した。私は肩を貸してくれた門番さんにお礼を言って街の中へ入る。
クサビより先に到着できたはず。とにかく今は体を休めよう……。宿を探して、明日は情報収集かしら……。
宿は直ぐに見つかった。観光客も多いから宿泊施設は点在しているようだ。値段も許容範囲に収まっている。
宿で部屋に着くなり衣服もそのままにベッドに倒れ込んだ。酷く疲れている。
クサビは一週間掛けてここに来るはず。あと二日はかかるだろう。いや、もしかしたら、……早めに着くことがあるかもしれない。
いいえ、あのクサビのこと、だもの。遅れて来る……ことはあっても……早く来るなんて…………ないわね………………。
でも…………はや……く…………逢いたいな………………。
そこで私の意識は途切れ、深い微睡みの中へと沈んでいった――