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Ep.33 Side.S ハヤテ

 鬱蒼とした森に細く続く道を私は歩いていた。

 ヘッケルの村からボリージャの街へ向かう為の、危険ではあるが最短の道。流石に危険度が高くこの道を通る人はここに至るまでに一人も見掛けていない。


 ヘッケルの村を出て一日進んだあたりから魔物の遭遇は格段に上がった。大抵は馬の足があれば振り切れる魔物ばかりだったからそのまま進めることが出来たが、2日目に出くわしたフォレストウルフに足を止められる事となった。


 それらを殲滅し旅を続けた。

 ボリージャまではあと2日の距離で、その日は進められるだけ先を急いだ。


 3日目。野営中にそれは起こった。馬のただ事ではない鳴き声に私は弾かれたように微睡みから現実に引き戻された。


 ――3体のゴブリンが馬を襲っている!

 重なる疲労で油断していたわ……! 助けないと!


 私は馬のもとへ急いで駆け込み、一体のゴブリンの首を撥ねる。


 それに怯んだゴブリン達が動きを止めている間に2体目のゴブリンに接近し袈裟斬りで葬り、足に溜めた魔力を解放して3体目に接近して蹴り上げ、落下と同時に刀を突き立てた。



 周りに敵が居ないのを確認して馬に駆け寄る。

 怪我をしたのかパニックになる馬をなんとかなだめて落ち着かせた。


「――っ! これは深いわね……っ」


 後ろ足を引き摺るように立っている馬の傷を見て私は顔を顰める。ゴブリンが持っていたナイフで刺されたようだ。



 私は馬の傷に両手を押さえ、魔力を巡らせて集中する。

 神聖魔術である、回復を行使する為だ。


 回復魔術は、アズマの村で光の魔術を使えるクサビのお母さんのユイおばさんから教わり始めたばかりだった。


 習いたてで上手くできるかわからないけれど、少しでもこの子の痛みが治まるように私は祈りと共にイメージを開始した。


 イメージするのは、癒すべき相手の事、慈しみの心。


「どうかこの子の苦しみを取り除けますように……」


 私の両手が光り始める。とてもわずかな光だ。これじゃ全然足りない。もっとイメージを……!


 しかし、光は弱くなり、やがて消えてしまった。

 手を退けて傷を見るが塞がりきっていない。私の付け焼き刃のような回復魔術ではこれが精一杯だというのか。


 悔しい……。この子は私を乗せてここまで頑張ってくれたというのに!



 私はせめて少しでも辛さを和らげようと回復魔術を繰り返し行使し続けた。その結果、私の体が魔力不足を訴える頃には、なんとか傷を塞ぐ程度には回復させることが出来た。


 無理はさせられないがこれなら先に進むことができる。


 私は負担を強いる不甲斐なさを痛感しながら馬に乗り先を目指す。この子は賢く優しい子だ。辛いだろうに懸命に歩みを進めてくれた。




 4日目。ここまでくれば今日のうちにはボリージャに到着できるはず。

 だが、この子の様子が明らかにおかしい。受けた傷の影響もあり、休ませる頻度は多めにしながら進んできたが、力強い足取りは影を落とし、速度が明らかに遅くなってきたのだ。


 一体どうして……。

 そう思いながら進んでいた時だった――


 突然糸が切れた人形のように馬が力無く倒れ、私は宙に投げ出された。


「――あぐっ!」


 投げ出されて転がる体に衝撃が伝わる。ハッとして馬を見ると、横に倒れながら痙攣している姿が飛び込んできた。


「――……あああっ……!」


 全身が凍りつくような感覚を覚えながらあの子に駆け寄って寄り添う。傷を確認するが出血をしているわけでもなかった。その間も痙攣は止まらず、それどころか徐々に呼吸と共に瞳に宿した光が弱まっていく。


「だ、ダメよ……! 死なないでっ!!」


 小さい時からここまで一緒にやってきた。村があんな風になってからも、この子の温もりが孤独で潰れそうな私を何度も救ってきた。私にとって唯一残った家族だった!



 なぜ……どうして…………。

 もしや、これは毒…? あのゴブリンが持ってたナイフに毒が塗られていたの!? この子はずっと毒に耐えていたの……?


 どうしよう……! 解毒の魔術を教わってない……! この子を救う方法がわからない…………ッ!!



 温もりが徐々に失われていくこの子を抱きしめ、必死に摩って温めようとした。どうか、どうかと願いながら。


 ああ……いかないで……お願い……っ!





 ――だけど、私の願いは届かなかった。



 もう動くことを辞めたこの子を優しく撫でていた。

 私を何度も救ったこの子の温もりが、私の腕の中で魂と共に失われていった。

 悲しみと喪失感が涙となってこの子の顔を濡らしていく。


 ――グルルルル……



 ……魔物の気配だ。貴様ら魔物は別れを惜しむ時間すら与えてくれないのか。どこまで私から大切なものを奪えば気が済むのか!


 私は立ち上がり、この子を庇うように前に出て刀を抜き、魔力を全身に纏わせた――






 ――最後の一体を斬り伏せ、刀に付いた血を振り払う。

 散々に蹂躙せしめ、辺りは大量の獣の魔物の骸によって血の海と化していた。



 返り血に塗れた私はとぼとぼと家族の亡骸に近づいて跪き、温もりの感じないこの子の顔を撫でる。


「ごめんね、ここまで苦しかったね……。今まで本当にありがとうね……」


 そう言ってこの子の旅路に祈りを捧げ、私は立ち上がり荷物を背負う。

 血の匂いが漂うこの場所に留まるのは危険だ。…もう行かなければならない。……クサビと再会する為にも。


 この子をこのままにしていく事を、父の時と重ねる。

 私は家族を弔ってやれないばかりで、なんと無力な存在なのか、と。


 それでも……


「おやすみなさい……。愛しているわ。ハヤテ……」


 横たわる家族の名前を口にして、私はその場を後にした。


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