シニスタ宿場町を発った日の夜。
僕らは野営をしていた。ウィニはお待ちかねの夕食を、量が足りないと言いつつも堪能したようだ。僕は干し肉で我慢したけど。
焚き火の様子を見ながら体を休める。身を隠せるような場所ではないので交代で見張りながら休む事にした。
ウィニはすやすやと眠っている。今は僕が見張りだ。
静かな森の中での野営は気が抜けない。周囲の音には常に警戒しているから、思いのほか身体が休まらない。
旅の辛いところはこういうところもあるんだなと実感する。
目の前が焚き火で明るいから、余計に辺りは真っ暗だ。
「…………」
何かに見られている気がする。
物音はしない。気配も感じない。だが何かに見られているような、底知れない不安感が湧き上がってくる。
……まさか。
僕は剣を手にしてゆっくりと立ち上がる。闇しかない森の向こうから目が離せない。
固唾を飲む。
――もし
もしこの闇の向こうから――
ヤツが現れたら……
その時、その闇の中からさらに深い闇が浮かびあがる。
「――――――ッ!!」
忘れもしない。僕の両親や村の人たちの仇。
自分という存在すら飲み込もうとするかのような虚空。
魔王……! ついにヤツに見つかった!
魔王のそこにあるであろう顔の部分の闇から目が離せない。
その瞬間抗えない恐怖と絶望が僕の精神を蝕もうとしてくる。血の気が引いてきて悪寒が酷く、堪えきれないほど体が震え出し、呼吸が上手く出来ない……!
魔王への憎しみすら闇に吸い込まれていくような、僕の存在の全てを引きずり込もうとしてくる!
――駄目だっ! 抗え!!
僕は必死に心を保とうと抗い、なんとか体を動かそうと全身に力を込めて抵抗する。
そうだ、ウィニを守らなければ! 魔王から逃がさないと!
僕は勇気を振り絞って恐怖の拘束を振り払って後ろを振り向いた。
ウィニが眠っていた場所が、おびただしい量の血溜まりだけがあった。
「ウィニ……?」
そんな。いつの間に……?
頭が理解してしまう。あの血溜まりはウィニだったものだということを。守れない。僕には何も守れない。
やっぱり、僕は魔王に勝てない……。
それを理解した瞬間、僕の精神は限界に達した。
「ぁあああああああああーーー!!!」
「――――くさびん。……くさびんっ。……クサビ!!」
「――――っ!」
僕ははっとして目を開けた。声の主を恐る恐る見上げる。
「……ウィニ。……よかった……無事で」
「……? わたしよりくさびんの方が大丈夫じゃなさそう。」
一体何があった? 僕はさっき魔王に見つかって……。
「…………夢。…だったのかな……」
「平気……?」
ウィニが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
どうやら僕はウィニに抱きしめられているようだ。
ウィニが言うには、僕の叫び声でびっくりして起き、僕の方を見ると森の何も無い方を見ながら叫んでいて、それが途切れると力無く倒れたのだという。
ウィニは抱き止めようとしたが、非力故に支えきれず、僕は後ろから抱きしめられた状態でウィニにもたれかかっていたというわけだ。
僕とウィニは焚き火の方で並んで座る。
ウィニは僕の突然の発狂に驚いていたが、それよりも心配の方が大きいようだった。あのいつも無表情なウィニが今は凄く心配そうにしている。
「ごめん、ウィニ。もう大丈夫だよ。ありがとう……」
「ん」
僕は、以前にウィニに事情を話していたが、僕の精神に刻まれた魔王への恐怖で、夜はいつも両親が殺されたあの日を思い出してしまうという事は告げていなかった。
僕は自身のトラウマをウィニに告白した。
ウィニは何も言わず俯いていた。
突然こんな事を言われて戸惑っているのかもしれない。それはそうだ。突然発狂して倒れたら迷惑極まりないだろう。
やっぱりこれ以上はウィニを巻き込むことは出来ない。
「ごめん。どう説明すればいいかわからなくてさ。ウィニも無理に僕についてくる必要はないからね」
「……なんで?」
ウィニは眉間に皺を寄せながら僕を見る。
「いや、だって迷惑でしょ? こんなヤツと一緒に旅なんてさ」
そういうと、すっと立ち上がり手を上げて
――ぽかっ
手を僕の頭に載せる程度の強さで叩いた。
「迷惑じゃない。それにわたしは言った。猫耳族は恩を忘れないって」
「でも」
「まだ恩を返せていない。くさびんが魔王を倒す為にがんばってるなら、わたしもがんばる」
「……」
そう言うとウィニは僕の頭を抱きながら撫でる。
「よしよし。おねーさんにまかせなさい。よしよし」
全然お姉さんぽくないよ……と心の中で呟いたが、僕の頭を撫でるウィニの手が心地よくて、しばらく撫でられるがままにされていたのだった。