翌日、早朝のシニスタ宿場町のとある宿に泊まる旅人は目覚めた。
一日の営みが始まる前の静けさに鳥が鳴く。その音に混じって宿の裏手から空を斬る音が聞こえる。その音は規則正しくはないが途絶えることなく鳴っていた。
窓から外を覗くと、青い髪の少年が立派な長剣を振り下ろして構えてはまた振り下ろしている。
剣を振る時に少しブレているあたり、達人の自主練習というわけではないのだろう。それでも、一振する度に玉の汗が流れていく。
その表情はこの部屋からじゃわからないけど、集中している様子が見て取れる。
初々しいなと思いながら、私はもう一眠りしようと横になり目を閉じる。未だ鳴り続ける素振りの音が心地よく思えて、私は再び微睡みの中へと旅立つのであった。
「ふぅ……」
早朝の素振りを終えた僕は、汗を流したあと部屋に戻る。あの角の生えたゴブリンと対峙したあの日から、少しでも強くなりたくて素振りの練習を続けていた。朝にやると集中できていいなあ。
部屋では、ウィニがベッドで丸まって眠っている。まるで猫そのものみたいだ。
僕は荷物を確認することにした。次の目的地はエンデレーン検問所だ。ここからまた2日程の道だ。しっかり確認しないとね。
食糧に水と、調理用具。野宿の時に使う寝袋と、雨の時のフード付きマント。道具もそれを収納する皮袋も、全部ヘッケルの村の皆が譲ってくれた代物で、大切に使わせてもらっている。
よし、これなら次の目的地までなら問題ないはず。
ちなみに、食糧は2人分だけど僕が管理する。昨日思い知ったからね……。ウィニに食べ物を渡すと食べ尽くしてしまいそうだし。
そろそろウィニを起こさないとね。
「ウィニー。そろそろ起きてー」
「……うみゅ」
「…………すぅ」
起きる様子はない。
「ウィニ、支度したら出るよー、おーい」
「……すぅすぅ」
……。さて、どうしたものか。
あ、ひらめいた。
「……ご飯ウィニの分も貰っちゃうね――」
「ごはん」
凄い勢いで起き上がって辺りを見回している。ご飯を探しているのかな。でも起きてくれたので良しとしよう。
「おはよう、ウィニ。そろそろ支度して行くよ」
「……ごはんは?」
ウィニの原動力は食い意地で出来ているのかと呆れながら朝食を頼んだ。
この先も僕がしっかりしなきゃと心の中で誓った。
ウィニ待望の朝食を食べた後、支度をして宿を出た。
シニスタ宿場町を後にし、僕らはウーズ領の入口、エンデレーン検問所を目指す。
ここから先はさらに木々が深くなっていく。背の高い木も多くなってきて、陽の光が少ないのか少し暗い。
木の影から魔物が飛び出してくるんじゃないかと、僕は警戒しながら歩いた。
「ウィニ、少し気をつけて進もう」
「ん」
これはウィニの肯定の時の返事。
ウィニも周囲を索敵してくれてるみたいで、猫耳が動いている。猫耳族は俊敏で耳がよく、夜目も利くとか。
たしかに素早かったな。……食べ物取る時は。
この先も気をつけながら進んだが、僕らの警戒とは裏腹に比較的安全に旅は続いた。そんな時ウィニのお腹が鳴って、無表情でこっちをじっと見ている。
「くさびん。お腹すいた……」
時間は今どのくらいだろう。太陽が見えないからよく分からないなあ。
「もうお昼になったかな? ここだと分かりにくいね」
「わたしのお腹は正確だ。お昼だ」
またいつものポーズでドヤ顔してそういうウィニ。
お腹鳴らしながら威張られてもなあ……。
それに食べ物が絡んだ時のウィニはあんまり信用できないなあ。
まあいいか。お昼ご飯にしよう。
調理道具を広げて、乾燥させた保存食を水を入れた鍋に入れて加熱する。麦と何かで練り込んでいるものを乾燥させた物らしく、水分を含むと膨らんで腹持ちもよく、ある程度味付けされている為とても便利だ。
これはシニスタ宿場町で売っていて、旅の道中でも重宝する人気の食べ物らしい。
ウィニはこれを加熱せず直接食べようとしていたけど、慌てて止めて説明すると目を輝かせて鍋を覗き込んでいた。
水分を吸い込んで膨らんでいる。これでいいのかな。
「くさびん! はやく! はやく!」
ウィニは満面の笑みで木の器を差し出してきた。初めて目にする食べ物にもう待ちきれないという様子だ。まあ僕も少し楽しみだったりするからわかる。
それにしても、これじゃどっちが年上かわからないなあ。でもその様子が子供みたいで可愛らしいからか、ついウィニの分を少し多めに取り分けた。
「いただきます!」
「ひははひはふ!」
……もちもちな食感でおいしい。いろんな食材を練り込んで乾燥させているのかぁ。凄いや。調理器具と少しの水があれば作れるし、凄く便利だ!
「はふっはふっ……大変だ、食文化の革命が起きてる」
独特なレビューだね……。
「ごちそうさまでした!」
「おかわり」
ウィニの要求はスルーして道具を片付ける。節約しなきゃなんだからね。……そんな絶望した顔しても駄目だよ!
次の機会にねとたしなめて、エンデレーンへの道を進むのだった。