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Ep.23 行き倒れの猫

 僕は今シニスタ宿場町に続く街道を進んでいる。

 ヒマリの村を出てから既に一日が経ち、あと半分くらいでシニスタ宿場町に着く予定だ。


 アテもなくひたすら川沿いを西に歩いていた時と違い、今の旅は街道沿いだし、目的地までの地図もある。自分が今どこ辺りにいるのかがわかるというのは、こんなにも不安を和らげてくれるものなんだとしみじみ感じる。


 自分一人じゃ今頃どこかで野垂れ死んでいたかもしれない。助けてくれた人達に感謝だ。




 感覚的にはそろそろお昼時だろうか。僕のお腹も鳴き始めてきたので、街道の端で保存食の干し肉を数枚取り出し、空を見上げながら噛む。

 今日も天気がいい。



 今日の昼食最後の干し肉を手に取った。


 その時、干し肉に不意に伸びる手が――


「――っ!!」


 僕は即座に立ち上がって腰の剣に手をかけながら、相手を睨む。気づかなかった! 魔物か!?



「……あーーー……うーーー…………」


 うつ伏せに倒れながらこちらに……正確には干し肉に手を伸ばして、よだれを垂らしながらこの世の終わりかのように何かを訴えている、人だった。


 肩より少し上くらいまで伸ばした真っ白い髪の毛と、しおしおになったアホ毛。小柄でローブを着ている。項垂れた真っ白いしっぽ。それと猫耳。


 猫耳族という獣人だ。東方部族連合では獣人の部族も多いがあまり集落から出ないらしく、猫耳族を見るとは珍しい。


「…………」


「にーーーくーーー……」


「………………」


「しーーーぬーーー……」



 どうやら空腹で死にそうだと言いたいようだ。

 困っている人を放置するのも忍びないので、干し肉を渡そうとすると、凄い勢いで干し肉を僕の手から奪い取り、僕に背を向けて一心不乱にモシャモシャと干し肉を食べだした。


 しかし干し肉一枚ではすぐに食べきってしまったんだろう。耳がぺたんと垂れて、悲壮感を漂わせている。

 こっちをちらちら見ている。


「……もう少し、食べます?」


 僕は追加の干し肉を三枚渡す。するとまた手だけ凄いスピードでパシッと奪い取り、またモシャモシャ。


「お、お水もありますからね〜……」


 白い猫耳族の女の子は、水を受け取りゴクゴクと飲むと、ぷはーっと満足気な顔をしてこっちに向き直った。


「……ありがと。助かった」


「いえ、どういたしまして」


「食べものがなくて、死ぬかと思った。感謝」


 どうやら口数が少ない子なのかな。無表情のように見えるが、しっぽは左右にふりふりとリズミカルに揺れている。多分嬉しい……みたい。


「良かったです。……それじゃ僕はこれで!」


 僕は猫耳族の子にお辞儀をしてから荷物を持ってまた歩き出した。


 あれ? なんか荷物重くなったかな。

 そう思いながら荷物を入れた皮袋を見る――



 ――ずりずり



 さっきの子が皮袋にしがみついていた。


「な、何やってるんですか!」

 僕はびっくりして立ち止まる。


「しがみついてる」

「だからなんで!?」


 すると猫耳族の子はしがみつくのを止めて、自分のローブの土埃を払い、両手を腰に当ててやや小振りな胸を張ってドヤ顔で言った。


「おとーさんの名はソバルトボロス。おかーさんはエッダニア。カルコッタ部族に属す者。父母と故郷の名を冠すわたしの名はウィニエッダ・ソバルト・カルコッタ。とても優秀な魔術師」


 自己紹介は饒舌に話すようで、ポーズと表情からはこの子の後ろに見えるはずもない集中線とババーン! という音が聞こえてきそうだ……。



「は、はぁ……。僕はクサビ・ヒモロギです……」


 呆気に取られながらも僕も名乗る。


「よろしく、くさびん。わたしのことはウィニでいい。」

「くさびん!?」


 距離感の詰め方、これで正しいのだろうか…。故郷の村しか知らないけれど。少し不安だ……。


「そ、そっか。……んじゃあウィニさん、僕は急ぐのでこれで……」


 踵を返して進もうとするも、また皮袋にしがみつかれる。一体何がしたいんだっ


「まって」

「まだ何か用があるんですか!?」


「猫耳族は受けた恩を忘れない。だからよろしく」

「話が全然見えてこないんですけど……」


 会話がさっきから噛み合わないような気がするけど、何をよろしくするんだろう。ウィニさんの眉間が少し皺を作ると


「む……。猫耳族は、恩を、忘れない」

「…………う、うん」

「だからよろしく」

「そこがわかんないのっ!」


 ……僕は頭を抱えそうになる。ウィニさんは仏頂面で首を傾げていた。

 その後、おぉっ、と小さく呟くと


「わたしはくさびんについてくの。よろしく」


「え? なんで?」

「……猫耳族は、恩を、わす――」

「あ、うんわかった」



 つまりウィニさんが言いたいのはこうだ。

 空腹で行き倒れていたところを食糧と水まで分けてもらって感謝している。恩返しをしたいから僕の手伝いをする、と。


「つまりこういうこと?」

「ん」


 ウィニさんは満足気に頷いた。その短い返事は肯定の意味なんだね。


 しかし、僕の旅はきっと想像以上に過酷で危険なものになると思う。事情を知らないウィニさんを巻き込むことはしたくないんだけど……。


 僕は、こういえばウィニさんも諦めるだろうと高を括って言った。


「でも、僕の旅は物凄く危険なんだ。なんとあの魔王を打倒する為の旅さ。ね? とても危ないんだよ」


「そうか。ならわたしも覚悟を決める。まかせろ」



 逆効果だった。



 何を言ってもついてくるつもりのようで、根負けした僕はとりあえず同行を認めることになった。


「うん……まあ、よろしくね。ウィニさん」

「ん。あと、さんはいらない。ウィニでいい」


「わかったよ。じゃあ、行こうか、ウィニ」



 こうして、ひょんな出会いを経て僕はウィニと一緒に旅をする事になったのだった――


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