なりふり構わず泣きじゃくった私は、マルタさんに背中を優しくさすられてしばらくして、ようやく落ち着く事ができた。
「……ぐすっ……ずびばじぇん…………」
「んなごどぎにじゅんなぼぉぉ!」
みっともない程に泣き崩れた私以上に崩れてるカタロさんのお陰でまた少し冷静になれた。
ありがとう。カタロさん。
「……すみません、もう大丈夫です! マルタさん、ありがとう……」
「いいのよ、たくさん嬉しかったのよね。うんうん……」
頻繁に号泣するカタロさんは放っておいて、様子を見守っていたカインズさんは頃合と見て話を進める。
「クサビ君は、サヤさんが自分を探してくれると信じていたよ。だけど、彼には目的があった。だからここに留まっては居られなかったんだ」
「目的……?」
カインズさんは、アズマの村の事、魔王の事、彼の身に何が起きたのか、解放の神剣の伝承。
クサビから聞かされた事の全てを語った。
私は村を襲った存在が想像以上に恐ろしいもので戦慄する。そしてクサビの家に伝わるという剣を狙っているということも。クサビは魔王を倒すため、剣の伝承の手がかりを探す旅をしていると知る。
そして情報を得る為に花の都ボリージャを目指して旅立ったという。
カインズさん達のおかげで、クサビの現状を把握することができた。私は三人に深い感謝を述べる。
クサビの生存を確認できた今、これから取るべき行動は当然クサビを追ってボリージャへ向かうこと。
ここヘッケルからヒマリの村、シニスタ宿場町、エンデレーン検問所を経由してウーズ部族領入りし、ボリージャを目指すルートを教えたという。
そうなれば、私も同じルートを辿っていくのがいい。クサビは徒歩で私には馬がある。どこかで必ず追いつけるはず。
その方針を伝えると、カインズさんは手で制してくる。
「いや、後を追う場合、道すがら見つけることができれば良いが、もし気づかずにサヤさんが追い抜いてしまったら、すれ違ってしまうのではないか?」
「た、たしかに……そうですね…………」
こんな簡単なことも想定できないほど、私の心は逸っていたのね。クサビに一刻も早く会いたくて冷静になりきれていなかったんだわ……
「すみません。私、思ったより冷静じゃなかったみたいです」
「しょうがねぇよなぁぁ! サヤさんはっ、クサビにっ、会いたくで……あいだぐでっ……うおおおおおん!」
「よしよし、あなた。ちょっと黙ってなさい。ね? よしよし……」
カタロさんは完全に涙腺が崩壊して、何を聞いても号泣していた。私の内心を言葉にされて顔が少し熱い……。
そんな夫をマルタさんが頭を撫でながら言葉に怒気を込めながらあやしている。マルタさんの笑顔が怖いわ……。
……なんか小さく、ひっ、って聞こえた気がする。
そんな夫婦漫才はさておき、確実にクサビと合流するためにはどうすればいいかを考える。
クサビはボリージャを目指しているという。それなら先に行って待っていれば、きっと再会できるはず。
「カインズさん、ここからボリージャまで行くには、クサビが通る道しかないですか?」
カインズさんは私の意図を察してくれたようで、私が取り出した地図に指で道をなぞりながら説明してくれた。
「この道はボリージャまでは近いが危険な魔物が出るんだ。だからクサビ君には薦めなかった。だが君は馬を持っているからこの道を通る事も出来るだろう」
カインズさんが教えてくれた道を通るとボリージャまでは4日程で到着するようだ。これならクサビが着くより一日私が早く到着できるはず。
「この道を教えておいてなんだが、獣の魔物が多く手強い。自分の身を守れるという前提での話だが、剣は使える方かな?」
身を案じてくれるカインズさんに、私は胸を張りながら明るく応える。
「はい、剣は得意な方なんです! 獣の魔物なら今まで何度も経験がありますから、心配しないでください!」
「……そうか、それならば君を信じよう。……この道を行くつもりなんだね?」
「はい!」
私は真剣な表情で答える。
行先を定めた私は、旅の支度を始めた。
ボリージャまでの食糧を売って欲しいとお願いしたら、譲ると言われてしまって、それは流石に私が納得出来ないと、せめて半分払わせて貰うことができた。
ご厚意であるのは分かっていたけど、私とて商人の娘として助けられてばかりではいけないもの。恩人に損ばかりはさせられないしね!
今日はカインズさんのところをご厄介になり、明日早朝に発つことにした。
カインズさんもカタロさんもマルタさんも、見送ると言って譲らない。早朝だからと断ったのに……。
親切な人達に、心が温かくなるのを感じていた。
翌日――
「皆さん、ありがとうございました!」
朝日が登りきっていない時間に、私はカインズさん、カタロさんとマルタさんと村の入口で感謝を告げる。
「気をつけてな。クサビ君によろしく」
カインズさんに、はい! と元気よく返す。
「クサビに会えるといいな! 二人でまた遊びに来てくれよな!」
カタロさんは今日は号泣してないみたいね。必ず遊びに来ますね、と笑顔で返した。
「サヤちゃん、体に気をつけてね。……クサビくんと会えたら、もう手放しちゃだめよ」
マルタさんは耳元でこそっと、最後の方の言葉を言う。顔が赤くなってたりしないかしら! 小さく、はぃ……としか返せなかったわ……。
名残惜しさを振り切るように私は馬に飛び乗る。
「では、また遊びに来ますね! ……行ってきます!」
そう言って馬を走らせてボリージャへの道のりを駆け始めたのだった――
「行ってらっしゃい」
馬に乗り、横に結わえた赤毛を風になびかせながら掛けて行くサヤちゃんの後ろ姿に言葉を贈る。
私は先日去っていった青髪の少年の姿が重なり、思わずふふっと笑みが漏れた。
「行っちまったなぁ。……マルタ?どうした?」
「二人とも、とても良く似ているなあって思ったの」
「確かに、そうだな! 同じ事言ってったしな」
夫はそう言って大声で笑う。……近所迷惑よ?
「気持ちの良い若者達だったな……。二人の無事を祈ろうじゃないか」
「はい」
「おう!」
三人はもう見えなくなった少女の行く旅の無事を、少年の時と同じように祈った。