アズマの村を出て、クサビを探して川沿いを重点的に西を進んで2日が経った。痕跡を探しながらで歩みはそこまで早くはない。
途中魔物に遭遇することもあったが、村の剣術指南役のヒビキさんから中級剣術のお墨付きを貰った私にとっては弱すぎる相手だった。安いだろうけど素材もしっかり回収する。
昨日川沿いで、焚き火の跡と魚の骨を見つけた。誰かがここで魚を捕って焼いて食べたのだろう。食事に関しては私もそれに倣う。
クサビのものかは断定できないけれど、ここまでの捜索で痕跡らしきものはそれだけだった。
さらに西へ進み、木々ばかりの景色に若干の変化が訪れた。木を伐採した後の切り株が点在していて、人の手が加えられた跡がある。
私は馬に積まれた荷物から周辺地図を取り出す。
見ると、どうやらこの近くに村があるようだ。
「ヘッケルの村……かぁ。行ってみようかしら」
もしかしたらクサビがそこに居るかもしれないと、期待と不安が入り交じりながら、馬を村の方向へ向けた。
夕暮れも近くなった頃、ヘッケルの村に到着した。
村の入口で最初に目に付いた人に声を掛ける。
「こんにちは、おばあちゃん。私は旅の者です。少しお尋ねしてもよろしいですか?」
「こんにちはぁ。……おやぁ、また旅の人かい! なんだい?」
「あの、人を探してて……。青い髪を結んでて赤い瞳の、私と同じくらいの歳の男の子がこちらの村に来ていませんか?」
私は目の前にいるおばあさんが言った『また』という言葉を聞き逃さなかった。私より前に旅人がここに来たということだ。
そうであって欲しいと、藁をも掴む思いでクサビの特徴を伝える。
「う〜ん……そうやねぇ。ついこの前も旅人さんが来てたんだけどねぇ、遠くから見ただけだからわたしは良く分からんのよぉ、ごめんねぇ」
「そうですか……。ありがとうございます」
私の期待で高まる心の熱が急激に冷めていくのを感じる。そんなに都合の良い幸運はないよね。
そんな様子の私におばあさんが穏やかに言った。
「がっかりさせちゃったねぇ……。大事な人なんやね。うちの村長なら近くで見とるはずだから、村長に聞いてみるとええよぉ〜」
気を遣わせてしまって無理に明るさを取り戻す。自分が思っていたよりも落胆してしまっていたみたい。
「……はい! 私こそごめんなさい。ありがとう、おばあちゃん!」
おばあさんに村長さんの家を教えてもらい、夕焼けが沈みきる中、私は直ぐに向かった。
村長さんの家に辿り着くと、近くで薪を運ぶ女性を見かけて声を掛ける。
「ごめんください。私は旅の者です。こちらはこの村の村長さまのお家でしょうか?」
「あら、こんばんは。ええ、そうよ。今主人を呼びますから、少し待っていてね?」
「奥方様でしたか、ありがとうございます。わかりました!」
声を掛けた女性は村長さまの奥さまだった。奥さまが家の中に入っていく。
少しの時を置いてドアが開き、体格の良い男性が姿を現した。
「待たせたね。俺が村長のカインズという。妻からは旅の方と聞いているが……。」
低く落ち着いた声の人だ。私はお辞儀をして向き直る。
「突然のご訪問ですみません。旅の者です。実は人を探している途中でして…………あの?」
そこまで言うと、カインズさんは私をじっと見て、はっとした表情をした。その様子に私は首を傾げる。
「赤い髪に茶色の瞳、横に髪を結わえている……。失礼だが、君の名はサヤさんと言うのではないかな?」
「っ!!!」
私はまさかここで自分の名前を呼ばれるとは露ほども考えていなかった。あまりの意外な展開に言葉が出ないくらい驚いてしまった。
自分の中で期待が高まっていく。同時に鼓動も高まるのを感じていた。
「は、はいっ……! わた、私はサヤです!」
そう名乗ると、カインズさんは満面の笑みを浮かべた。
「そうかそうか! それなら俺からも話があるんだ!……とにかくここではなんだ、うちに入ってくれ!」
家の中に招かれると、丁度夕食の時間だったのもあり、テーブルにはパンとシチューが置かれていた。
お二人の夕食の時間を邪魔してしまったことに申し訳なく思う。
だけどそれよりも今は村長さんから話を聞きたかった。
ようやく見つけた手がかりを前に落ち着いて居られなかった。
カインズさんは快く一緒に食べようと言ってくれて、奥さまは分かっていたと言わんばかりに木の器とスプーンをもう一つ持ってきてくれた。
「早く話を聞きたいだろう。だが、それには一緒に話を聞いてもらいたい者がいるので彼らと一緒のタイミングで話したいんだ。それでも良いかな?」
まるで逸る気持ちを見透かされたようで少し冷静になった。焦らされる感覚を覚えながらも私は頷く。
「ありがとう。夕食を済ませたら向かおう。……さあ、まずは今日のごちそうを頂こう。サヤさんも遠慮せずに食べるといい。妻のマーシャが作るシチューは格別なんだ」
「お口に合うと嬉しいわ。遠慮しないで食べてね」
話を早く聞きたい気持ちと、親切を無下にはできないという気持ちが葛藤したが、ありがたく夕食をご一緒させて貰うことにした。
「いただきます……」
手を合わせて恵みに感謝しながら頂く。……美味しくてとっても温まる。思わず顔が緩んでしまう。
カインズさんはそんな私を見て満足そうに微笑んでいた。
和やかに夕食の時間が過ぎていき、マーシャさんにお礼を告げて家を後にし、カインズさんは私を連れてとある民家へと案内した。
到着するとカインズさんはこの家の住人と思われる夫婦となにやら話をしている。すると夫婦が驚いたり、喜んだり、しまいにはホロホロと泣き出したり……。
そしてようやく三人が私に向き直ると、家の中へ通され、テーブルを囲んで席に着いた。
「騒がしくてすまない。彼らはカタロとその妻のマルタだ。君の探し人の関係者だな」
「っ! やっぱり彼を、クサビを知っているんですね!?」
カインズさんの言葉に思わず勢い良く席を立つ。やってしまったと思ったが、向かいに座ったカタロさんがさらに勢い良く立ち上がった。
「ああ! 知っているさ!! そしてサヤさん! 君が来るのを待ってたんだ……!!」
そこまで言うと、感極まったのか『……くうぅ!』と腕で目を隠して俯きながら男泣きしている。
マルタさんはそんな夫を座るように窘めながらホロリと涙を流していた。感受性豊かなご夫婦なのね……。
私はそんな二人を見て逆に冷静になって、再び席に着く。
一連の流れを見守っていたカインズさんが話し始めた。
「……まず、俺達は君の探し人のクサビ君を知っている。つい2日前までここに居たんだ」
私の中の期待が確信へと変わる。と同時に湧き上がる感情に抑えきれなくなって、それは涙となって溢れ出した。
「クサビは、無事なんですね……?」
「ああ。生きている」
その言葉が私の感情を決壊させた。あの朗らかに笑う、かけがえの無い一人の男の子との思い出が駆け巡る。
失われていなかった。ここに至るまで探し続けながらこの世界の何処にも存在していなかったらと、幾度となく考えた。
――生きていた。クサビが生きていてくれた……!
初対面の人達の前でも構わず私は声を上げて子供のように泣いた。故郷を失い、最愛の父を失い、それにクサビまで失ったら、この世界に私の生きる意味なんてない。
でもこの時私の中に、希望という炎が確かに灯ったんだ――