ヒマリの村に向かう途中、初めて魔物を討伐した時のことを思い返していた。
さっき倒した赤黒い角が生えたゴブリンは倒した後黒い塵になって跡形もなく消滅していた。以前村に出現した魔物は討伐された後、塵になったりしなかった。魔物の皮や牙などは色々な素材として重宝すると聞いた事がある。
ホオズキ部族の直系で、アズマの村の剣術指南役であったヒビキさんの聞いた話によると、魔王が復活し魔族領から広がった人類と魔族の存続を賭けた戦いが始まってから、魔物は二種類に分別されたという。
一つは原生する生物が瘴気に侵されて魔物になった場合。この場合は生命活動が停止しても肉体はそのまま残るので素材を調達できる魔物だ。
もう一つは、魔王によって生み出された存在。魔物として見た目が同じでも能力が高く、斬っても血も出ず、生命活動を終えると塵となって消滅するのだという。
強いうえに素材も取れないので人類にとって損でしかない。
ということは、さっきのゴブリンはやはり魔王の手下ということなのか。手強かった、というより危うく返り討ちに合う所だった。
赤黒い角もその特徴なのだろうか? 一体だったからなんとかなったものの、複数で襲い掛かられていたらマズイことになっていただろう。
それにしても、やはり魔王は僕を、というよりこの剣の行方を追っているのは間違いなさそうだ。僕が死闘を繰り広げた相手ですら最低級のゴブリンだ。より強力な魔物が出てきたら、毎回都合よく撃退できるとは限らない。
戦い方を学ぶ必要がある。今の僕は経験があまりにも不足している。
今までの認識が甘すぎた。突然村を追われたのだから仕方ないという話ではない。もっと以前からだ。身を守る術を学ぶ機会はあったのに僕はそれを真剣に取り組んでこなかったのがそもそもの失態だ。
僕は自分の非力を先の命の取り合いで痛感した。
強くならなければと自分に喝を入れる。
それと、改めてこの剣についてももっと知らないといけないと思う。ヘッケルの村を見て気付いたことだけど、アズマの村に剣術指南役がいて戦える村民が比較的多いのも、もしかしたらこの剣を守る為だったのではないだろうか。大人たちはその意義を理解していたのではないだろうか。
……この解放の神剣にまつわる伝承を調べていけばわかるかもしれない。
それ以降の僕は魔物の遭遇に警戒しながら進み、一晩野営をして昼と夕暮れの間の時にヒマリの村に無事到着した。途中で魔物と何度か遭遇したが、赤黒い角を生やしたゴブリンとは違って苦戦すること無く撃退する事ができた。
ヒマリの村では聞いた通り、小さな宿がある以外は特徴のない小さな村だった。宿で一泊分部屋を取り、ここでも宿の主人にサヤへの伝言を頼んだ。
部屋に荷物を置いて村を回ってみたけど、補給できそうな場所はなく、手持ちの食糧で次の目的地までもたせないといけない。……少し節約しよう。
剣にまつわる伝承を知っている人がいるかと期待して聞いて回ってみるも、こちらも収穫はなかった。ヒマリの村は本当にただ足を休める目的で訪れるに留まるだけとなった。
僕は宿の部屋に戻るとベッドに座って地図を広げ次の目的地までの道のりを確認する。
ボリージャの街までは順調に行けばあと6日の距離まで来たと思う。ここから先で経由する集落は割と均等な距離で離れている。
次の目的地はここから2日程の距離にあるハプトラ部族領シニスタ宿場町という場所だ。
世界有数の観光地である、花の都ボリージャの付近ということで、その経由として旅人向けに発展した宿場が立ち並ぶ宿場町だ。先程村を回った際にここでなら旅の補給も可能だと教えてもらった。
シニスタ宿場町を抜けてさらに2日の道のりには、最後の中継地点であり、アルラウネのウーズ部族領の入口、エンデレーンという検問所のような役割を持つ場所がある。
ここでもアルラウネと他種族が共存して運営している。
ウーズ部族領に入り、ボリージャに行くためにはこういった検問所を通過しなければならないらしい。
ここでは光の精霊と契約した検問官が常駐し、光の精霊によって闇の瘴気を感知し魔族の侵入を防ぐ為の検問が行われる。変装や人に化けている魔族でも、体の内側の瘴気までは隠すことができないからだ。
検問を無事通過できたら、宿や商店があり、ここでボリージャまでの最後の補給や準備を整えていくことになる。
そしてエンデレーン検問所から2日の後、ようやく花の都ボリージャに到着という算段だ。
さあ、明日も早い。そろそろ休もう。
明かりを消して眠りに着いたが、どうも寝付きが悪い。
ずっと引っかかっている事が頭の中をいつまでもまとわりついて、気になって仕方がないのだ。
それはこれからの僕の心の在り方についてだ。
角付きのゴブリンと対峙した時は生き残る為必死だったというのもあった。
あの時は確かに僕は今まで抱かなかった感情で剣を取った。
目の前の相手を憎み、それを力に変えたんだ。
……僕にはそれが自然の事なのかわからない。
今だからかもしれないけどそれは嫌だな、と思うんだ。
これからも僕は戦うだろう。逃げるつもりはない。
だけど、あの時みたいに憎しみに身を任せても良いのか。それは獣と同じじゃないのか。と僕の中で叫ぶんだ。
ずっと考えている。
僕は魔王を許さない。それは変わることはない。
でも助けてくれた人達への感謝が自分を弱くすると思いたくない。
あの時自分で否定した事を、今の自分が否定しているんだ。心の温かさは決して弱さじゃない。邪魔なものなんかじゃないと思いたくて、その気持ちを持ったまま強くなって行きたいんだと。
「そうか……。そうだったんだ」
僕が目指したかった人としても在り方が、そこにあったんだ。
憎しみに身を任せて獣のように復讐の鬼として生きるより、人の心を無くさず、人の為に戦いたい。
理想を語っても強くはなれない。
確かにそうだろう。でも目指す価値はあると思うんだ。
なんだか自分の中で腑に落ちて頭の中にかかっていたモヤが晴れるのを感じる。
やってみよう。この決意を忘れないように。