なりふり構わず馬を走らせた。1秒でも早く辿り着きたかった。
逸る気持ちだけが先走り、馬が限界を迎えていた事にも気づかずやむなく足を止めて休ませる。その間も私は走ってでも早く向かいたかった。でもこの子の足だけが頼りだ。それ以降は休ませつつ急いだ。
アズマの村が魔族の襲撃を受けた。
周辺の集落が被害を受けた話は流れてこなかった。何故アズマの村だけが狙われたのか、私には見当も付かなかった。この悪夢のような知らせが、嘘であってほしいと何度も願った。
家族ともいえる愛馬が頑張ってくれた結果、私はヤマトの街を発ってから丸一日と翌日の雨が降る夕暮れ時に村に戻って来ることが出来た。
「…………」
言葉が出なかった。
私の大好きな風景が、人々が、記憶の中にある面影を一切残して居なかった。
魔族や魔物は居なかった。何もかも全てが終わった後だった。
凄惨な光景の前に、私は立っていられなくなって膝から崩れ落ちた。この気持ちをどう表現していいのかわからない。悲しいのか悔しいのか憎いのか……。わからない。
「そうだ……。お父さんはどこ……?」
私はなんとか立ち上がり、よろよろと家に向かう。
死臭が漂う中、途中で村の人の遺体がそこら中に転がっていた。
そして、変わり果てた私の家に辿り着いた。
ところどころ燃えた後があるが、中に入れる程度には形を残していた。
私は中に入る。
「……お父さん…………っ」
家に入ると最初に目に飛び込んできたのは、吹き飛ばされた戸の奥で壁にもたれるように倒れて事切れているお父さんの姿だった。胸からおびただしい程出血したようだ。胸を抑えるようにしているあたり、苦みながら亡くなっていったんだ……。
お父さんの遺体の前で力無く項垂れる。
どうしてお父さんがこんな死に方しなきゃならないの?私を男手一つで育ててくれて、商売の事も教えてくれた。物知りでいろんな事を教えてくれた。たくさんの愛情を注いでくれた……!
さっきまで動かなかった感情が突然決壊する。幸せだった記憶と一緒に涙が止めどなく溢れてきて、私は声を上げて泣いた。
……いつまでそうしていただろうか。
嗚咽混じりに泣き腫らした顔の私は、お父さんをしっかりと見つめた。
お父さんをこんな変わり果てた姿にした魔族を私は絶対に許さない。
――お父さん、今までありがとう……。
たくさん愛してくれてありがとう。お父さんがくれたもの全部背負って生きていくから。
――だから…………。
「もう、苦しまなくていいんだよ……。ゆっくり……おやすみなさい…………お父さん…………っ!」
私は、横たわるお父さんに毛布を掛けて別れを告げ、決意を秘めて家を後にした。
もう一人確かめなきゃいけない人がいる。
「クサビ……!」
私は土砂降りの雨の中、幼馴染の家に走った。
クサビの家に近づくにつれ、明らかに村の人の遺体が増えているのに気づいた。まるで皆がクサビの家の方に向かっているかのように……。
クサビの家が見えてきた。すると、その手前に立派な陣羽織を纏っている遺体が目に入った。
「……ヒビキさん…………?」
この村の随一の剣術の使い手で私の師匠のヒビキさんと思われる人が横たわっている。顔が無かったから特定出来ないけど、この服装はヒビキさんで間違いないだろう……。
私は振り切るように視線を外し、先を見る。
クサビの家はかなり焼き落ちてしまっている。まさか……中で……。
家の前まで辿り着き辺りを見渡す。クサビらしき姿は見当たらない。入れそうな所があるか見渡すが屋根が完全に落ちている。これでは入れそうにない……。
家の周りをみて見ると、家の裏から小さな道へ続くところで、また遺体を見つけた。
「っ! ……ハクサおじさん!」
クサビの父親のハクサおじさんだった。
おじさんの顔は、まるで絶叫したかのように口を大きく開けたまま白目を剥いて、脳天を割られていた。私はその姿にゾッとした。
幼馴染の家族の悲劇という事実に、私の胸の内の不安と絶望が大きくなっていく。でも、彼を見るまでは諦めたくない。……信じたくない!
「……おじさんはこの道を守っていたの…………? 誰かをここから逃がした……?」
私は裏道を進む。ここまでくると遺体はほとんど見当たらなかった。
そして高台の方を調べてみる。ここは、この前クサビと二人で並んでおにぎりを食べた場所。風景が素敵な場所だったのに……。
さらに先へ。
村から少し遠ざかってしまったかな。
もしかしたら、クサビはうまく逃げてくれたのかもしれない。そうであって欲しいという願望が私の感情を埋め尽くす。
辺りを見渡す。この辺りは崖下が流れの激しい川が流れている。落ちたら死を招く事態になり兼ねない。
私は気になって崖の方まで行ってみると、崖の端の少し手前で血痕を見つけた。雨で流されているけどそれでも物凄い量の血がここで流された事は想像に難くない。
「ん……。これは…………。」
血痕の近くに見覚えのある物を見つけた。これは、クサビのお母さんのかんざし。昔クサビが、クサビのお母さんのユイおばさんに感謝の気持ちを伝えたいんだと、このかんざしを私のお父さんから購入して贈ったものだからよく覚えてる。
血溜まりの近くにユイおばさんのかんざし……。
おばさんはきっとここで…………。
私は推察する。
ハクサおじさんは裏道を守るように亡くなっていたわ……。そしてその先にはユイおばさんのかんざしが落ちていて、血の跡が残ってる。おじさんはおばさんを逃がそうとした?
もしこれがおばさんとクサビを逃がそうとしたのだとしたら――――
――私はハッとした。
何故おばさんはこんな崖にいたのかしら……。
……おばさんとクサビは魔族にここで追い詰められた?
おばさんはクサビをなんとしても守ろうとするはず。
崖まで追い詰められたおばさんはクサビを守る為にするとしたら――――
……私は崖下を覗き込む。
クサビの遺体は見つかっていない。
もし、クサビがここから川に飛び込んだとしたら……
絶望的な状況の中で、一縷の望みを見出した。
クサビはきっと生きている。お願いだから生きていて……!
私はここで立ち止まってる場合じゃない。
クサビを探さないと。もし川に流されてしまったなら、川沿いに西に進めばきっと見つかるはず。
それなら直ぐにここを発たないといけない。
みんなを、お父さんをきちんと弔ってあげられなくてごめんなさい。
クサビはきっと生きている。私が必ず見つけ出して守るから……!
だからお父さん……
どうか見守っていてね…………。
私は一縷の希望を胸に馬に飛び乗り、川沿いを西へ向かうのだった。