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Ep.13 もう逃げない

 翌日。久しぶりにゆっくり体を休めた僕は、マルタさんが作ってくれた美味しい朝食を一緒に頂いた。

 家庭的な食事を誰かと食べると、ここでも故郷を思い出して胸が締め付けられるような気持ちになった。


 けど、今日は大丈夫だ。きっとちゃんと話せる。

 いつまでも辛い事から逃げては居られないんだ。


 村長さんがここに来てくれる予定で、そこで何があったのか話をして欲しいそうだ。村長に事情を話せばこれからの助けを受けられるかもしれないと、カタロさんが計らってくれたのだ。本当に何から何までお世話になって感謝しかない。


 村長さんが来るまでカタロ夫妻と何気ない会話をして待つ。

 カタロさんとマルタさんは先月に結婚したばかりの新婚さんだ。カタロさんはマルタさんにベタ惚れで、いかにマルタさんがかわいくて素晴らしい女性かを熱弁するカタロさんと、隣で赤面した顔を片手で隠しながら夫の腕を抓るマルタさんという、こっちまでなんだか恥ずかしくなってしまうようなひと時を過ごした。

 お陰で少し緊張が和らいだ。



 そんな会話も落ち着いてきた頃、村長さんがやってきた。


 うちの村長みたく、おじいさんがやってくると思っていたが、この村の村長さんはまだまだ働き盛りのガッチリとした体つきの人だった。また少し緊張してきた。


「村長。わざわざすまねえ」

 と言って出迎えたのはカタロさん。


「気にするな。それで、彼がホオズキ部族の子か?…やあ。俺はここの村長をやってる、カインズという者だ」

 カタロさんに一言告げたあと僕に向き直ったのは村長のカインズさん。少し低めで落ち着いた声だ。


「クサビ・ヒモロギといいます。……アズマの村の出身です」


「カタロから聞いた限りじゃ、何か大変な事が起きたそうだな……。良ければ聞かせてくれないか?」


「……はい。お話します。僕の村に起きた事を…………」



 席について、僕は出来る限り落ち着いてアズマの村で起きたことをゆっくり話し始めた。

 一言発する度に胸の奥がジクジクと痛む。……だけどここで逃げ出したくないんだ……!




「……それで僕は両親に守られて一人生き延びる事が出来たんです。それからは川沿いを行けば集落があるかもと思って、カタロさんに出会った……という次第です」



 僕の話を聞いた3人は、驚きのあまり言葉を失っていた。カタロさんは苦虫を噛み潰したような表情で俯き、両の拳に力を込めて震わせており、マルタさんも涙を流して何も言えないでいる。しばしの沈黙のあと、眉間に皺を寄せたカインズがようやく口を開く。


「そんな恐ろしい事が……。君が経験した事は想像を絶する悲劇だ。…………それにしてもここからそんなに離れてもいない所で魔王が……」


 僕はテーブルの上に解放の神剣を置き、安置されていたこの剣を、何らかの方法で見つけ出した魔王が狙っていた事、そしてこの剣が魔王を打ち倒す希望で、その手がかりを探していることを告げる。


「たしかに立派な剣だ。これがかの勇者様が手にしていた剣とは。……これを君のご両親が命を賭けて君に託したのはやはり訳があるのだろう。だが、残念ながらこの村ではこの剣や勇者様にまつわる話に詳しい者はいない。すまないが伝承に関して力になれそうにないな……」


 カインズさんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「カインズさんっ頭を上げて下さい! 十分過ぎるほどに良くしてもらっているんです、感謝こそすれ、それ以上を望む事なんてとてもできませんっ!」


 僕は恐縮しながらカインズさんに非はないことを主張する。

 そんな様子の僕らに、カタロさんが口を開いた。


「……魔族め、ひでぇことしやがる! ――なあ村長、このことを部族長に伝えた方がいいんじゃないのか? もしかしたら魔族がこのあたりにも現れるかも知れねえ!」


 このヘッケルの村からアズマの村は離れているとはいえ、同じ東方部族連合領で起きたことだ。周囲に魔族の脅威を触れ回り、警戒したほうが良いとの判断だろう。


「ああ。ハプトラ部族長の街に早馬を出す。……クサビ君、君のその話があればこそ、周囲に警戒を知らせることができる。この村にいる間は安心して過ごすといい。……よくぞここまで生き延びてくれた。ありがとう」


 思いがけない言葉に、僕は言葉を詰まらせた。だが、どこかほんの少し報われた気もしていた。


 カインズさんは連絡の準備があるとのことで、話はお開きとなった。ここ数日起きた自分の出来事を言葉にすることができてよかった。


 そんなことを考えていたら、僕とカインズさんのやりとりを見守っていたカタロさんとマルタさんが突然号泣。感極まるのを我慢していたがついに決壊したようだ。僕は圧倒されながらさらに手厚い歓待を受けたのだった。

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