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Ep.12 戻らない日々に

 カタロさんに連れられヘッケルの村に辿り着いた。

 まばらに家が建つ、規模としては小さな集落だが、その中に広い農場があり、住人のほとんどが農作業を仕事としているという。

 僕の故郷のアズマの村でも農民は多かったけど、ヘッケルの村ほど大きな農場はなかったからその広さに驚いた。



 ここは、東方部族連合のハプトラ部族が取り仕切っている村だ。建築様式や人々の装いなど、僕らホオズキ部族とはまた違う文化だ。というよりヘッケルの村のような文化が一般的で、ホオズキ部族の文化が周りからすれば珍しいらしい。


 旅の疲れを癒したいだろうと、ひとまずカタロさんの自宅に向かうことになった。見ず知らずの得体の知れない僕に親切にしてくれるカタロさんに僕は深く感謝を述べた。


 家に向かう途中、道行く人々が僕にも挨拶をしてくれる。心の温かい人たちばかりの良い村なんだなあ……。

 すれ違いざまに短い言葉を交わす、そんな何気ない事が僕には遠くのものに感じられて、思わず目頭が熱くなる。




「おーうマルタ、今帰ったぞー」


「あら? おかえりなさい、あなた。今日は早いのね?」


 カタロさんの家に着くと、奥さんのマルタさんが出迎えた。僕に気付くと一瞬あらっ、という声を漏らしたがすぐに朗らかな笑顔になる。


「まあ! お客様がいらしたのねっ!」


「おう。一休みしようと川辺に行ったらな、ひどくくたびれた様子で項垂れてたもんだからよぉ。聞いてみると少し訳アリみたいでな。ほっとけねぇから拾ってきた!」


「拾ってきたってあなた……。でも確かにすごくお疲れのようだわ……。あっ! 大変だわっ! 何もありませんけれどさあさあお入りになってっ?」


「あ、えっと、は、はい! お邪魔しますっ」


 マルタさんの勢いに少し気圧されてしまって中途半端な返事をしてしまった……。情けない。グイグイこられると焦ってしまうのはなかなか治らないな。

 などと思いながら、家にお邪魔させてもらうことにした。



 家に入ると、四角い4人用のテーブルに案内され、椅子に腰かけると、マルタさんが温かいハーブティを出してくれた。


 一息ついた後、テーブルにカタロさんとその隣にマルタさん、そして僕が二人に向かい合う。


「で、お前さん、なんだってこんなところに何も持たずに居たんだ?」


「…………」


 僕は記憶を元に言葉を探そうとしたが、あの夜の絶望や恐怖が思い出され、胸に苦しみを感じながらもなんとか言葉を絞り出す。

 だが、あの日の出来事に対して僕は無意識に思い出す事を拒絶することで弱り果てた心を守ろうとしていたのだ。


 未だ僕はあの悪夢に向き合うことができないでいた……。



「あ、改めて、助けていただいてありがとうございます! 僕の名前はクサビ・ヒモロギと言います。ホオズキ、部族の…………アズマの、む……ら、から…………!」


 故郷の名前を口にした途端、あの日の惨状が脳内に断片的な映像が早送りされるように駆け巡り、呼吸がうまくできなくて胸を抑えて蹲ってしまった。


 その様子にマルタさんは驚き、カタロさんが慌てて僕の後ろに回り込んで背中を擦ってくれる。



「――大丈夫だクサビ。落ち着いて息を吸ってみろ……。落ち着け……そうだ、その調子だ」


「はぁ…………はぁ…………っ……ごめっ……ごめんなさ――」

「いいんだ……。よほどの事があったんだろ。焦らなくていいんだ」

「そうよ……。今日のところはゆっくりお休みになって? 私、寝床を用意してくるわね」



 呼吸がようやく落ち着いてきて、カタロさんもほっと安堵したようだ。説明一つロクにできない自分が情けない。


「その様子じゃ、お前さんの身に大変な事が起きたんだな。……明日、村長を連れてくる。出来る限りでいいから、もし話せるようなら話してくれ。今日は安心して休むといい」


「はい……。明日はきっとお話します。何から何までありがとうございます」



 カタロ夫妻のご厚意で、僕は用意してくれた部屋に通された。


「お腹空いてない? よかったら食べてね。それじゃ、おやすみなさい……」

「ありがとうございます……おやすみなさいっ」


 マルタさんが温かいスープとパンを持ってきてくれた。

 いろいろあって空腹も忘れていたようで、香ばしいパンの香りと野菜を煮込んだスープを見たら、急にお腹が騒ぎ出した。

 手を合わせて頂く。


「いただきます……」



 ああ……。温かいなあ…………。こんなにも優しくてホッとする…………。



「――……うっ……ううっ……! ……父さん……っ! 母さん…………!」



 スープを一口運ぶと、僕は家族との食卓を思い出し、もう戻らない日々を悲しみ嘆く。何気なく過ごしてきた家族との思い出が、今となってはどれもかけがえの無いものでそれはもう二度と紡ぐことの出来ないものだと思い知らされたのだ。


 とめどなく溢れてはこぼれ落ちる涙。いろんな感情がぐちゃぐちゃになりながら、思い出が僕の胸を締め付けた。



 あの日両親の死を受け止めたはずだった。でも実際は、僕のちっぽけな心持ちでは到底受け止め切れるものではなかったんだ。


 ――そんな小さな存在じゃなかったから。


 それでも……。


 ……強くならなければ。心も強く……!

 もうメソメソするのはやめろ! 僕は託されたんだぞ!

 きっと父さんと母さんの想いはこの剣と共にある!

 ――僕が、やるんだ!!




 決意が固まった頃にはすっかりスープは冷めていた。


 僕は改めて手を合わせ、強い意志を瞳に宿しながら食事に手をつけた。


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