川沿いを進み続けて3日目。魔王の追手らしき魔物には遭遇することなく、比較的安全な旅を続けていた。
とはいえ警戒は常にしていた。いつ魔物に襲われるかもわからないし、あれだけの化け物だ、魔王が突然目の前に現れるかもしれない。
そうなったら今度こそ終わりだ。
見慣れない場所で一人きりの逃避行に、徐々にすり減っていく神経。僕の疲労は日に日にかさんでいた。
しばらく歩いた後、休憩にと川辺に近くに丁度いい木の切り株があったので、そこで体を休めることにした。
切り株に腰をかけるとふぅ、と一息をつく。これからやらなければならない事を頭の中で整理しようと、僕は思案の海に沈んだ。
――まずどこか人里を探すんだ。この剣の事を知っている人がいるかもしれない。それからもっと強くならなきゃいけない。このままじゃ駄目だ。戦う術を身につけないと。そのためには……。
…………どうすればいいんだろう。
目標を立てても、そのための手段がわからないのだ。
僕は今までほとんどと言っていいほど外の世界に出たことがない。……村から離れたことがない。
僕は外の世界の事を何も知らないんだ。外の世界の常識を知らない。村での知識がどれほど通用するのだろう……。
こんな時、サヤならどうするんだろう。きっとサヤの事だ。物怖じせず行動するんだろうな。
ぼんやりとそんな事を考えていると、脳裏に赤い髪の女の子の後ろ姿が過ぎった。
――僕はハッとした。
「――そうだ、サヤは!?」
……思い出せ。あの日サヤはどうしてた?
そうだ。あの日の前日にサヤがヤマトの街に行く予定を話していた。あの日の早朝には出立したはずだ。
それならサヤは、魔族の襲撃を免れたのでは……?
……きっとそうだ。サヤは無事で居てくれているはずだ……!
サヤはきっと生きている。
それだけで僕の中の不安が少し和らいだ気がした。
合流したいが、土地勘のわからない僕が闇雲に探し回ったら、この広い世界でもう二度と会うことができないかもしれない……。
それならば、どこか人里に辿り着けたら僕が居たとわかる何かを残しておこう。もし村の事を知ったサヤが、生存者を探しに動いたとしたら。
サヤならきっと僕を見つけてくれると信じて――
「――……おーい。……おーい、お前さん!」
「――――っ!」
突然の声に思考の海から引きずり出される。
僕はハッとして剣を手に取りながら声の方向に振り返る。
「待った待った! 別に何もしねぇよ! 落ち着けって!」
逞しい体付きの男だ。こちらに敵意が無いことを身振り手振りで伝えている。
僕は警戒の色を弱め、構えを解く。
「……すみません。驚いてしまって……」
「いや、こっちこそいきなりすまねえ。お前さん、こんな所で何をしてるんだ?」
どうやらこの人は近くの集落に住む木こりだそうだ。
ここへはいつも木の伐採に訪れるそうで、見知らぬ人影を見かけたので声を掛けたという事らしい。
男はカタロと名乗った。僕も自身の名を告げる。
「僕はホオズキ部族のアズマの村の、クサビといいます……」
「ホオズキの……? それに確かアズマの村って言やぁもっと東の集落じゃなかったか? それにお前さんのその……ボロボロな格好で独り……。何か訳ありみたいだな」
「…………」
説明しようとするも、あの時の事が一気に押し寄せてきて、何から話せばいいかわからないでいると、カタロさんが僕に穏やかに話しかける。
「……とにかく、随分疲れているようだな。どうだ? うちの集落まで来ないか? 大した事はしてやれんが、体を休めることはできるだろうさ。」
僕は少し悩んだあと、その言葉に甘えることにした。この人から悪意は感じなかったからだ。
カタロさんと共にしばらく歩くと、故郷の雰囲気に似た長閑な集落『ヘッケルの村』が眼前に広がっていた。