目的を定めた僕は、まず現在位置が何処なのかを知らないといけない。
とはいえ今まで村の外に出たことがないため、土地勘は皆無だった。そういえば昔サヤのお父さんであるエマキさんから周辺の地図を見せてもらった事があった。その地図によるとアズマの村の近くを西側に流れる川があったのを思い出した。
おそらく僕が流されてきたのはその川に違いない。
それに、川沿いを行けば何かしらの集落があるはずだ。
村から離れたとはいえ、今にも追手が現れるかもしれない。もしそうなれば一人で切り抜けられるかどうか……。
とにかく今は西へ行こう。ここに留まるのは危険だ。とにかく動かなければ。
僕は川沿いを西へと歩く。幸いなことに途中で魔族と出くわすことはなかった。
陽が直上まで登っていた頃、僕は一つ困った事になっていた。
空腹である。
気が付けば、昨日の昼から何も食べていないのだから、丸一日は何も口にしていないことになる。
この先の事もある。どこかで食料を調達しなければ。
天の両親に決意を誓って勇んで動いた結果、空腹により僕の人生は終わりを迎えたのだった。……なんてことになっては、いくらなんでも皆が浮かばれない。
「そうだ。魚を捕れば……ダメだ、道具がない……。それなら木の実とか……!」
幸いここは緑豊かな土地で見渡す限りの木々。探せば食べられそうなものが見つかるかもしれない。
動物とかいれば文句なしなんだけど……。
僕は川沿いを少し逸れて森の奥に入る。深く入り込みすぎて迷わないように、川が見える程度のところまでだ。
しかし、思いのほか食べられそうなものが見つからない。茸を見つけたが、あからさまに危険な色の茸だった。
食べられそうな草があるかもしれないと思い至るも、そもそも僕には山菜や植物を見分ける知識はなかった。
狩人のお兄さんの話をもっとちゃんと聞くんだった……。
草を食べるのは飢えてどうしようもない時にしよう……出来れば避けたいが…………。
とにかく、このままでは早々に飢えてしまう。せめて水だけでもと思い川のある方に視線を移す。
「ん……? あれは……!」
そこには、水を飲みに川辺にやってきた猪が一匹。
そこまで大きくない。はぐれ猪だろうか?
巡ってきたチャンスに僕は内心で歓喜する。
ここから先は静かに近づかないと……
僕は猪に気づかれないように静かに近づく。木の後ろからこっそり猪の様子を伺う。獲物との距離は30メートルくらいだ。
弓の類を持っていたら良かったけど、あるのはこの剣と、唯一使える……といっても下級のだけど……。火魔術がある。
僕は手を前にかざし、猪に狙いを付ける。
空腹が集中を邪魔するが、これを逃せば次はいつこんなチャンスが巡ってくるかわからない。
――絶対仕留める……!
かざした手に、魔力が集まる様子を強くイメージする。次は火だ。火を作り出せ……。僕は火が起こっていく様子をイメージする……。
魔術はイメージすることで発動する。そのイメージが鮮明であればあるほど早く、発動の仕方を想像すれば魔術の効果も変わる。
自分なりの言葉を紡ぎながらイメージを固めると出しやすい。いわゆる詠唱という発動方法だ。
慣れた者は詠唱せず発動できる。むしろ剣術にこそ無詠唱は馴染み深い。無意識に身体に強化魔術を行使してあらゆる角度や体制での攻撃ができるのだ。……僕はできないけど。
かざした手に熱が発しているのを感じる。次はどのような火を発現させるかイメージしていく。
――そうだ。狩人のお兄さんが言っていたっけ。
「動物は火を恐れるものがほとんどだ。だから火魔術を使うなら獲物の逃げ道をこっちが決める事がコツだ――」
そうだった。……よし。形は決めた。集中だ……。
僕は気取られないように小さな声で詠唱する。
「熱よ大気よ、燃え上がれ……!」
頭の中で、宙で浮かびながら発火し、火球となって燃え続けるイメージを作り出す。
手のひらに握り拳サイズの火球が発現した。僕は猪の少し先に狙いを定めて撃ち出した!
「――火種!」
――ボン!――
狙い通り猪のやや前方に火種…僕が名付けた魔術のことだが、それが着弾する。猪はプギィ! と驚いて火と反対方向、つまり僕が潜んでいる木の方に逃げ出した。
僕は静かに神剣を鞘から抜き放つ。
そして木の陰から猪の前に立ちはだかった!
「うおおおおおおっ!」
僕は、全速力で駆けてくる猪に、両手で持った剣の切先を向けて立ちはだかる。へっぴり腰だがしっかり足を広げて踏ん張った。
斬るでも突くでもなく、剣を抑えてじっとしているという、あまりにも格好のつかない攻撃だ。
猪は慌てて避けようとするも勢いあまってそのまま剣の刃に吸い込まれる。
「ギィィィィ!――」
「うわぁぁぁっ! いてっ」
猪は正面から剣に突き刺さり絶叫しながら意識を霧散させた。
僕は追突の衝撃で尻もちをついていたが、猪の様子を確認する。
「や、やった! 仕留めた……!」
一人で仕留めた達成感と、飢えを凌げる喜びを噛み締めた。初めて誰の力も借りずに狩りを成し遂げたのだ。
だけどいつまでも喜んではいられないと自分に言い聞かせた僕は、慣れない手付きで猪を捌き、火魔術で焼いて、なんとか腹の虫を収めることができた。
同じ場所に留まり続けるのは危険だ。僕は川沿いをさらに西へと歩を進めるのだった。