激しい川の流れの中で至る所を打ち付けながら、必死に何かに掴まろうと藻掻き、ずいぶんと流された末にやっとの思いで川辺に這い上がることができた。
激しく咳き込みながら必死に息を整える。身体中傷だらけで全身が痛みを訴え、疲労で視界も霞む……。
満身創痍になりながらもこの剣だけは手放さなかった。今となってはこの剣だけが僕と両親を繋ぐたった一つの物だから。
僕は疲労で言うことが効かない体に鞭打って、身を隠せそうな手頃な木陰を見つけてもたれ掛かるように倒れ込み体を休める。
ここまでの極限状態から解放され少し安堵したのも束の間、双眸から涙がとめどなく溢れて止まらなくなる。膝を抱き体を震わせながら、遅れてやってきた悲しみと後悔に悶えた。
何もかも一瞬にして奪われた。故郷を、平和な日常を、両親の笑顔を、希望を。
もっと真剣に稽古に取り組んでいれば村を守れただろうか。もっと早く魔族の襲撃に気付けていれば皆死なずに済んだだろうか。
僕がもっとしっかりしていれば。僕が。僕が……。僕が…………!
…………。
いや、無理だ。
あんな化け物相手に、いくら稽古に励んでいたとしてもかないっこない。魔族の接近に早くに気付いたとしてもすぐに追いつかれて皆殺しにされる。
何も変わらない! なんの力も持たない僕なんかでは!!
僕は、無力だ…………。
気付くと周囲は明るくなり始めているところだった。いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。まるで頭の中に霧が立ち込めているかのように思考がぼんやりしている。
ふと、視界の端に映る剣に視線を移す。その剣をじっと見つめていると、昨夜の事が頭の中で回想された。
――――いいかクサビ。これはうちが家宝として代々守り続けてきた大切なものだ。この剣をお前に託す。なにがあってもこの剣を奴らに渡してはならん……!
――――……本当ならお前にもっと色々と話してやりたかった。その剣を絶対に手放すんじゃないぞ。その剣はその昔勇者の時代に、勇者と共にあった剣なのだ。伝承では特別な力を宿した剣だと言われている。
――――見つけたぞ。……虫ケラ、お前が持っているそれだ。勇者が解放の神剣と銘打ったその忌々しい剣をよこせ。その剣を我が魔王の剣に造り変え、貴様らの希望の象徴を絶望の権化に変えてやるのだ! 愉快であろう? クカカ!
勇者……。それに解放の……神剣…………。
――――クサビ……。その……っ……解放の神剣は……はぁ……はぁっ……魔王を討ち果たす事ができる剣と……伝えられているわ……くっ……! その、剣こそが! 世界の希望……っ
魔王を……討つことができるこの剣が、希望…………
――――生きることを諦めないで
崖から突き飛ばされた時聞こえた気がした母さんの声。
たとえ絶望しても乗り越えて進む為の、祈りの言葉が僕の心の中で熱い何かが灯った。
希望は、ある。
成すべき事が、分かった気がした。
両親が命を賭して守ったこの剣を手に取る。何百年と経過した物とは思えない程の綺麗な剣だ。きっと代々受け継がれ、大切に手入れされてきたんだ。
僕は剣を胸に抱き目を閉じて祈りを捧げる。
父さん、母さん。今まで守ってくれてありがとう。
僕は絶望してやらない。父さんと母さんが信じてくれたから。
この剣は僕が受け継ぐよ。
そしてこの解放の神剣の秘密を解明して、いつか魔王を必ず打ち倒してみせるから。
……僕自身も強くならなければ。そして皆の仇を必ず討つんだ!
村の人たちや父さん、母さんが身を挺して守ってくれたおかげで僕はまだ生きている。こんなところで終わるわけにはいかない。
決意を胸に、剣を携えて木陰を後にする。
晴れ渡る空を強い意思を込めた眼差しで仰ぎ見る。
――僕は、父ハクサと母ユイの子、クサビ・ヒモロギ。
この希望を無駄にしないと誓うよ。
僕は力強く立ち上がり、前を向いて歩き出した――――
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜
第1章 『歩き出す意味』 了
次回 第2章『手掛かりを求めて』