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Ep.4 全てが変わった日

 村中に喧騒が木霊する。怒号、悲鳴、断末魔。そこに武器がぶつかり合う音も聞こえる。


 ――村の皆が戦っている!

 僕は全力で駆ける。道中には鋭い何かで切り裂かれた村の人の死体が横たわっていた。人だったものを初めて目の当たりにした僕は、胃の中の物が逆流するのを必死に抑えながら先を急いだ。


 見慣れた顔の人達が変わり果てた姿になっていく。それが現実であるはずが無いと信じたかった。



 ――その瞬間、悪夢が目の前に現れた。


 見たこともない、熊のような魔物と鉢合わせた……! こんなのがこの辺りにいるなんて聞いたことがない!

 その巨体と禍々しい風体の魔物は僕を標的と定めると、鋭い爪で引き裂かんと振り上げた!


「――ぅ、うわああああ!!」


 僕は必死に熊の魔物の爪をなりふり構わず飛び退いて、間一髪で殺意の塊から逃れた。

 しかし、倒れ込んだままの僕を見逃す熊の魔物ではなかった。手応えがないと見るやその巨体ごと突進してくる!

 僕は体制を立て直す暇もなかった。


 ――だめだ! やられる……!!!


 ――ザンッ!!――



 頭を抑えて蹲り、死がやってくるのを待つしか無かった僕のもとに、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。

 おそるおそる顔をあげて目に映った光景は、先程の熊の魔物が両断され胴体から真っ二つになって絶命している姿だった。


「クサビ! 無事か!」


 刀を構えたまま警戒を解かずに、こちらに意識だけを向けるヒビキさんの後ろ姿があった。


「ヒビキさん……。あ、ああ、ありが……」


「――しっかりせい! まだ窮地は抜けておらぬっ!!」


 僕はまだ命があることが実感できずに呆けていると、ヒビキさんから喝が入ると、急速に意識が引き戻されて、慌てて立ち上がって走り出した。



 ヒビキさんは僕と並走しながら、焦りの表情を浮かべたまま言う。


「魔族がこの村に攻めて来おった……! いいかよく聞けクサビよ! 村の盟約により儂はこれからお主を守る! お主はとにかく家へ急げ! 他の者もお主を守るために動いているはずだ!」


「な、なぜ……なんで皆が僕を……?」

「今は説明している暇はないッ! 駆けよ!!」


 ヒビキさんの鋭い声に突き動かされて家に向かう事に専念する。途中で出くわした魔物はヒビキさんが斬り捨てていく。道中で僕の姿を見かけた村の人達が武器を片手に僕を守ろうとしてくれていた。



 そして、ようやく家にたどり着く。そこには村の人達が、まるで僕の家に魔物を近づけさせまいと必死に応戦していた。


 僕を家に送り届けたヒビキさんは、僕に優しい笑みを浮かべたあと、魔物に向き直り鬼の形相で魔物の軍勢に突っ込んでいった。


「――クサビ……!」

「っ! 母さん!」

「無事だな? よし、こっちへ急げ!」

「父さん! 一体どうして! なんで魔物が――」

「今は時が惜しい! こっちへ早く!」



 もう感情がぐちゃぐちゃだ。

 わけがわからないまま僕は両親に連れられ、家の居間へ。

 父さんはそこに飾られた、鞘に納められた一振の両刃の長剣を手にし、僕に押し付けるように手渡すと両親は今まで見たことない程真剣な表情で僕に向き合った。


「いいかクサビ。これはうちが家宝として代々守り続けてきた大切なものだ。この剣をお前に託す。なにがあってもこの剣を奴らに渡してはならん……!」


「話が見えないよ父さん! 皆が僕を守ろうとするのはどうしてなんだ! この剣は一体なんなの!?」


「全てをお前に明かしてやりたいが、時間がない……! 今は生き延びることだけを考えるんだ!」


 外では魔物との激しい戦闘音がする。この家のどこかに火をかけられたのか、煙が立ち込めつつあった。


「グッ……! いかん! 急いでここから出るんだ!」

「さあ、こっちよ! 急いで!」



 目まぐるしく変わる状況にパニック寸前になる。火が回る前になんとか脱出すると、眼前には恐ろしい光景が広がっていた。


「――――――ッ!?」


 至る所が燃え上がり、必死で戦い続ける顔馴染みの人達。今まさに魔物に切り裂かれたのは、いつもこっそりおまけしてくれる肉屋のおじさんだった。

 狩りのコツを教えてくれた狩人のお兄さんも、胸に大きな穴をあけて建物にもたれかかっている。虚ろな目をした様子に、すでに魂が抜けてしまっているのがすぐに分かった。



 僕は絶望の眼差しで見渡す。



 あそこの木に三人まとめて打ち付けられて絶命しているのは、いつも一緒にいた仲良し三人組で同い歳のタツミ、アヤナ、ウツシだ。武器を手放していないところを見ると、勇敢に戦ったんだろう……。


 見知った人達の命が、呼吸をするより早く失われていく……。僕は地獄にでも迷い込んでしまったのか。


 僕もきっと皆と同じように――



 ――バシン!――


 そんな僕の壊れそうな心を引き留めたのは、父さんの平手打ちだった。


「クサビ……! しっかりするんだ!」

「……ッ!」


 痛みと衝撃により、絶望に引きずり込まれそうな僕の意識を引き戻した父さんが、僕の前に出て両手で僕の両頬に添え、惨状を隠すように視界を遮る。


「俺たちが時間を稼ぐ。お前はその間に逃げろ!」

「――――」


 僕はその言葉に目を見開いた。父さんが何をしようとしているのか分かってしまったから。覚悟を決めた眼差しの父さんの言葉で、この後父さんに身に何が起きるのかも分かってしまった……。



 喧騒の中、生き残って戦い続けている人達も物量差に追い詰められていく。それでも僕のところに行かせまいと、後退しながら魔物の行く手を阻んでいる。


「……本当ならお前にもっと色々と話してやりたかった。……その剣を絶対に手放すんじゃないぞ。その剣はその昔勇者の時代に、勇者と共にあった剣なのだ。伝承では特別な力を宿した剣だと言われている」


 父さんはできる限りを伝えようと矢継ぎ早に語る。


「俺の代ではその剣の力の秘密を解明することは出来なんだ。だから、お前がやるんだクサビ!」


 戸惑う僕に父さんは一瞬穏やかな顔を見せ、決意を秘めた眼差しに変わる。そして僕を突き飛ばすと、抜刀しながら魔物の方へ向いた。


「クサビ! 生きよ! ……ユイ! 頼むぞ!!」

「…………クサビ! 逃げるの! こっちよ!」


 父さんに名を呼ばれた母さんは、僕を強引に押し出し、手を掴んで駆け出した。振り向くと、生き残った村人と共に魔物の大群に斬りこんでいく父さんの後ろ姿を見た。



 ――――それが父さんを見た最後の姿だった。


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