翌日、いつものように父と畑仕事に精を出し、一緒に母が作ってくれたお昼ご飯を食べる。
今日もいい天気だ。サヤは早朝にはヤマトの街へ出立したようだ。その時僕は当然まだ眠りの中にいた。
見送りとか特に約束してなかったけど、帰ってきたらなんだか怒られそうな気がする。
今日の予定は午後から剣術の訓練だ。この村の剣術指南役である『ヒビキ・ホオズキ』さんに教わっている。
ヒビキさんは、僕らの部族であり、東方部族連合のまとめ役の一人、ナタク・ホオズキの直系の血筋の人だ。
僕にはよくわからないけど、直系の人がこんなへんぴな村で直々に指南してくれるのは、それはそれはすごいことらしい。
村の僕と近い年代の子達と一緒に訓練を受けているけど、僕は正直剣術の腕はイマイチだ。自主参加型のこの剣術訓練にも、3日に1回くらいの頻度しか参加していない。
同じ年代の人たちにどんどん離されてしまうのは分かってるんだけどね。気が乗らなくて体が訓練場に向いてくれないのだ。致し方無しである。
しかしちっぽけなプライドながら、こんな調子で村の男としてどうなんだと思わなくもないので、今日は重い腰を上げてやってきたというわけだ。
そして今日も程々に訓練をする。
向上する気がない者に上達はない。根底の部分で僕は剣の道というものを諦めていた。剣を握る自分を想像できないのだ。
だから僕は、この村で暮らしていくのに剣術がなくたって生きていけると、自分にあれこれと理由を付けて甘えていた。
訓練の時間も終わりに差し掛かった頃、居心地の悪さを感じていた僕のところにヒビキさんがやってきた。
「クサビよ。お主の剣には心が宿っておらぬ」
怒られると思って背筋が伸びる僕は俯いてヒビキさんの顔を直視出来ずにいると、ヒビキさんは僕の胸の内を見透かしているかのように、大きくゴツゴツした手を僕の肩に乗せ、穏やかに言葉を続けた。
「……だがな、それを悪いこととは思わぬ。剣を取る意味を見い出せずに迷っているのだろう」
「…………」
「今はそれで良いのだ。……案ずるな。お主にはお主の転機が必ず訪れよう。焦らずとも良いのだ。たとえそれが剣の道であろうとなかろうと、その道を定めたのならば迷わず進むがよい」
空が赤くなり始め、のんびり歩きながら帰路に着く間、先程のヒビキさんの言葉を思い返していた。
ヒビキさんの言葉には温かさがあった。こんな僕でも決して見放さない情の深さと懐の広さを感じた。
いつも本気になれずに後ろめたさを感じていた。
そんな僕に声を掛けてくれたヒビキさんの顔を見上げると、とても穏やかな表情をしていた。
明日からもうちょっと真面目に訓練してみようかな……。
――そう思った矢先の事だった。誰かの、この世の終わりと言わんばかりの悲鳴が響いた。それはまるで断末魔のようで……。
最初の悲鳴を皮切りに、村中の至る所から悲鳴や怒号が響いた。
只事じゃない。何かが起きている……!
遠くから火の手が上がっているのが見える。
僕は全身の血の気が引いていくのを感じた。
「魔族だー!! 魔族が来たぞーー!!」
「敵襲ッ! 敵襲ッ!! 戦える者は武器を取れ! 村を守れー!」
魔族……? そんな……。魔族がなんでこんなところまで……? 戦争してるのは遥か北の国だってエマキおじさんが言っていたのに……!
「……っ! 父さん……母さん!」
僕はただ事ではない事態に震える足を、なんとか奮い立たせて無理矢理動かし家へと向かった。