「――あ。こんなところにいた……。クサビ! ……ちょっとクサビってば!」
日課の畑仕事を終え、残りの時間はのんびり過ごそうと思って、風通しと見晴らしの良い高台で寝そべっていた。
微睡みかけていた意識が騒がしい声によって無理やり現実に引き戻される。
上体を起こし、目を擦りながら声の主である『サヤ・イナリ』を見た。
「……なんだサヤか。おはよ」
「おはよ。じゃないわよ……。もうぐうたらしてるの?」
「これでもやることはやったんだよ? それに今日は昼寝するにはもってこいな天気だからね〜」
赤毛の髪をサイドポニーテールに結わえた女の子。呆れた顔で僕を見下ろすのは、同い歳で幼馴染のサヤだ。
サヤは商人の父と暮らしていて、近所に住む僕の家族とも家族ぐるみの付き合いをしている。
僕もサヤのお父さんがしてくれる話がいつも楽しみで、たまに外の話をせがんだりする。
サヤはしっかり者だ。
だけど事ある毎に甲斐甲斐しく僕にちょっかいを掛けてくるんだ。
……なんだかうちの母に似てきてない? と度々思う。
「それで、何か用だったの? わざわざここまで来たんでしょ?」
僕を見下ろしていたサヤは隣に腰を掛け、袋包を僕に渡して言う。
「これ。おじさんから頼まれたのよ。お昼ご飯忘れてったって」
袋包を開けると、母さんが握ってくれたお昼ご飯のおにぎりが2つ。
おにぎりと見た途端求めるように腹が鳴き、おにぎりの一つを手に取る。
「うっかり持ってくるの忘れてた。ありがとう〜」
「もらいっ」
「あっ」
サヤにもう一つのおにぎりを取られた……。
「ここまでわざわざ持ってきてあげたんだから、これは当然の報酬でしょ?」
悪戯っぽく笑うサヤに少し複雑な気持ちになりつつも、それもそうかと納得してしまう僕。
「……いただきます」
「いただきます!」
二人で並んで景色を見ながらおにぎりを頬張る。……美味しい。
チラっと横を見るとサヤも美味しそうに笑顔を浮かべている。そんな二人の間を穏やかな風が吹き抜けて、草木の匂いが鼻を擽った。
いつもと変わらない景色に、今でも外の世界では魔族と人間の戦争が起きてるなんてとても考えられない。
特に会話もなく、静かにおにぎりを食べる僕とサヤ。不思議と気まずくならないのが心地よくて、僕は敢えて黙っていた。
「――明日ね」
「うん?」
不意にサヤが口を開き僕に向き直って言葉を続ける。いつも騒がしいサヤにしてはずいぶん落ち着いている。
「明日、お父さんの仕事を代わりにやらせて貰える事になったの。ヤマトの街まで商売にね」
商人の父を持つサヤにとって、初めての一人での仕事を任されたそうだ。17歳にもなったしやってみろと、サヤのお父さんのエマキさんが機会をくれたのだ。
ヤマトの街はホオズキ部族領で一番発展している街だ。サヤは明日、そこで商売をしに出掛けるのだと嬉しそうに話していた。
「そうなんだ。おめでとう! ずっと一人でやってみたがってたもんね。頑張ってね」
「うん、ありがとう! ヤマトまで馬で二日ちょっとの距離だけど、完璧にやり遂げてお父さんに私の実力を認めさせてやるわ!」
「いいなぁ。僕もいつか他の街に行ってみたいよ」
何気なくそう言うと、サヤは少し俯いてもじもじして言った。
「……いつか外の国を……い、一緒に…………」
「うん? なんて?」
徐々に声が小さくなるサヤに、耳に手を当てて聞く姿勢をしながら聞き返すと、サヤが突然怒った顔をして立ち上がった。
「な、なんでもないわよ!! バカクサビ!」
僕の耳に当てていた手を叩き落された。解せない……。
サヤはそのまま走り去って行き、さっきと打って変わって笑顔でこちらに振り返ると――
「しょうがないからお土産買って来てあげるわ! 楽しみにしてなさいよ!」
そう言って走り去って行った。僕はその後ろ姿に軽く手を上げて送り出した。