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Ep.1 在りし日の情景

「クサビ、そろそろ起きなさーい」


 微睡んでいた寝ぼけ眼を擦りながら体を起こす。

 腕を伸ばして大きな欠伸をしていたらようやく目が覚めてきた。


 起き上がって窓に目を移すと日光が差し込んでいた。

 外では鳥のさえずる声もいつも通りで、今日も長閑な朝を実感する。


 僕『クサビ・ヒモロギ』の新たな1日の始まりだ。



「クサビー! ちょっと起きてるのー? お父さんが待ってるわよー」

「起きてるよー。今行くからっ」



 二度に渡る母の声に催促されて、僕は外にある井戸から水を汲み、顔を洗う為に桶に水を貯めて覗き込むと、ふと水面に自分の顔が映りこんで思わず眺めた。


 父譲りの赤い瞳。短すぎず長すぎない青髪を襟足から伸ばして三つ編みにした束を肩に掛け、前の方に垂らしている。


 幼馴染にはいつも眠たそうな顔だと言われるけど、そんな事ないと思うんだけどなあ。





 僕は生まれてからの17年間、ここでごく普通の少年として育った。


 朝起きて父の畑仕事や森での狩りを手伝って、たまに剣術や魔術の訓練を受ける。

 訓練では、平均的な背丈の割に線が細い、もっと筋肉を付けろ。なんてよく言われているけどね……。

 訓練を終えた後は自由な時間。村の人たちと話をしていればそのうち夕日が沈み始める。



 そうしているうちに日が暮れ始め、家に帰って両親と夕食を食べ、団欒の時間を楽しんで、眠くなれば床に入り1日を終える。


 僕の住む村『アズマの村』では、これが一般的な生活サイクルだ。


 村の外へはあまり出たことがないから外の世界を僕はよく知らないけど、幼馴染の女の子の父親であるおじさんが、商人をしているからか外の世界に詳しくて、世界の国々について教えてくれた事がある。


 僕はそれを身を乗り出して興味津々で聞き入ったものだ。



 僕らの住むこの土地は『東方部族連合』という、大陸の四大国家の1つに属してるんだとか。偉い人が何人かで話し合って、僕らの部族『ホオズキ部族』を含め沢山の部族を纏めているんだそうだ。


 商人のおじさんが、世界の国々の話をしてくれたことがある。


 この東方部族連合は、大陸の東側に位置していて、他には大陸の北から北東に掛けて治めている『ファーザニア共和国』


 大陸北部から北西部に領地を持つ『リムデルタ帝国』


 大陸南西部から南部を統治する『サリア神聖王国』


 そしてそれ以外の様々な国が点在している。

 僕の住む村や近隣の街ですら、世界の地図にとっては、ほんの点にしか映らないくらい、世界は広いんだ。

 僕はそんな世界をいつか旅してみたいと憧れを抱き続けている。



 僕は外の世界に興味があった。

 この村の生活に不満がある訳じゃないんだけど、異なる文化や色んな国を旅してみたかったんだ。

 そこに住む人達と交流して、いろんなものに触れて見聞を広めたい。そしていつか自分も誰かに旅の話を聞かせて、僕のようにワクワクさせたいんだ。


 大人になったら旅に出て各地を見て回ってみたい。

 それが小さな頃からの夢だった。



 だけど……。


 どうやら世界はそれどころではなくなってしまったらしい。



 ひと月程前、500年も昔に勇者が封印したという、魔族の王である魔王の封印が突如として解かれた。


 魔王が蜂起した場所に隣接したリムデルタ帝国とファーザニア共和国では、魔王復活により凶暴化した魔物や魔族との必死の攻防を繰り広げていると、商人のおじさんが言っていた。


 確かに、森で見かける魔物が前より凶暴になったような気がすると父さんは難しい顔で言ってたっけ。


 世界中でよからぬ出来事が起きているようだと、大人達は口々に話していた。



 ……とはいえ。ここは魔族領から遠く、争いとは無縁の場所だ。

 魔王が復活したからと言っても日常は変わらなくて、危機感はあまり湧いてこなかった。


 僕は呑気に、世界が落ち着いたらその時は旅に出てみたいな、などと楽観的に捉えていたんだ。



 ……でもそれは大きな過ちだったと、後の僕は身をもって知ることになる。

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