やあ、ごきげんよう。今日は君にこんな話を持ってきた。
……本が分厚くて面倒そうだって? まあ聞いておくれよ。退屈はさせないからさ。
ではさっそく……こほん。
……これより抜粋するのは、遥か古の時代において魔王という世界の脅威に立ち向かった精霊剣士と呼ばれた青年と、その仲間達の英雄譚を描いた書物の冒頭の一節である――――
世界が時を紡ぎ続け、今は太陽暦500年。
様々な種族の人々と、多種多様な精霊達が共に生きる世界。
精霊より魔術の知恵を授かったのは遥か昔。今や魔術は人々の身近なものとなり、欠かせないものとなっていた。
精霊と共に人々による文化も発展を続け、この大陸には四大国家と呼ばれる4つの大きな勢力が存在し人々を統治し、守り、命を繋いでいた。
人類の脅威である魔族との戦いは長い時を経ても未だ絶えず、それらから人々を守る為、磨き上げた腕を頼りに剣を手に冒険者として身を立てる者も多かった。
魔族。
今からちょうど500年前、魔族の王である魔王が世界に混沌と絶望をもたらしていた。
魔王はその圧倒的な魔力で支配した大地を瘴気で侵食し、光も届かぬ闇に満ちた魔の大地へと変え、その地に住まう人々や動物たちは瘴気に呑まれて、異形の怪物である魔物や、魔族という知能を持った人型の存在に変貌してしまった。
その時代の人々にとっての悲劇そのものである。
住まいを奪われ、愛するものを失い己の無力に涙し憎悪を滾らせる。そんな境遇を持つ人々が世界各地で絶えず現れた。
しかし、人類にも希望となる存在がいた。
数多の精霊に愛され、類まれなる勇気を宿した心優しき『勇者』
邪悪を祓うという精霊の力を内包した、世界に一振のみ存在する長剣『解放の神剣』
そして共に死線をくぐり抜けてきた頼もしき仲間達。
彼らは各国の軍団や精霊達と一致団結して魔王討伐に向かう。存亡を掛けた激戦を繰り広げ、多くの犠牲を払いながらも、勇者は解放の神剣の力の全てを用いて魔王を封印することに成功したのだ。
魔王が封印された魔族達の力は急激に弱まり、形勢は人類側へと傾き、一部の魔族領を除いた土地は再び人類の元に奪還された。
精霊暦825年。勇者と魔王の戦いは、勇者ら人類の勝利を以って幕を閉じた。
魔族との戦いは完全には終わりはなかったが、規模は縮小していった。
魔王に勝利した人類や精霊は平和を願い、この年を新たな時代の幕開けとして精霊暦を改め『太陽暦』と呼称し、人々は未曽有の危機の終焉と、平和の到来に沸き立った。
そして、その平和をもたらした勇者とその仲間達は役目を終え、それぞれの人生を送ったと伝承には記される――――
それから500年の月日が経ち、未だ魔族との小競り合いはあれど、過去の時代は英雄譚として語られ、人々は変わらぬ平和を謳歌していた。
長らく侵略のないこの世界で、誰もがこの平和が恒久的なものであると信じていた。
――封印の力が限界を迎え、魔王が復活するまでは。
ある日、魔族領に隣接する大国『リムデルタ帝国』の国境沿いの物見の一兵卒により、皇帝の元に凶報がもたらされる。
魔族領にて禍々しく渦巻く魔力の奔流が天高く伸びていくのを観測した、と。
この報告のあと、魔族の動きが活発化しているという報せが舞い込むと、時を置かずに各地の前線からの救援要請を求める報せが立て続けに届いた。
同様の事態が、帝国とは反対側の魔族領に隣接する大国『ファーザニア共和国』でも起きていた。
各地の冒険者ギルドからも魔物が突然凶暴になっているという情報が入る。
この異常事態に際し、各国の代表は集まって協議した。
過去の文献を洗い出し、似た事例がないかを早急に調査すると、今回と同じ事例が過去に起きていた事が判明する。
かつて魔王が猛威を振るい、人類と魔族が日々戦い続けていた精霊暦末期の文献に、それは記されていた。
凶暴化する魔物。光を奪われ漆黒に染まる大地。
その元凶とされる、ただ一つの存在……。
――恐怖の象徴として語られてきた存在が目覚めたという、恐れていた事態が起きてしまった。
魔王の封印が解かれ復活したのだ。
500年という歳月で少しづつ封印が弱まり、魔王がついに自力で封印を破るまでに至った。
魔王復活……。
未曾有の危機の報せは、瞬く間に世界中へ広まり人々を戦慄させた。魔王が生み出す魔物の群れが大進軍を開始し、黒い波のように大地を呑み込まんしていた。
精霊達も異常事態を察知しざわつき始める。
平和を謳歌してきた人類は突如襲い来る魔物の群れに、何の前触れもないままに存亡を賭けた戦いを余儀なくされたのだ。
魔王が封印されてから500年、復活を信じて虎視眈々と牙を磨き続けてきた魔族の前では、平和慣れした人類とでは力の差は歴然。開戦当初人類は瞬く間に領土を押し込まれていった。
勇者の居ないこの危機に人々は嘆き、その存在を渇望した。
――時は太陽暦500年、世界は再び暗黒の時代に突入する――――
……え? 語りが堅苦しいって?
なんだい、せっかく君の退屈凌ぎにと持ってきたというのに。
……いいだろう。ならば私も本気を出そうじゃないか。
きっと読み終えた時にはこの物語の虜さ。私と同じようにね。
楽しみだな。
では、ページを捲るとしようか――
時を越えた約束 〜精霊剣士の英雄譚〜
次回 第1章『歩き出す意味』