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Episode 17 Transformation

 それからどの位の時間が経ったのだろう。気がついたタカトはがばりと跳ね起き、シートベルトによってシートへと押さえ付けられた。


「いってぇ……!」


 なんだかんだ言って、どうやらすっかり眠っていたようだ。余程疲れていたのだろう。目をこすりつつ、ふと助手席のサイド・ウインドウから外を覗くと、暗い中家の屋根やら山と言った景色が飛ぶように通り過ぎ去ってゆくのが見える。そこで、彼は今の状態を一気に思い出した。


「……いけね! やっべぇ……勤務中なのに眠っちまった! あんたは運転中なのに、悪かったな」

「気にしなくて良い。それはそうと、アルコールはもう抜けたのか?」

「ああ、お陰様でスッキリ抜けたようだ! 今検査しても測定不能レベルで反応しないと思うぜ」

「了解した」


 タカトは両腕を後ろに向かって伸ばした挙げ句、「ふあ〜あ!」と大あくびをした。のんきに目尻に溜まった涙を指ですくいはじき飛ばす様は、どう見ても勤務中の人間とは思えない。


「ええっと、シアーシャ姐さん達がいる場所は確か……ラミネ地区だったよな。ところで今俺達はどこを走っている?」

「丁度アストゥロ市とラミネ地区の間辺りだ。まだ中間地点ですらない」


 ラミネ地区は、アストゥロ市より北にある。

 ルラキス星きっての緑豊かな地域で、アクティビティを楽しむ人々も多く、平日よりも休日になると人口密度が急上昇している。そんな最中、事件が起きたらしい。勿論、凶悪化したアンストロンが絡んだ事件だ。


 真っ先に指令の入ったシアーシャ達が現場に向かったが、しばらくしてその彼女達から救援要請の連絡がディーンに入ったそうだ。彼女は光学迷彩を操るドウェインと一緒の筈だ。何かあったか、余程手に余ることでもあったに違いない。


「ってえっと……あれから一時間位経ったのか?」

「君はショートスリーパーか?」

「え?」

「まだ三十分位しか経っていない。今回の件は状況によっては長丁場になる。夜明けまでかかる可能性も充分考えられるから、君は今の内に仮眠をとっておいた方が良い」


(おや……?)


 タカトは自分の耳が信じられないとばかりに、思わず相方を二度見した。

 これは彼の自分への気遣いととっても良いのだろうか? 普段己に対する扱いがぞんざい過ぎるだけに、珍し過ぎて却って薄気味悪い。しかし、腑に落ちない点がある。


「あ……ああ。俺はともかく、そういうあんたはどうなんだ? ずっと運転してるじゃねぇか」

「僕のことは気にしなくて良い。二・三日位なら無眠無休でも特に問題ない」


(嘘だろ!? 相棒が実はアンドロイドでしたと言われても、俺はきっと驚かないぜ……)


 相棒による突然の発言に、身の毛もよだつ思いがするタカトだった。己の相方が人間なのか本気で疑いたくなる。


「……そうじゃねぇだろーが。問題ありまくりだろうがよ。あんたは機械じゃなくて、人間なんだから。常に一日八時間どころか、二十四時間超え労働やってたら身が持たねぇだろ……」

「……案件によっては、それ位期間がかかることもある。僕達の仕事はそういう仕事だ。追求してもキリがない。言うだけ無駄だ」


 タカトは背筋が更に凍りついた。

 真面目というか融通が利かないと言うか、彼はどれだけ仕事人間なのだろうか。「コイツの今までの相方は、単にコイツについていくだけで精一杯だったのでは?」と勝手な想像を膨らませつつ、厄介だなぁとついぼやきたくもなる。そう思いつつも、これまで良く倒れずに立ち回っていられたものだと、思わず舌を巻いた――非番の日は流石に休んでいるだろうけれども。


「仮に大丈夫でも、限界というものがあるだろうがよ。……ったく、あんたは何でもかんでも一人でやろうとしている風にも聞こえるぜ、俺には」

「……」

「そういやぁずっと気になっていたのだが、あんたは何故一人で全部背負い込もうとするんだ?」

「……?」

「俺は無理! と思ったら、即! 他の人間を巻き込むぜ。そちらの方が効率が良いこともあるし、第一俺自身が楽になるからな」


 タカトの言うことは状況にもよるが、迷惑極まりない場合も当然ある。彼の場合はどちらかと言うと、遠慮を学習した方が良いのかもしれない。

 それに対し、ディーンは首を縦にも横にも振らず、抑揚のない平板な声で静かに答えた。


「……そういうのは、苦手だ」

「あのなぁ。人間一人じゃ生きていけねぇよ。良く知らねぇけど、あんたを見ていると、何だか苦しそうだ。誰かの手を借りたほうが、もう少し楽に生きられると思うぜ」


 翡翠色の瞳が真っ直ぐ射抜くように見つめてくる。彼はアイバイザー越しに銀色の視線を一瞬ちらと助手席へと向けたが、すぐにフロントガラスへと戻した。


「別に、楽に生きようとは思わない」

「?」

「……いや、何でもない。忘れろ」

「まぁ、俺はあんたの邪魔をする気はこれっぽっちもねぇからよ。俺が言ったことはただの独り言と思って、適当に聞き流しておいてくれ」


 タカトは頭の後ろで手を組みながら、ピュウと口笛を吹いた。

 それから二・三分位経ったあと、ハンドルを握った青年は、横に結んでいた形の良い唇を突然上下に開いた。


「〝レオン〟。ところで君は、レビテート・カーの運転は出来るか?」

「あ? ……ああ。そりゃあ勿論だが……突然何だよ」

「この車は、認証させれば誰でも操作可能だ」

「はあ……」

「今すぐ右手のそのグローブを外せ」

「……え? 何故?」

「今から君の静脈認証登録を行う」

「……あ……ああ……分かった」


 タカトは何が何だか分からないと言いたげな顔をしつつ、言われるがままに右手だけグローブを外した。するとディーンはその手首をハンドルを握っていない左手でむずと掴み、センサーへと強引に押し付けた。普通の車で言うセンサーコンソールにあたる部分にそのセンサーはあった。


(うげっ!? 突然何だよコイツ……ッ!?)


 美しい男に強引に手首を掴まれる。

 自分が女ならついときめいてしまいそうなシチュエーションだが、生憎自分は男だ。ヘテロセクシャルなのでそういう趣味も勿論ない。

 しかし、前職でも今と似たような職務に携わっていたせいで、神経を研ぎ澄ませて何でも調査してしまう癖を抑えることが出来なかった。


 彼は体温が低いのだろうか。

 思っているより冷たい。

 よく見ると指が長く骨ばっており、ゴツゴツした手だ。

 自分より少し大きくて、どこか血管が浮いている。


 手の甲と手首の下からひんやりと冷たい感触が伝わってきて、タカトは思わずぶるっと身震いした。急に手首を掴まれるだけでも妙な嫌悪感がするのに、押さえつけられていて動かせないとなると、最早拷問に近い。顔が引きつりそうになるのをこらえつつ、右隣りの顔を見やると、運転手は前方を向いたままだった。


「……!!」

「動くな。そのままでいろ」

「え……?」

「このセンサーは繊細だ。少しでも動くと読み取りエラーが出るから、余計に時間がかかる。しばらく動かないでくれ」

「……分かった」


 (突然驚かさねぇでくれよ!! マジで心臓に悪いぜ!! )


 タカトは心の中で大絶叫を上げていたが、相手の意図が理解出来たため、しばらく我慢することにした。

 身体中を這いずり回る変な緊張感。

 逃げ出したくても逃げられない場所と雰囲気。

 絶妙な戦慄に襲われつつも、真面目にそのまま堪えた己を褒めてあげたい。

 冷や汗で背中がじっとりとしてくる中、気を紛らわせようと恐る恐るその〝センサー〟なるものを覗いてみると、不思議な光景が彼の目の中へと飛び込んできた。


 ピーッピーッピーッと機械音が鳴り響く中、黒を背景に、丸や三角や四角と言った緑の蛍光色の幾何学模様が、くるくると回っている。

 その模様が三分程回り続け、やがてそれが画面から消え去ると、センサーの画面は元の真っ黒に戻った。

 よく見ると、「Completion完了」の文字が緑色に点滅している。

 やっと拘束から解除され、己の右手が軽くなるのを感じ、タカトは心からハレルヤを思わず口ずさみたくなった。牢獄からようやく抜け出せた犯罪者の気分はきっとこんな感じなのだろう。


「……認証完了。この車はいざという時に備え、助手席でも操作可能となっている」

「へ?」


 (それってつまり、いざとなったら俺に運転交代しろという意味でとっても良いってヤツ? 分かりにくいがひょっとして、俺が言っていることを実行してるんじゃねぇ? 人の話を聞かないヤツだなと思っていたが……突然どうした? )


 脳内に疑問符が飛び回りつつ、不良青年は再びグローブをはめ直した。ディーンが目の前にあるタッチパネルを、ピアノを弾いているかのように幾つか押すと、タカトの座る助手席にハンドルが出現する。足元にはブレーキやアクセルペダルと言ったパーツが現れる。あっという間に内装パーツがまるで左右対称のようになるのを目にしたタカトは、思わずアーモンド・アイを皿のように大きく広げた。


「へええええ……こいつはすげぇな……!!」


 例えると、まるで旅客機のコックピットみたいな雰囲気だ。ディーンが言うことには、この車は左右どちらの席でも運転、操作が出来るらしい。至って普通のレビテート・カーに、そんな機能などない。余程好奇心をくすぐられたのか、タカトは目を輝かせながら眺めている。


「今はまだ触らなくて良い。必要な時に即操作出来るよう、あらかじめ起動させただけだ」

「随分と用意周到だな。取り越し苦労……というか、意外と使わずに対処出来たら……と言う可能性はねぇのかよ?」

「その可能性は恐らくゼロに近いだろう。エージェントから救援要請が出る時点で、厄介なケースが多いからな」


 ラミネ地区へと先に出向した二人が手に負えないケースとは、一体どんなものだろうか。ぼんやりとした想像しか出来ない。


 二人を乗せたレビテート・カーは、暗闇の中目的地に向けて移動し続けた。

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