窓から沈みゆく太陽を見ていた執行部部長は、ふと何かを思い出したかのように顔を上げた。

「……そう言えばブラッド。マブロス星に関して、何か聞いているか？」

　すると、彼の旧友は目を大きく広げつつ肩をすくめた。

「それが生憎、特に新しいものに関しては情報が少な過ぎて、正直提示できるものが少ない。恐らく、嘗て争った星の情報なんて、余程のもの好きじゃない限り誰も調べなかったに違いないな。何百年もの昔の話だ。今、調査部の部下達に色々調べさせているところだが……」

　ルラキス星で生まれ育った住民は、学校で己の住む星や隣星の歴史について基礎教育としてある程度は学ぶ。しかし、詳細に関しては国家や軍部関係者でないと知り得ないことも多い。何故なら、国家機密に関わることも多いため、決められた職種の者でない限り知ることを許されていないからだ。

　◇◆◇◆◇◆

　マブロス星──それはかつて、チキュウから脱出した際に移住先の一つとして候補に上がっていた惑星の一つだった。

　当時、惑星ゼータとも呼ばれていたルラキス星に対し、マブロス星は惑星エータとも言われた。他にも小さいが、移住出来そうな星がいくつか発見されていたが、きりがないので詳細は割愛しておく。

　これらの惑星は二つとも気候、地質と共にチキュウと実によく似ており、甲乙つけ難く意見が大きく分かれた。一つの星だけに固執すれば、今は潤沢にあると思われる資源がすぐ底をつき、再度移住先を考えねばならなくなる。二つの星に分かれて移住すれば、資源が枯渇する未来をその分先延ばしに出来る。急ぎの話ではないため、その間に対策を立てておけば良いのではないか……と。

　このことは各国首脳会議でも長く議論された結果、チキュウに住む人類を始めとする生き物は、大半が大きく二つに分かれて移住することとなった。小規模惑星へと移住した者達も勿論いた。

　──人類がチキュウを脱出して年月が経った頃。

　二つの星は資源的に最初こそ同じ土俵だったはずだが、国力は率いるリーダーの気質も大いに影響する。ルラキス星は主に民主主義体制の政治を行っていたのに対し、マブロス星は一党独裁体制状態だった。人民最優先を信条とした党首による独裁体制なら、多少はマシだったのかもしれないが、そんな国民にとって大変都合のよい、お人好しな政治家は一体どこにいるだろうか。

　目の前のことしか見えておらず、誰も彼もが我が身可愛さに責任を他人に押し付け、他人の足を引っ張っては二枚舌を器用に使いこなすような者──国を治める立場の人間は、そういう者だらけなのが現実である。

　二つの星の国力に差が生じ始め、それが大きくなったある年。とあることがきっかけとなり、星同士で戦争が勃発した。それは十年にも渡る大戦争となったが、資源の枯渇を恐れた当時のマブロス星の党首が休戦宣言を出し、その時は互いに干渉しないことを条件に一時休戦状態となった。それ以降は互いの星を揺るがすほどの戦争は起きず、何百年にも渡り静かな月日が過ぎていった──

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「……休戦後で、我が星が争いごとに関わったことはあったか？」

「詳細は分からない。ただ、部下達からの報告によると、我が星が今の平和な国に落ち着くまで、様々な隣星との紛争があったらしい。今があまりにも平和過ぎて、我々を含めた住民はすっかり忘れているようだが……」

「彼らが裏で糸を引いていると仮定すると、その目的はやはり……」

「生存をかけての物資狙いだろう……恐らく。資源は有限だ。今はまだ潤沢にあっても、いつかは枯渇する」

　マグカップの中身をゆっくりと口に流し込んだイーサンは、いつもより苦いのに気付き、若干眉をひそめた。コーヒーメーカーに入れた豆の量が、今日は少し多かったのかもしれない。

「休戦状態になって以降、詳細の情報が出回ってないから何とも言えないが、何やら色々企んでそうな動きが見えるな」

「他の星についても調べさせている。新たな何かが分かればまた連絡する……おっと。すっかり長居して悪いな。私はそろそろ失礼するよ。君の優秀な部下達に宜しく伝えておいてくれ」

「ああ、分かった。気を付けてな」

　ブラッドは白い歯を見せると、ひらひらと右手を降って部屋を出ていった。

（何だか、厄介な匂いがする。過去に起きたことで、ルラキス星がマブロス星に何かきっかけを与えたことはなかったか、こちらはこちらで色々調べておこう。知らないことが多すぎて、予測が立たない)

　平和な時間が長ければ長いほど、危機管理能力が低くなる。己の平和ボケ具合も大概だなと、イーサンは拳で己の側頭部を叩きつつ、机の上にあるPCの画面に映る文字の羅列を追い始めた。